第五十三話
生前と変わらない、鈴を転がすような歌声。その美しさに苛立ちも忘れ聴き入っていると、すすり泣きが交わり始める。振り返ると、小鳥遊弟が服の裾を握り涙をこぼしていた。
その傍ら、小鳥遊兄は神妙な顔で独り言ちる。
「これは――子守唄?」
「っ……。ヤバいこれ、何言ってるか分かんねぇのに……ぐすっ。涙がぜんぜん止まんねぇ……!」
「うん。……これほど沁みる唄は初めてだよ」
ハンカチを差し出す兄の手は、空いて早々左の腕を掴んだ。それはまるで「弟の前では弱さを見せない」という意志の表れのようであり、配慮に視線を移す。
『……今に見ていろ』
その先に居た、棒立ちの悪魔を睨みつける。この場で心を打たれていないのは、もはや一人しか居なかった。
◇◇◇
やがて歌い終えると、レイは照れくさそうにヒゲを撫でる。
「ど……どうだったニャ?」
しかしエマは俯いたまま、石像のように動かない。かと言って、俺や小鳥遊兄弟が反応する訳にもいかず、部屋には気まずい空気が流れ始める。
『まさか、失敗したのか?』
レイも狼狽し、遠巻きに俺を見つめる。だが返す言葉も見つからず、首を垂らしかけた――その矢先。エマはおもむろに顔を上げ、クスクスと微笑んだ。
「ふふっ……その反応、懐かしいわ。レイ――いいえ、シャリー。見つからないと思ったら、こんなところにいたのね」
「! ……ママ?」
「なあに?」
「えっと、その……もう平気ニャ?」
「ええ、もうすっかり元気。シャリーが歌ってくれたおかげよ」
「〜〜〜っ!」
エマは両手を広げ、母を強く抱きしめる。ようやく叶った、親子の再会。大粒の涙を流す彼女は、生前の姿を下意識に甘え始めた。
「ママ! ママ! やっと……やっと会えたニャ!」
「ふふ、くすぐったいわ。あんまり甘えられると、何だかピューレをあげたくなっちゃう」
「そ、それは今はいらないニャ!」
どうやら妻は“エマ”と“琴音”、そして“生前”の記憶をすっかり物にしたらしい。
『まさか、この場でさえ悪戯をするとは思わなんだ。……ともあれ、これで第一段階はクリアした。問題はこの次だが――』
周囲に目を走らせようとすると、小さな拍手が耳に届く。壁際に置かれた、丸テーブルの隣。スティエラはいつの間にか着席しており、さながら舞台を観に来た観客のようだった。
「良かったね、ヨスガ。……それにしても、本当にこういう奇跡って起きるんだ。次試せるように、覚えておくね」
「次、か。やはり俺達だけでは力不足か?」
「うん。サンプルは多い方がいいって、教科書に書いてあったから」
「……そうか」
もはや怒りすら湧かない。神はそういう存在なのだ。冷静になった頭にスイッチを入れ、彼女を真っ向から見据える。
「ならばスティエラ。俺達と知恵比べをしないか?」
「知恵比べ?」
「俺からも3つ、問いを投げる。全問正解すれば貴様の勝ちという、シンプルなものだ」
「良いけど、私にメリットはあるの?」
食いついた。背後からレイと妻の無言の訴えが刺さるが、構わず切り返す。
「被検体だ」
「!」
「貴様が勝った場合、俺達は、死ぬまで実験とやらに付き合おう。どんな困難な要望だろうと、全て達成してみせる」
「本当に? 痛みも苦しみも恐怖も、最期まで我慢して逃げ出さない?」
「ああ。――さあどうする? 当然、尻尾を巻いて逃げ出しても構わんぞ」
スティエラは僅かに首を傾げ、考える素振りを見せる。「現状半ばコントロール出来ているのに、わざわざ賭けにのる必要はあるのか」と伝えたそうに。
しかし、生物の寿命の短さや脆さを知った彼女が、あえて新しい個体に手を出すだろうか。加えてここは異世界。“知る”を目的としていようと、可能な限りイレギュラーは避けたいはずだ。
すると彼女は、案の定頷く。
「いいよ。その勝負、受けてあげる」
「そうか。では早速始めるぞ、覚悟は良いか?」
「うん」




