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第六話

 呆れて物も言えず固まっていると、琴音は何故か得意げに腰に両手を当てる。


「ふふん。ヨスガは知らないかもしれないけど、高校生は働けるの。だから、これから稼ぐんだ!」

「……すまん、やはり此度の件は白紙に戻してもらえないだろうか」

「何で!?」

「計画性が全てにおいて皆無だからだ。母君への質疑応答といい、未定を確定として組み込むことといい……場当たりが癖になると、後々の皺寄せに苦心する。常に最善へと頭が回るならまだしも、琴音がそう対処できるとは到底思えん」


 過ちを諭すには正論に限る。しかし琴音は、肩を震わせ感情を露わにする。


「……もん。そうならないように、私がバイトしてお世話代稼ぐもん! だから出ていかないでええぇ」

「ええい、貴様は何歳だ! 赤子のようにしがみついて泣き喚くでないわ!」

「だってだって! こんな漫画みたいな展開、きっと次はないもん!」

「“まんが”? ……よく分からんがそっちが本音か!」


 涙で濡れた顔を押し付けられ、娘をあやした記憶が不意に蘇る。


『……懐かしいな。あの頃は日々の職務に忙しく、まるで構ってやれなかった。……こんな事態に陥る前に、陛下に断りを入れてでも休暇を取得すべきだったな』


 後悔先に立たずと言うが、まさか死後気付かされるとは。まるで娘に「出来なかったことを目の前の子にやるように」と叱咤されたような感覚に、ふっと息を吐く。


「――とはいえ、俺にも幾ばくかの責任はある」

「……ん? なになに、代わりにバイトしてくれるの?」

「阿呆、この身体では出来んだろう。俺が取れる手段は――そうだな、まずはこの世界のことが知りたい」


 情報は武器だ。日中調査した限り、この地の文明は高度であることには違いない。しかしあまりに漠然としており、肉付けを早急に行う必要があった。


「時代はいつで、大陸の何処に位置している? 見る限り戦争は起きていないが、まさかこの地は制圧された後なのか?」

「そっか、まずはそこからだよね」


 琴音はようやく顔をハンカチで拭うと、オレを持ち上げ共にベッドに乗る。


「じゃあ、順番に答えていくね。今は西暦でいうと2030年。場所は日本で、大陸というより島国かな。戦争とかは……起きてるところもあるけど、今のところ日本では起きてないよ」

「セイレキ? ニホン? 戦争すら無いだと?」


 何一つとして理解不能だ。生前ありとあらゆる書物を読破したが、その何処にもそれらの情報は載っていなかった。だが思い返せば、“初見の文字を解読できた”時点で不自然だった。


『――まさか』


 一件だけ、()()現象と同様のものが記された文献が存在していた。するとある仮定が脳内でざわつき始めたため、ひとまず自国について尋ねてみる。


「……ときに琴音。“スティア”という国は知っているか?」

「“スティア”? 聞いたことないけど……ちょっと待ってね、調べてみる」


 そう言うと琴音は、バッグの中から四角い金属の板を手に取る。そして目にも止まらぬ速さで両手の指を動かすと、やがて首を横に振った。


「うん……えっとね。そもそもそんな国は無いみたい」

「な――本当か!?」


 寄り添うように金属の板を覗き込むと、確かに其処には何も書かれていなかった。


「そうか、やはり……。少々目眩がするが、ようやく受け入れられそうだ。これが“異世界転生”というものなのだな」

「えっと……ヨスガ、大丈夫?」

「ああ。しかしこの世界には妻子はおろか、我が愛しの国すらも。何一つとして存在していないんだな……」


 妻子も同じく“転生”をしていればと、吹けば割れる泡沫の如き希望を抱いていた。だがそれは、あくまで自身の世界のみで行われていたらの話だ。“異世界”が存在している以上、全く同じ場所・同じ時代・同じ転生体……その他条件が合致している可能性は皆無と言っても過言ではない。


 そもそも、俺だけ転生している可能性だってあるのだ。ともすれば、希望に縋るだけ虚しい。


「まあ良い。もとより期待なぞしてはいな――」

「えっ!? 待って、ヨスガって元の世界では奥さんも子供もいたの!?」


 「気になったのはそっちか」とツッコミたくなる衝動をグッと堪え、端的に答える。


「いたぞ。何だ、貴様は居ないのか? 俺はその年頃の時には既に妻との婚儀を済ませていたが」

「いないよ! というか、そもそも日本じゃ15歳は結婚できないし!」

「そうか」

「え、聞いておいてリアクションそれだけ?」

「特段興味もないからな。それよりも目下重要なのは、明日以降の金策についてだ。状況は把握できた以上、うかうかしておれん。集中するためにもまずは身を清めたいのだが、浴場を貸してもらえるか?」

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