はじめまして【彩優side】
「はっ!……ここは、どこだ?」
見知らぬ壁と天井。
最初に目が覚めたところよりも、装飾品が少ないように思える。
教科書で見た平民が住んでいる部屋の作りと似ている。
窓から差し込む光が、僕の視界の邪魔をする。
ベッドの左壁に窓があるのか……。
優良物件じゃないからダメだな。
僕は今いる位置と部屋の内装を確認するために体を起こし、首を左右に振って状況確認をした。
「膝ぐらいの高さの本棚、その上に懐かしい形式のランプ。ドア付近にテーブルとレターセット。ベッドの横にサイドテーブルがあるから、ココにはベアーでも置いとくか。人形だからちょうどいいだろう。床の広さは50㎡ないぐらいか?天井までの高さはジャンプしても大丈夫そうだな」
どこに置いてあるか確認しながら、日常的に使う風景を想像して家具の配置を決めていく。
材料さえあれば家具などは作れるから、あとは使う材料や工具を確保するだけか。
「おい、ベアー。……いるんだろ?」
「はい。なんでしょうか、主様」
相変わらず反応するのが平均よりも早いな。
仕事効率が高いのは助かるが、気を抜いていると驚きそうだからやめてほしい。
「この部屋をリフォームする。必要な材料と工具を準備しろ」
「おまかせを、主様」
そう言うとベアーは瞬時に魔法陣を展開し、森林エリアの方角へ消えていった。
……そう言えばこのドームのエリア区分、どうなってるんだ?
確か、
〈このドームのエリアは8個に分けられてるぜ!〉
〈気候、温度、湿度、環境…各エリア全てが完全にオリジナル化していて、難易度が自分の戦闘センスに合わせてバラバラな理不尽すぎるクソチートな競技場。ホント、なんでこんなところに生まれてきたんだろ僕達〉
突如テーブルの方から頭に直接響くように、2つのモノが話していると思われる文が届いた。
最初の文は明るい色、次は暗い色で文字が頭の中に浮かび上がっており、時間が経っても消えることは今のところない。
「デジタルボード、オープン」
ボワンッ
ベアーに聞いた、今のところドームの中だけ使用できる技術のうちの一つ“デジタルボード”。
開く時にイメージが重要になると言ってたから魔法の基礎を応用してみたが、次からは無演唱でもいけそうだな。
「なるほど。君達は僕がここで生きていくための武器の一つか。双剣と呼べばいいか?」
デジタルボードには対象に指定しているモノのことがだいたい分かるとベアーから聞いているが、記載されている情報が少ない。
武器の種類やレクチャー動画しかない。
〈おいおい、それはないぜ!武器ってもんは普通愛着が湧くはずだろ?なのになんで冷めた目でこっち見てるんだよ!〉
〈せめて左と区別はして欲しい。僕は右だからね〉
早いスピードで頭の中に文章が書かれていく。
読むのは簡単だが、抗議している内容が生物の意思と同じことはおかしい。
普通、武器とは意思のない生物が身を守るために作ったものだ。
生物と一緒の思考回路をしているのは、世界の理論上説明できない。
もしくはドームの中は前いた世界とは違う当たり前が存在しているのか?
その仮説を通すなら、この武器が話しているのも納得がいく。
あくまで仮説、されど仮説。
今はこれを軸として色々と検証してみるか。
「じゃあ左が白夜、右が極夜と呼ぶことにする。二人合わせて呼ぶ時は双剣と呼ぶからな。」
〈〈了解、マスター〉〉
マスター、か……。
悪くないな。
主様よりもしっくりとくる。
ピコンッ!
『ビックイベント発生!30秒以内にココへ来ると、なにか面白いことがおきるかも!?』
「……絶対にこれは行くしかないな。双剣、脚のベルトに刺さってろ」
〈はーい!面白いことが起こったら録画して送ってくれよなー極夜〉
〈めんどくさいけど、マスターの行動を見返したいからやってあげる〉
双剣がベルトに刺さったのを確認したら、すぐに指定場所とここを繋げる空間魔法を展開。
魔力出力を調整、指定場所でのスペース確保、対象者の指定……
「ホールへの転移、開始」
僕は感覚で魔法を使っていた。
***
「きゃっ!あなた、どこから来ましたの!?」
「うるさいな。君は黙ることもできなのか」
転移した先がうるさいのは気分が悪い。
魔法陣が展開されていたはずだし、スペースの確保もしていた。
なのにそれに気づかないとは、一体どういう教育をしたらそうなるんだ。
「彩優様。まずは来てくださり、ありがとうございます。立ち話もなんですので、こちらの椅子におかけください。もし怪しいのでしたら、持参のおかけするもので座ってくださっても構いません。こちらとしては、話し合いの場が設けられるだけで目的は達していますので」
黒髪黒目のメイドが、こっちに近づいてくる。
ドクンッ!
「ガハッ!ゲホッ、ゲホッ……。」
急に血液が逆流してきた。
特に体の変わっていた点はない。
もしかして、女の魔法有効範囲に入っていたか?
いや、魔法陣が発動した軌跡はない。
だとすると無媒体魔法の可能性が高い。
魔法陣とは、決められた魔法を暗号化したような存在だ。
その媒体に魔力を注ぐことで、魔法を使える。
魔力だけで目的の魔法を出すことは非常に難しいが、基本の魔法発動手順に則って出した魔法よりも自由が効くとして知られている。
例えば、湿った土を魔法で出すとする。
基本の魔法発動手順だったら、まず魔法陣を四つ用意しなければならない。
①土を作る魔法陣②水を作る魔法陣③土の量が適量になる魔法陣④水の量が適量になる魔法陣
もしこの中に一つでも過去に作られている魔法陣がない場合は、自分で作るしかない。
他の魔法陣について研究し、試作品を作り、失敗したらもう一度を繰り返す。
ハッキリ言って、湿った土を魔法で出すのにここまでの努力をする人は5%未満。
なぜなら、土を作った後は自然の力に任せればいいからだ。
そもそも戦闘で湿った土が絶対に必要という場面はあまりなく、労力と使用頻度が釣り合っていない。
だが無媒体魔法だったら、たった一つで解決する。
魔力を基本の魔法発動手順よりも消費するが、その代わりに自分の理想とする土を出すことができる。
ただし自分の理想とする未来に、魔力をどれだけ消費するかわからない。
つまり、暴走状態になる可能性が基本の魔法発動手順よりも高い。
リスクを気にしていては前に進めないし、失敗は成功のもと。
こう考えている人間が多ければ、過去に犠牲者の大量生産はおきていない。
まず、無媒体魔法の使い手はそれだけで富と名声を手にする。
それから国の監視下にある施設を転々とし、成果を上げなければ殺される。
死体は貴重な資料として解体され、体の隅々まで調べ尽くされる。
残りは証拠隠滅のために粉々に消されて、静かに大地に眠る権利を奪われる。
実際に国の出費経歴と近年の無媒体魔法の解明スピードの向上がそれを裏付けている理由になっている。
「座るからいい。僕に近づくな」
ここでの発言力を高めるためにも、相手に鎌をかける必要があるな。
警戒しているのを相手に悟らせることは未熟者の証だが、必要な時もある。
僕はそんなに詳しいわけではないが、それぐらいのことなら分かる。
一般人の代表職業のサラリーマンでも、会社同士の交渉の場でやってはいけないことぐらい最低限覚えているだろう。
そんな大人の一般常識を知らないのはおかしい。
「それで、どうなっているんだ?」
面白いことがいつなのかは分からないが、まずは状況整理だ。
現状を理解していないとなにもできない。
「まず彩優様には自己紹介をしていただこうと思います。内容は名前と年齢、好きなことと今後へのことです。メインカラーについてはこちらからご紹介させていただきますが、彩優様のメインカラーは青です。マップなどにプレイヤーが表示される際、彩優様の場合は青色でマーキングしてあります。武器の色もメインカラーからなので、ご理解をお願いします」
……この女の提案は飲んだ方がいいな。
僕の血が逆流するほどの何かを、この女はやった。
詳細や打開策が分かるまでは迂闊に暴れない方がいいだろう。
警戒されてる時間が長くなれば、行動がしにくくなるしな。
「ああ」
さて、どうしたものか。
自己紹介と言っても、言っていい個人情報とそうでないものがある。
これは相手に餌を与えて、いつバレるか分からないドキドキを楽しむか?
それとも一般的な自己紹介で自分は無害アピールをするか?
……間をとって、中途半端にするか。
「サユ。14。好きなこと、今後についての意見は特にない。……これで満足か?」
「はい、ありがとうございます。そして忠告ですが、光がない時間帯は光がある時間帯よりも危険です。出かける時は他の皆様にお声がけすることをお勧めします。今回はまだ時間があるので、ホールに居てくださっても大丈夫です。質問がある方は会議室までどうぞ。解放期間は今日までなので、このタイミング以外に私と直接会うことは今後ないと思ってください。それでは、有意義な夜をお過ごしください」
言いたいことだけ言い終えると、女は会議室と呼ばれる部屋へと転移した。
魔力の消耗は魔法陣ありの時と同等。
目立った疲労や状態異常はなし。
無媒体魔法の使用者が出す、典型的な症状が見られない。
……もし僕に危害を加えていなければ、弟子入りを志願していただろう。
まあ、もうその可能性も0に等しいが。
ピコン!
なにかがデジタルボードに送られてきた。
送り主は、あの女?
無媒体魔法の気配や異質物の痕跡はなし。
害はない。
今読むか。
『ああ、それと彩優様は「ウラギリモノ」という役に就いています。この役は文字通り他のプレイヤーを邪魔したり、殺したりする役です。彩優様にはピッタリの役ですよね?ちなみにウラギリモノはこちら側、サバイバルゲームの運営側です。彩優様がしっかりと役をこなせるように、こちらも申し出は最大限お受けするつもりなので、遠慮なくおっしゃってください。あと、もしこちらからあなた方に接触することがあった場合は前もってお知らせしますので、ご理解をお願いします。それではベアー様と彩優様のご活躍、楽しみにしております』
チッ。ベアーの存在がバレてたか。
隠密行動を取らせる予定だったが、呆気なく潰れたな。
しょうがない、しばらくは僕の同行だな。
で、僕にピッタリの役?
もちろん利点は存分に使うけど、プレイヤーとしての僕にとってはリスクが高くないか?
異常に他のプレイヤーと技術とかが違うと怪しまれて、袋叩きにされる可能性もあるし。
まあ別にやられる気は0.00001mmも無いんだけど、演技をやったことがない僕にとっては成功するよりも失敗するリスクの方が高い。
……最悪、全部壊してしまえばいい。
ピロン!
返信もしたし、しばらくは相手の行動を探りながら行動するか。
「ねぇねぇ君、ちょっといいかな?」
僕が今後の行動について計画していると、見るからに絵本から飛び出た王子みたいな容姿をしている男が話しかけてきた。
というか、現時点で他のプレイヤーと関わる必要性があるか?
一人で生きていく技術や今後の方針を考える期間なのに、なぜこの男は他人に話しかけている?
早速、情報収集にでも取り掛かっているのか?
「美来さんも夜の単体行動は危険だって言ってたし、僕たちと情報交換でもしない?ここで一人で生きていくのは難しそうだし、よかったらどう?」
こいつ、僕が弱くて群れないと生活できないゴミだとでも思っているのか?
自分で自分の身を守ることは、生きていく上で必須事項だろ。
最初から群れて、他人に都合よく守られていなければならない規則でもあるのか?
〈そんなルールないぜ〜。というかぬいぐるみの執事から聞いてないのかよ!?あいつ仕事放棄してやがる!〉
〈ぬいぐるみ執事は、そんなことしない。ただマスターが心の中で、クソ王子に確認してるだけ。説明書はもう、デジタルボードに記載されてる。データが強制削除されない限り、いつでも見返せるような設定になってる。ちゃんと白夜よりも仕事してる〉
〈うっせ!というか、お前も仕事してないだろ!〉
〈僕はマスターの行動を録画で撮るという任務を遂行している。何もやっていないのは白夜だけ〉
〈ズリーぞ極夜!俺に変われ!〉
〈ヤダね。〉
……この脳内喧嘩、いつまで続く予定なんだ?
さっさと退散して欲しいのだが。
〈失礼しました、マスター。愚かな左が申し訳ありません。すぐに終りますので、ご容赦ください〉
〈ちょっ、おいっ!?〉
ツーツーツー ガチャン
高級品の携帯電話を真似したオモチャの音が聞こえてきたのだが、これは僕を侮辱しているのだろうか?
もういっそ、この場を全て氷漬けにしてしまおうか?
「あの〜、大丈夫ですか〜?さっきからずっと怖い顔で考え込んでますけど、私の声届いてます〜?」
目の前に手が振られたのを確認して顔を上げると、茶色のボサボサした髪に黄色の瞳の女が話しかけていた。
見るからに研究員らしさを感じされる顔つきに、僕はベアーが自分に合っている最高の綿を開発していた時を思い出した。
「大丈夫だ。というか、お前の方こそ大丈夫か?」
「へっ?」
「人の意識を手を目の前で振って確認するのは、侮辱しているのと同じ意味だぞ。お前は自分が嫌われることが好きな変態なのか?」
「えっ!?」
目の前で手を振られて、なおかつ意識の確認をして感謝するバカな奴はこの世界に何人いるのだろう。
きっとそいつらは、頭がお花畑の未完成な生物なんだ。
それが目の前にいるし、なにより今後とも付き合っていかなければいけない。
吐き気と頭痛がしてきた。
もう転移で部屋に戻っていいか?
「まぁまぁ、チヨちゃんも悪気があるわけじゃないんだし、ここは矛を納めてくれないかな?別に僕たちは君に敵対する気はないんだ」
「ヒカルさん……」
なぁ、なんで研究員は体温が若干上昇している?
誰か教えてくれ。
王子が横槍入れたら体温が上昇するって、いったいどんな理論でそうなってるんだ?
「横槍を差さないでくれるか?僕は今この女と話しているんだ。用がないなら黙ってくれ」
「用なら一言、私から申し上げてもよくて?」
今度は姫が出てきたよ。
一体ここはどうなっているんだ?
お姫様と王子様を童話から抜き出してきたのか?
じゃあ僕は、その二人の邪魔をする悪人ってところか?
「さっきの急に現れる現象はなんですの?よろしければ、説明をお願いしたいのですけれど」
姫は扇子を口元に当てながら、目を細くして僕を見た。
情報を出さないとなにかすると錯覚するいい目を演じているけど、その奥にある不安や焦りが見え見え。
演技がヘタすぎて、相手にならないな。
「断る。」
「でも僕とマモルも気になるし……よかったら話してくれないかな?」
王子の後ろから、筋肉が他よりもついている男が出てきた。
これで脅しているつもりか?
自分が命令すればなんでも叶うと思っている思考も腐ってるし、なにより権利を主張して義務を果たせていない奴の命令なんて誰が聞くか。
「何回言えばいいんだ?もう俺は帰る。他のやつらで作戦会議でもしたらどうだ」
誰かからクレームがくる前に転移で自分の部屋に戻ろうとした僕の視界に入ったある一人のプレイヤーの口が、こう語っていた。
ある人を消すのを手伝って、と。
***
「主様、お帰りなさいませ。ご希望の物を持ってまいりました」
部屋に帰ると、ベアーが宙にぶらぶら浮きながら僕を迎えた。
テーブルを見ると、縮小魔法がかけられている木材が置いてある。
「ああ。今夜は家具を作ってから行動しよう」
「承知致しました」
縮小魔法を、使う木材から解除する。
無駄をなくし、材料の良さを出して悪さをカバーする。
間違ったものができたら、双剣を使って粉々にして自然に返す。
この作業を繰り返す。
……一時間後
「できたな。あとは古い物を自然に返して、作った物を配置しよう」
「手伝います」
〈おい!俺たちは武器だぞ!工具用のやつじゃないからな!?〉
〈そうだ。どうせなら白夜だけを使え〉
〈ひっでぇー!〉
足のベルトから脳に文章が送られてくるが、無視して黙々と作業を続ける。
「じゃあ行くか」
「はい、主様!」
〈おい待て、まだ話が終わってなっ!〉
〈〈ギャアアアアアアアアアッ!〉〉
そうして僕たちは、窓から身を投げ出した。
今夜も月が輝いていた。




