第五十九話
それから俺達は、すっかり元通りになった。時折前世の話題を出すものの、あくまで思い出話に留まり。今世を充実させるべく、各々忙しない毎日を重ねていた。
琴音は校外学習や定期テストに打ち込み、レイは仕事帰りの琴音母を癒やす。そして俺は、彼女の家庭教師役や自宅の警らに力を注いでいた。
◇◇◇
一方でスティエラは、エマの肉体にもだいぶ馴染んだらしい。琴音とともに二階堂の家に上がると、彼女は猫らしく毛づくろいをしていた。
「調子の方はどうだ?」
「程々にいいよ。それより……手や道具が使えないって、こんなに不便なんだね。ほら見て、舌が毛だらけでとても不快」
「……これは酷いな。俺まで気分が悪くなってきた」
人間用と変わらない豪製なベッドに横になりながら、雑談を繰り広げる。その最中、レイはベッドの隅で丸くなっていた。どうやらスティエラの行いを、まだ完全には許せていないらしい。
俺達の会話は、あの場に居合わせた者にしか聞こえない。故に、“二階堂”も例外ではないのだが――
「ふふっ、久しぶりに会えたからかな? エマ、なんだかとっても楽しそう」
「うんうん。毛づくろいが苦手同士、気が合うところがあるみたい。「人間みたいにクシでブラッシングしたい」って――」
「わあっ、すごい……! もしかして、琴音は猫さんの言葉が分かるの?」
「え? あ、いや……! わ、分かんないけどそういうこと言ってソウダナー!」
琴音は相変わらず嘘のクオリティが低い。二階堂が素直でなければ、乗り切れていなかっただろう。
◇◇◇
あの日スティエラは、自身と藤香としての魂が別に存在していることを明かした。一つの肉体に、二つの魂が共存している状態だと。
「ならば、エマの肉体に宿ることは可能か?」
「うん、いいよ。人間の身体にも飽きてきたから」
駄目元で聞いてみたのだが、彼女は意外にも快諾してくれた。以降小鳥遊兄弟は、スティエラの監視を兼ね、時折二階堂の家を訪問しているという。
「さて、そろそろ帰るとするかな」
「もう帰っちゃうの?」
「小鳥遊兄弟にも顔を見せないといけないからな」
「あ、それなら――」
スティエラがドアを見ると、見計らったかのようなタイミングでノブが回る。
「おう、おまえら。凛太郎さまが遊びにきてやったぜ」
「凛太郎くん! それに、誠さんも!?」
「こんにちは、琴音さん。レイ君やヨスガ君も、元気そうで何よりだよ」
二階堂の表情を見る限り、彼らはサプライズゲストとして待機していたらしい。小鳥遊弟に親指を立てる彼女は、年相応に幼い。
だがそれに気付かぬ琴音は椅子から離れ、小鳥遊兄弟に歩み寄る。
「こんにちは――ってあれ、凛太郎くんまたおっきくなった?」
「ふっふっふ……。去年より5センチものびたんだ、すげーだろ」
「えっすごい!」
「まーな。のびしろのないおまえとはちがうんだ」
「わ、私だってまだあと2センチくらいは伸びてみせるもん!」
口の達者な弟は、出す機会を失った紙袋をぶらぶらと揺らしている。その大きさは鞄程あり、彼の身長に対して存在感はあるはずなのだが、不思議と琴音達は探りを入れない。
すると兄が、それとなく助け船を出す。
「ほら凛太郎。渡すなら今だよ」
「! そ、そうだった忘れてた。ほらこれ、うまいおかし持ってきたからみんなで食べようぜ!」
勢いよく突き出された長方形の缶。その表面に描かれたクッキーに、真っ先に喜んだのは琴音だった。
「あっ、それってすっごい人気のやつだよね? わーい! 食べる食べる!」
「うわっ、出たなかしくい星人! こうなったら――行け、しゅごじゅうレイ!」
「ニャー!」
小鳥遊弟が指を差すと、レイは琴音に飛び掛かる。すると琴音は二階堂の陰に隠れ、流れるように追いかけっこが始まった。
「フッ、随分と賑やかなものだ」
「うん。けど、嫌いじゃないでしょ?」
「ああ、そうだな」
戯れに決着がついたところで、俺達はテーブルを囲み、揃って間食を口にする。その有り様は猫カフェのようでありながら、家族団欒の如き心地よさだった。




