最深休憩ポイントはこちらです~逃亡令嬢はダンジョンで宿経営して荒稼ぎすることにした~
思えば私の人生はずっと理不尽だった。
先代同士の約束なんてもので、私の姉リーゼロッテは生まれた時から他国に嫁ぐことが決まっていた。
そんな哀れな娘を慈しむ両親は、自分たちにもう一人娘がいることなんてすっかり忘れていた。
いや、存在を覚えていないという話ではない。
あの家では何をするにも「可哀想なリゼ」が優先で、私のことは二の次どころか無いものとして扱われた。
では私は完全放置されていたかといえば、そうではない。
面倒なこと、不都合なことは全部「リゼではない娘」に押しつけられた。
物心ついた頃には、私は一人別館で生活し、誰に甘えることも許されない環境でひたすら勉強漬けだった。
そしてある程度仕上がった私は、商品として格上の家へ婚約者として差し出された。
旅行どころか町への買い物すら許されず、家庭教師達に無茶苦茶なカリキュラムを押しつけられる日々。
礼儀作法に一人、経営に一人、語学に一人、護身術に一人……
代わる代わる授業を受け持つ教師達は、自分の担当ノルマをこなすことだけを考えて教鞭をとっていたが対する教え子は私ひとりだ。
彼らだって自分の専門分野以外は、大したことがないだろう。それなのに私には完璧を求めた。
控えめに言って「頭沸いてんのかクソ(ピー)」だ。
十二歳になり、出荷された私は婚約者の家に居候することになった。
婚前同居とかクソ食らえ。
「教育の成果を見てやる」「嫁ぐためにこれぐらいこなせ」と、仕事を押しつけられる毎日だった。
大事な嫡男の婚約者が気に入らない姑と、小姑は私のあら探しに必死だった。
実務では文句がつけられないと悟った二人は、「我が家の嫁は強くあらねば」とか何とかぬかして私を冒険者ギルドに放り込んだ。
まだ婚約段階なので、私は他家の人間。
そんなことをしておきながら「未婚の令嬢が、異性と組めばあらぬ疑いをもたれる」とか言ってソロ活動を強いてきた。
普通の令嬢なら、迷わず実家に帰る。普通の実家なら、私だってそうした。
だが残念ながら私にとっては、どっちもどっちの地獄だった。
義実家は肉体的地獄。実家は精神的地獄。
その頃の私はまだ年相応の心があったので、精神的地獄の方が辛かった。
五十歩百歩だけど、五十歩の方がマシだった。
自分は見向きもされないのに、姉が目の前で可愛がられる様をずっと見せつけられる。
両親がそんな態度なものだから、使用人達も姉を褒めそやし、私の世話は最低限しかしない。
故意か単純な不注意かは分からないが、朝起こしに来てもらえなかったり、水差しの中身が補充されていなかったり。夜風呂の用意をしてもらえなかったことだってある。
たった数年、産まれた順番が違うだけなのに。
それとも順番なんて関係なく、私が気に食わないのか。
でも私は幼い頃から、無下に扱われていた。では私自身に問題があるわけではなく、もはや存在そのものがダメなのか。
夜中にベッドの中で涙しては、もし私が遺書を残して死んだら家族はどうするか何度も考えた。
隠蔽できないように、壁に血で文字を書いて死んでやったら?
人目に付く場所で叫んで飛び降りて死んでやったら?
行動に移す気なんて更々なかったけど、人生を賭けた意趣返しを考えるのは暗く甘美な行為だった。
何度も、何年も考えた。
年々諦めが大きくなり、血が繋がっているだけの人間達に対する情を捨てようとしても、ふとしたときに気持ちは揺れた。
心身共に鍛えて割り切るようになっても、どこか心の片隅で期待してしまう。
しかしながら、そんな気持ちも、この度キレイさっぱりなくなった。
なんと姉、私の婚約者を寝取りやがった。
禁断の愛の果てに、姉の腹には二人の愛の結晶がいるらしい。愛って言えば、何でも許されると思うなよ。
両親は二つの婚約を滅茶苦茶にした姉を叱るどころか、これで姉が遠くに嫁がなくて済むと大喜びした。低いのは倫理観なのか、知能指数なのか。
とっくに破綻しているのに、「約束を違えるわけにはいかないから、リゼの嫁ぎ先にはお前が行くように」と命令してきた。
相手だって盟約だから姉を娶ることにしただけで、我が家の娘を渇望しているわけではない。そんな舐めた真似して、丸く治まると思ってんのか。
両親は大事な姉が未婚で孕んだことに驚くそぶりもなければ、その相手である私の婚約者を責めることもなかった。はいはい、グルですね。
まともな思考回路を持ち合わせていない我が家の連中とは違い、婚約者の家はまだマトモな感性の持ち主だった。マトモなのは感性であって、人柄ではないのであしからず。
散々嫁(予定)を便利に使っていた義実家の連中は、私が出ていくと困ると考える程度の判断力は残っていた。
「姉の代わりに嫁いでも幸せにはなれない。今までの情もあるから、破談でもらい手のないお前を使用人として雇ってやる……」とか何とか言って、私を引き留めようとした。どの口が言う。
お前らと一緒にいた方が幸せになれないわ。
誰が好き好んで、実の姉と浮気した男と、妹の結婚相手寝取った女と一緒に暮らすかよ。
このままでは、姉の嫁ぎ先に連行されるか、書類仕事を押しつける人間として監禁されるかの二択なので私は逃げることにした。
ちょっと遠くに行くくらいでは意味がない。
連中はそれなりに権力者なので、田舎町でひとり暮らしとか、修道院でスローライフなんて簡単に強制終了させられる。
だからといって、一度きりの人生を無人島とか、獣しか居ない山中で、世捨て人として暮らすなんて耐えられない。
逃げるだけの人生になったら、それは連中に負けたのと同義だ。
私は勝ちたい。
晩年に自分の人生を誇れるようにしたい。
クソどもじゃない人と仲良くなりたい。お金を稼いで、お金を使って、文化的な生活を営みたい。
雇われるよりは、自営業でのんびり生活したい。
収入は我が身ひとつ養えれば充分だから、無理のない働き方をしたい。
そんなわけで、私はダンジョンで宿を営むことにした。
登山客用の山小屋と同じで、過酷な場所にあるので一般人はおいそれとやってこれない。
より深い場所で営業すれば、本人達はもちろん雇われた連中だって軽々しく訊ねてこないだろう。
女手ひとつなので数人泊めるのが精々だろうが、物資が限られていて、危険もあるのでガッポリ稼げるはずだ。
考えれば考えるほど、これしかないと思った。
ダンジョンはソロで何度も潜っているので、今更怯んだりしない。
そうと決まれば、一刻も早く深層の比較的生活が可能な土地を確保しないと!
私が思いついたくらいだもの、既に同じことを考えついている人がいるかもしれない。
商売敵が現れる前に、いえ商売敵が現れた後も優位性を保てるよう、最深部ギリギリに宿を構えてやるわ!!
*
「おい、聞いたか『銀の狂戦士』の噂」
「ああ。単身で潜るなんて命知らずな真似してたけど、まさかあんなことしでかすとはな」
「初めて見たときからイカれた女だと思ってたが、想像以上だったな」
冒険者ギルドでは、男たちが情報共有という名の噂話に興じていた。
話題の中心になっている『銀の狂戦士』は、ある冒険者の通り名だ。
銀を冠するだけあり、その人物は銀髪だ。年の頃は定かではないが、二十歳前後だろう。
自ら狂戦士なんて名乗る人間はいないので、当然あだ名だ。だがその名を本人が認知しているかは不明。
何故なら彼女は誰とも連まないからだ。
『銀の狂戦士』が他人と話す姿など、受付嬢と事務的なやり取りをしている場面しか見たことがない。
数日前に久しぶりにギルドに顔を出した『銀の狂戦士』ことヴィクトリアは、笑顔でチラシをばら撒いた。
何をとち狂ったか、彼女はダンジョンの深層で宿屋を始めたらしい。
確かにダンジョン内にも宿屋はある。だがそれらは長年安全地帯だと観測されている場所で、宿以外の店屋も集中して建てることで集団で守り合って暮らしている。
安全地帯が確立しているのは、中層手前まで。
「チラシに描かれてた地図がわかんなかったんだが、ありゃ一体どの辺りなんだ?」
「俺も知らん。深層には過去二回足を踏み入れたことがあるけど、あんな地形に見覚えねぇな」
「オレもだ。去年合同パーティでのマッピングに協力したけど、見たことない場所だな。……もう止めようぜ、なんか怖くなってきたわ」
「お、おう……」
「あの女一体何層まで行ってんだよ」
「おい。止めろって。言葉にすればなんとやら、って言うだろ。本人が耳にして営業されたらたまんねぇよ!」
「オープン記念で今なら一泊金貨二十五枚!」とか言いながら、客引きしていた姿を思い出す。
金貨二十五枚なんて、首都の高級宿に匹敵する値段だ。
*
「暇だわ。おかしいわね、もっとこうベテラン冒険者達の憩いの場になっているはずだったのに……」
暗黒破壊竜の皮を剥ぎながら、私はぼやいた。
念願の宿のオープンから一ヶ月経つが、いまだお客はゼロ。
最深部に生えてる世界樹から資材を拝借して作り上げたログハウスは、素人仕事ながら中々上手くできたと思う。
ログハウスの練習台として作った炭焼き小屋も、氷室も拙いながらもちゃんと機能している。
しかし納屋は無残な状態だ。
今は足下で素材に成り果てている暗黒破壊竜の尻尾でバラバラにされてしまったからだ。
この落とし前は体で払ってもらうわよ。使える部位は、全部売っぱらってやる!
「この辺りの魔物には、魔物除けも効かないし、生半可な結界は破壊されちゃうものね。とりあえず付近の魔物を粗方狩っておきますか」
最近独り言が増えた気がする。
これはよくない兆しだ。
早く誰かと――宿泊客と話さなければ。
サーチ&デストロイの精神で、私は宿の周囲をキレイに掃除していった。
「あら?」
弱々しい気配に、死にかけの魔物が物陰にいるのかと覗けば男が倒れている。
「あらあら~」
倒れているのは男一人。
ダンジョン探索は複数人で役割分担をすることが推奨されているので、私と同じソロという時点でかなり親近感がわく。
薄汚れているし、ボロボロだが身なりは良い。血と泥にまみれているが、顔も端正で均整のとれた体格だ。
つまり育ちの良いお金持ち。
「記念すべき一人目のお客様ということで、地上に戻ったときに口コミすることを条件に、特別価格の金貨五枚にまけてあげましょう」
しかも手当て付き。治療費込みなので流石に無料にはできないけど、それでも充分破格だ。
きっと感激して、この先出会う冒険者全てに宣伝してくれるに違いない。
*
私が押しつけられていた仕事は、全て執務室で行う類いのもの。
未成年を酷使している事実を知られたくない(元)婚約者の家は、私が外の人間と交流しないようにしていた。
実家は元より私を社交の場に出さなかった。華やかな場は全てリーゼロッテのもので、彼女に集まる視線を分散させる存在など不要。
そんなわけで私は実務能力や戦闘力こそ高いが、交友関係は無きに等しく、時事にも疎い。
祭りの日だけ売られている絵姿を見たこともなければ、王族に謁見したこともないので、自分が担いでいるのが兄よりも優秀と名高い弟王子であるとは知るよしもない。
「なんか運が向いてきたかも! これを機にお客さんがわんさか来るようになったりして」
客室は二人部屋が三つしかないので、満室時はお断りするしかない。
でも雑魚寝や、敷地内にテントを張って過ごすならもっと泊められる。
あまり忙しく働くつもりはないが、稼げる時には臨機応変に立ち回るべきだろう。
料理は魔物肉のBBQにすれば、大人数だってさばける。
客というか、王子を狙った暗殺者をはじめとした厄介な連中が、わんさかやってくることになるのだが、その頃の私は理想のスローライフに夢を膨らませていた。
短編の時点では異世界恋愛ともハイファンタジーとも言い難いので、ヒューマンドラマにしました。