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【エタってます】幽霊城の黒豹  作者: らくだ けい
ブラッシュアップ版
3/122

(ブラッシュアップ版)第3話 活動開始

 五、六時間の空の旅を終え、着く頃には、夕方となる。

 郊外の人通りの多い一角に移動形態のパン屋が現れる。


 けれど視線を向ける者は数いれど、立ち寄る者は中々おらず、中から出て、

 店主の女の子は直接販売を行っていた。


 勿論クリームのことであり、店を出した意味、それを少し傍で一服つけながら、

 ジャガーは考えていた。

 最初からそうしろよという気分でもある。


 子供に甘そうな年寄りを狙い撃ちし、売れていく。

 あっという間に中身がはけていく。商売上手なことだ。


 売り子に向かない男は、特にやることがない。

 しかし、ヒステリックな女が寄ってきて状況は一変。

 買ったパンを二つに割るなり、文句を口にし、投げつけて、


「何よこれ、何も入ってないじゃない。馬鹿にして」

「おっわ!?」


 とびっくりしつつ、引っ込められた頭の上を通って地面に落ち、間を置かずに今度は肩をいからせた如何にもなごろつきが寄ってきて、店に立つミークに詰め寄り始める。


「よう、変わった趣味の店長。夕方以降、ここでフラワー(小麦粉)製品の店を出すのは禁止になってる。間違われるからな」


「そうだったの。何に間違われるかは大体察しがつくわ。目印になってたのね」


「そういうことだ。わかったならさっさと店を畳んで余所でやりな。それと誠意だ。このことを教えてやった俺へのな」


「お金の話ならあっちの人が聞くわ。私は代理で立ってるだけだもの」


 目配せが飛んできて、思わずといった感じにジャガーは笑うことになった。

 こういう手合いはあなたの方が得意でしょと、そう聞こえた。

 

 尻ポケットから本革の小板入れを出す。こちらのもので、言ったら財布。

 渡しに行く。が、身構えた顔ですんなり受け取ろうとはしない。


「どうしたよ。いらないのか」


 その言葉で手は伸ばしてくる。

 しかしその瞬間、足を出しつま先を踏んづけていた。

 これをやられると痛みで身が強張り、一瞬ではあるが衝撃がまともに入るようになる。

 ストリートファイトの定番技だ。

 腹に一発お見舞いする。拳がめり込んだ。


「ぉぶっ――」


 くの字というか、フの字のようにごろつきの身は畳まれ、開いた口から涎が垂れる。


「あ、カ」

「何が誠意だ。俺からの誠意は伝わったか。俺の前でつけあがってんじゃねぇ」


「――て、てめぇ、俺によ」

「ありゃあ、ガッツがあんのな。ショックだぜ」


 今ので寝かしつけるつもりだったというのに。

 首根っこを掴んで店の裏へと連れ込み、追加で鼻と頬骨へし折って、今度こそしっかりと寝かしつけた。

 当分起きては来ないだろう。腰を休める家具にもなる。


「よっこいせっと。お前らもどうだ。今なら特等席の頭が空いてる」

「容赦なさ過ぎよ。私が振ったんだけど」


「この手の奴らってどこにでもいんのなー。まぁあたしが会ったのはちょっと違う感じのごろつきだったけど、嬢ちゃん金は欲しくないかって、ほんとにひもじい思いしてたからノコノコついてったらさ、あれな所で、おっ勃てたコック握りつぶしたったよ」


 ジャガーの笑い声が響く。

 

「もう、お下品ね」

「ハッハッハ、それは災難だったろうな」


 続けて目を落とし、「こいつのもやっとくか」と、

 冗談を飛ばしていたところでクリームが戻ってくる。


 飛びつくような形でカウンターの前から顔を出し、不満を露わにしながらこう口にした。


「楽しそうだね。もう店仕舞いだよ」

「おう、早かったな」

「少し残りました」


 はぁ、と直後に大きな溜息が入る。


「でも、もう誰も寄って来そうにないと言うか、売れるのに時間掛かりそうだから」

「噂にもなりそうよね。怖いおじさん雇ってるパン屋があるって。金輪際ここじゃ開けないかも」

「確かにそうかも」


 そこでふと、何故こんな真似をしているのか、ジャガーは気になり、尋ねていた。


「理由は何だ」


 金に困るような暮らしは送っていない。ほとんど自給自足で事足りる。

 実際、暇過ぎてこの商売を始めるまでは、ロキと出会い思い付くまでは、

 金なんて使わない生活を送っていたくらいだ。問いただす。

 

「商売なんかやってる理由だ。金には困ってねーだろ」

「だってさ、お金は多い方で良いでしょ。使う時が来るかもしれないし」


「欲しいものでもあるのか」

「ううん、違うね。それも違うかな。自分でも何言ってるかよくわかんなくなってきたけど、本当に言った通りだから」


 煙に巻かれたようにも感じたが、さして気になることでもなく、店を畳んで、

 次は拠点となる宿探しとなる。


 どの方面にも向かいやすい中心部の方が良いだろう。

 一番の賑わいを見せる一番街。順ずる二番街。裏の顔も覗く三番街。

 これらが該当し、そこまでは、タクシーだ。馬車より速い。


 最初から行っておけたら良かったが、往来激しく、店が開きにくそうという理由で、

 却下されている。


 電話代わりの魔法で出された小鳥が、飛んでいく。

 端金と番号を打つだけで連絡を取れないのは不便だが、それがこの国だ。

 いや、一昔前は画期的な通信手段ではあった。


 時代の最先端を行き、武装としても猛威を振るった魔法の力は、周辺諸国を脅かし、数えきれないほどの勝利をこの国へと齎した。そして、今では大帝国と呼ばれるまでに至る。


 しかし、その自惚れが科学の発展を阻害した。世間でよく言われていることだ。

 カルウェナンの方ではと付くが。現状はただの遅れた国。

 電気すらまともに普及してはいない。


 しばらくすると、タクシーが来て、運ちゃんに余ったパンをプレゼント。

 流れで夕飯の話となり、先に寄って行こうという話にもなる。


 日没は近く、ライト代わりのシャインストーンが光を放ち始める。

 街の家々や、街灯から。

 車のヘッドにもついており、道路を照らし始めた。


 電球と違い、つけたり消したりをできないが、そこは被せる構造でカバー。

 他の大きな相違点としては、カットの仕方で明るさを調節できるだのあるが、

 一番は国の外へ持ち出したら光を失うことだろう。


 他国から遥々やって来た大勢の商人達がその特性に騙され、

 巨万の富を失った。そんな逸話も残る。


「なあ、良い店を知らないか」

 

 それで教えて貰ったのは、一等地を少し外れた所にあるレストラン。


 海の豚を使ったステーキが名物らしく、

 何かは知らないが、食してみると意外といけた。


「イルカさん食べるんだ」

「イルカ?」


 思わず彼の眉間の皺が寄る。可愛い生き物だ。

 豚扱いされ食われていることに驚いた。


 もしやすると、ブヒと鳴くのやもしれない。

 そんなことを思いながら平らげ、店を出る。

 

 宿は近い所にした。問題は、深く考えずに決めてしまったことだ。

 部屋に案内されると壁が薄いようで、隣の声が丸聞こえであった。

 やれあの店は良かっただの、この店は駄目だっただの、今からするのはそんな話ではない。


 何処にターゲットが潜んでいるかもわからず、会話の内容から気取られる恐れもある。

 警戒し過ぎなような気もするが、用心に越したことはないだろう。


「こりゃ駄目だな。どうするよ」

「安さに釣られちゃったわね。なら今日はひっそりと」

「そうするか。声を潜めてさながら秘密会議のようにって、実際そうではあるか」


 部屋の中央、両サイドからなるべく離れた場所で円を組んで座り、

 実は少し気になっていることがあると、そのことから彼は切り出した。

 その場ではそこまで考えが至らなかったが、道中にて妙に思い、それを言葉に変えていく。


「報酬だよ。慰霊金か、クソが。口ぶりからしてそれを前提とするなら何て言ったらいいんだ、おかしかないか」


「そうかしら」

「よく考えろ。俺の分だけだ。不足してると思わねぇか」


「そうねぇ。強敵みたいだし、他の人間が、特に私ね。一緒に命を落とす可能性もある。ないとは思うけど」


「大した自信だな。だがもしそうなった場合、言った通りだ。二人分必要になる。それが筋ってもんだろ。違うか」


「ちょっと予想はついてるのよねぇ」

「何だよ、言ってみろよ」


 そこで、フォウが小さく手を上げた。

 揃って目を向けると、何故そんなこともわからないのか、そんな当たり前と言わんばかりの顔で、当たり前のことを口にした。

 

「お前賞金首じゃん」

「それがどうした。――ああ、待て、そうか」


 そういうことだったかと察しがつく。これは盲点だった。

 灯台下暗しというやつか、自身が何者であるかを失念していたのだ。

 追われる身だ。それも首に高い懸賞金を掛けられた。

 

 深い溜息吐きつつ、彼は頭を抱えるように顔を片手で覆う。


「あのじじい。碌なこと考えねぇ」

「今回は餌の役割を期待されてるんでしょうね。ご愁傷様」


「クソが、犬にけつを掘らせてやりてぇ。もしくは大鹿(エルク)だ。剥製のでかいコックを今度会ったらぶち込んでやる」


 そう吐き捨てると今度は天を仰いだ。やり場のない怒りが押し寄せてくる。

 会おうと思って会える相手でもない。当分はこの怒りと向き合うことになる。

 煙草が進んだ。

 火をつけ、心を鎮めるように目を瞑り、内に溜まったものを煙に混ぜて外に出す。


「無理なこと言わないの。だから私を襲ってもいいのよ」

「どさくさに紛れてやべぇこと言ってんじゃねぇ。ミーク。お前俺の護衛な」


「そのお誘いはごめんよ。そうしたら誰がクリームの傍に居るのよ。人攫いにでも見つかったら大変よ」

「要らねぇだろ、クリームだぞ」


 彼女のデュナメイスは戦闘の役には立たないが、魔力の量は桁外れ。

 それは魔法使い(ウィザード)としての高い資質を示し、更には異常な膂力まで有す。

 パンチ一発岩をも砕く。

 

 普通の人間ではないのだ。アンスロの中でも特に希少な神話の怪物ドラゴンの血を宿す。

 目立つ角や尻尾は、今は姿を変え、髪やスカートの一部と化す。


 正確には、その一部のように見させられている。魔法の変身道具でだ。

 胸に付けられた黒猫のピンバッジがそうであり、一般人の所持が禁じられた違法道具でもある。

 魔力の注ぎ方しだいでは、別人にすらなれ、犯罪に活用されぬ為だ。

 全身変身ともなれば、恐ろしく魔力を喰いもするが。


 だとしても、使わざるおえない者達もいる。

 商品として狙われないようにする為、あるいは、迫害を避ける為。


 他国でもあるが、この国では特に顕著で、アンスロが都を出歩こうものなら、即座にしょっ引かれる程である。


 しかし、前述の通り、変身していれば関係ない。

 これも付け加えておくことに彼はした。よく考えろと、前置きをしてだ。

 

「変態野郎が現れたって月まで吹っ飛んで終わりだ。違うか」

「いや、変態は怖いかも。身が竦むかもしれないし」


「ほら、こう言ってるじゃない。だから一人で行って来なさい。それともフォウに御守をされたいの」

「やらんけどな」


 チッ、と舌を打って、彼は床に手をつく。腰は重いがこれが役目だ。情報集め。

 主に反社会的な人間から行われ、立ち上がると一緒にフォウも立つ。


 彼女は専ら、そういう奴らのアジトへの潜入を担う。

 黒いバンテージを巻いた両手を前に翳して、そこからゆらと粘性帯びたような黒煙が上がると、

 それはうねうねと動く禍々しい両腕へと姿を変え、床を引っ掻いて、水溜まりのような影を生んだ。


 飛び込んで頭の先まで浸かり、影と一体化すると、すぅーと床を滑るように移動していき、

 扉の下から先に出て行く。


 頭をがしがし掻いたあと、彼も続いてはいたが、手を振る所作を交えつつ、大事なことを伝えていた。忘れてはならないことだ。今日が命日になるやもしれない。

 

「俺が死んだら旦那によろしく言っておいてくれ」


「黒騎士に化けて出る方法でも教えて貰いたいの。大丈夫よ。任務の最中に首を狙うような暇人は、多分いないと思うわ。偶然鉢合うとかでもない限り」


「――ありえそうだろ。嫌な夜だ」


 今はそう感じてならない。

 バタンと扉が閉じられると、残った二人は、和気藹々とティーブレイクの準備を始める。


 この国ではよく行われていることだ。食後のお楽しみというやつである。

 ただ、それがわかる人間達でやらなければ、味わえない一時というものもある。


 言ったら優美さみたいなものか。


 必要な物は既に部屋に常備されてあり、言えば作ってきても貰えるが、魔法のストーブに火を入れ、部屋を温めるついでに上で湯を沸かす。


 沸いたら茶葉を入れたポットの中へ。

 葉が舞うように熱湯をケトルから注ぎ入れ、蓋をしてしばらく蒸らす。


 完成したらカップに移し、ガラステーブルの上に持って行く。

 揃って側の椅子に腰掛けた。


「良い香りだわ。毎度思うんだけど、この文化って素敵よね。もっと前に来るんだったわ」

「これなかったんじゃない。ミークはほら、軍に属する騎士だったわけだし」


「辞めて、辞めさせられたんだけど、すぐ来たわけじゃないの。ちょっと腐ってた時期もあって。だからこっちに来た三年前より少し前って意味」


「人間色々あるもんね。私もあんまり人に話したくないことあるし、聞かないけど、ミークが来てからこの時間が凄く楽しく感じるようになったというか、なんだか薔薇の宮殿に迷い込んだみたいで、そこの騎士さんとしてるみたいっていうのかな。どこかの誰かさんだと文句垂れてやってもくれないし」


「柄じゃないものね。実は私もそういうのに憧れがあって、意識してこんな髪型や服装にしてるの」


 そう言って彼が手を置いた胸を覆う衣装は、ダブレットという貴族服だ。

 元は騎士の服であり、詰め物をして威圧的に見せたりするものだが、それはしておらず、

 コルセットで腰を細めるに留め、女性的美しさを出していた。

 男らしさを出しては本末転倒、シルエットラインにて、どう見て貰いたいかを強調する。


「でもこういうのって、廃れちゃったものだから。服の話よ。だから目立つでしょう」

「ああ、だから。部屋に居るんだから人攫いも何もないもんね」


「適材適所ってやつよ。それがパスした理由」

「なるほどねー」


 ほっと一息入れ、二人はどんな感じだろうとクリームは様子を覗く。

 と言っても先ずは探す所からだ。

 目が一瞬光を帯び、それは何度も行われる。

 

 水晶に映る景色を視界に投影しては、次々と場面を切り替えていた。


 行ったことのある場所には、特にハレーリヤには数多く仕掛けてあり、

 一つがジャガーを捉えていた。


 誰かに話し掛けるような様子で、建物の間に入っていく。

 随分楽しそうな顔をしていた。悪い顔と言った方がいいか。

 

 恐らくは、これから始めるつもりだろう。

 バイオレンスな聴き取り調査をだ。

 目を閉じて、紅茶を一口。こう告げた。


「フォウちゃんはやっぱり見つけられそうにないけど、ジャガーはしっかりやるみたい。結構楽しそうだったよ」


「鬱憤も溜まってるでしょうし、目を付けられた相手が気の毒だわ」


「そうかな。誰にでも振るう訳じゃないし、ビスケとおんなじだと思ってる。退治してるだけ、巣くって悪さをする連中をね」


「どちらも鼠って、そう掛けてるの? それに一番の悪党がじゃない。でも言い得て妙だわ。どうせそうでしょうしね」


 二人の読みは実際その通りで、ジャガーの前には如何にもな風貌な男が三名。

 警戒した面持ちで、寄ってくる彼を睨んでいた。

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