第五十八話
「……」
「えっ――」
潮時か。琴音が困惑しているのに、かける言葉は見つからず。更に盗聴者がいなければ、隠し通せる嘘も仮面も持ち合わせていない。
さながらスティエラが、“今ここで打ち明けろ”と指し示しているようだった。
『……であれば、いい加減腹を括らねばなるまい』
どの道、わだかまりを解消する必要はあったのだ。そう自分を納得させ、姿勢を正し琴音と向き合う。
「琴音。お前に全てを聞く覚悟はあるか?」
「……うん。何があったのか、全部知りたい」
「ならば話そう。お前が目覚めた日に起きた、事の一部始終を。あの日俺はレイとともに、早朝から奔走していた。というのも――」
◇◇◇
淡々と、さりとて詳らかに語る。
二階堂が黒幕であり、生前崇拝していた女神であったこと。琴音は一時猫の肉体に魂を入れられ、この家で過ごしていたこと。
だが小鳥遊兄弟と協力し、彼女の計画を防ぎ。その報奨として、望むがまま願いを叶えてもらったこと。そして――“琴音”の生前が、探していた妻であったことを。
◇◇◇
最後に、生前や猫だった時の記憶が無い理由を明かすと、琴音は目蓋を閉じる。
「……そっか。色んなことがあったんだね」
「こんな突拍子もない話を信じてくれるのか?」
「もちろん。だって、他でもないヨスガがそう言うんだもん。不思議なことだって、今に始まったことじゃないしね」
すると琴音はベッドを背に、揺りかごのように前後に揺れる。
「それにしても、私の前世がヨスガの奥さんか~。……っ、なんか急にドキドキしてきちゃった」
「満更でもなさそうだな」
「えへへ。……子どももいて、不器用な旦那さんもいて。国の状態が不安定でも、きっと毎日楽しかったんだろうな」
「――」
どこか大人びた声色の彼女を一瞥する。その横顔は照れくさそうで、見ていた俺もこそばゆい気分になった。だがそれも長くは続かず、彼女の表情は悲しげに曇る。
「なのに……何も憶えてなくてごめん」
「気に病むな。願ったのは俺だ。だがもし少しでも思い出したいというのであれば、件のノートに目を通すといい。あるいは、レイを交えて3人で読むか? ――……琴音?」
しかし返事はなく。顔を上げると、琴音の鼻が今にも触れそうな位置にあった。
「こら」
「わぶっ!?」
両手で頬を押したせいか、琴音は素っ頓狂な声を上げて仰け反る。
「な、なんで!? ちょっとくらい試してみてもいいじゃん! もしかしたら記憶が戻るかもしれないのに……!」
「あれは絵物語だからこそ成り立つものだ。今の俺が猫である以上、衛生的にも良くない」
「む〜……」
素っ気なく離れると、琴音は露骨に不満げな表情を見せる。彼女が試したかったのは、おそらく童話にありがちな“キスシーン”。動物から人間に戻れたり、はたまた死者蘇生が可能だったりするアレである。
総じて物語を大団円に導くものだが、生憎とこの場では意味を成さない。
「だが――」
頭をもたげ、琴音の鼻先に触れる。
「“鼻キス”程度なら問題ないだろう」
「あ……あ……」
「帰るぞ。急がねば夕飯に間に合わん」
「ちょ……ちょっと待って! 今行くから置いてかないでー!」
先に柳を出ようとすると、顔を真っ赤にした琴音が追いかけてくる。その表情は在りし日の妻によく似ていたが、もう面影は重ならなかった。




