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望界 ~望む世界の為に~  作者: 月龍蛇
2/5

プロローグ2 戦いの前に

 7日前


 俺は地上から遥か上空に聳える3本の塔を見上げていた。

 地上からでも頂上が見えない程の高さの塔は、この世界 神現世界 の象徴であり世界の秩序を守護する役目を担っている。


『ふぅー』


 一つ溜め息をついた。

 塔を眺めながら此迄に起きた出来事を思い出す。

 戦争が始まり約17年。

 始まりは些細な兄弟喧嘩。

 ただ、喧嘩をした兄弟の力が単純に世界を巻き込める程に強大だっただけだ。

 互いが理想とする 世界を平和に導く方法 が違っただけ。

 その兄弟も18年前に戦争の火種だけを残して両者とも死んでしまった。

 戦争は、その二人の意思を受け継いだ者たちによって開戦し徐々に拡大していったのである。


『お疲れですか?ご主人様。』


 俺の後ろに立つメイド服の少女が心配そうに話掛けてきた。


『チルかい。いや、疲れてはいないよ。ちょっとした決意の確認をしてたんだ。この戦争を終わらせるには 奴 を殺すしかない。例えこの命を犠牲にしてもね。そうしないと今まで死んでいった仲間たちに顔向けできないから。』

『ご主人様…。』


 少女の頭とお尻から飛び出たケモノ耳と尻尾が力なく垂れる。


『それが、この長い時間を掛けた戦争を終わらせる唯一の方法だからさ…。敵の頭を倒せば全てが終わる。ただ、奴を倒せるのはこっちの軍だと当主である俺だけって話だ。』

『ですが!ご主人様は今では全能力の半分の力しか出せないではないですか。それでは、戦いに勝つなんて…できま…せん。』

『仕方がないさ。この世界の崩壊を遅らせる為に半分の力を使ってるんだ。こんな状態だとしても残っている戦力の中で俺が一番適任なんだ。』

『っ…』


 悔しそうに唇を噛むチル。


『主ぃ。チルロット。ご飯できたよ。早く中に入んなよ。』


 隠れ家の出入り口から顔だけを出した少女が言う。大きな丸いサングラスを掛け、狐の耳をピクつかせながら九本の尻尾がゆらゆらと揺れている。


『ああ、ごめんな。今行くよ。』

『申し訳ございません。九璃亜様。』


 そう言って俺とチルは隠れ家にしている洞窟内へ入っていく。

 洞窟の中はかなり広い空間になっていて様々な家具が置かれている。家具一つ一つが数種類の鉱物で作られ色鮮やかに輝いていた。


『遅いわっ!妾の主よ!我を待たせるとは許せんぞ!あっ!?』


 深紅のドレスを身に纏い、金色に輝く椅子に座った、くるくると巻かれた金髪の髪の毛が特徴的な少女が勢い良く立ち上がると手に持っていたグラスの中身である赤い飲み物が床へと零れ落ちた。

 …と、そこへ俺の後ろにいた筈のチルロットがどこからか取り出し、いつの間にか手にしたグラスで空中に投げ出された飲み物を器用に受け止め、一滴たりとも地面には落とすことはなかった。


『ヴァストリア様、何度言えばご理解頂けるのでしょうか?感情にまかせて行動すると貴女は必ずトラブルを起こすのですから。普段から冷静な態度と判断を心掛け下さいと散々お教えした筈ですが?』

『うぅ…チルロット…』

『ましてや、ご主人様のいる前で私の作った空間を汚すなど…少しお仕置きが必要でしょか?』

『ひっ…お仕置きは…嫌…じゃ…ていうか妾にお仕置きして良いのは世界で妾の主だけぞ!

断じてチルロットお主ではない!』

『…そうですか。ならば実力でお仕置き致しましょう。』

『の、望むところじゃ!』


 二人の身体に巡る マナ が高まっていく。

 まあ、いつもの事なので見守っていると。


『はい。ストップ。』

『あぅ!?』『きゃぅ!?』


 喧嘩?を始めようとした二人の額に鋭い手刀を叩き込んだエルフの少女。


『きゅぅ…痛いです、フィスリー様。』

『うぅ…痛くない…もん。』


 呆れ顔で二人の間に入ったフィスリーと呼ばれたエルフ。額に埋め込まれた 創生石 と呼ばれる宝石の輝きが目を惹くが、その輝きにも負けない程の美しさを持つ美少女だ。


『二人の喧嘩はいつもの事だけど。今はそんなことしてる場合じゃないでしょ?それにチルロット、ご主人様の前だってこと忘れてるでしょ?』

『!。申し訳ありません、ご主人様。』


 フィスリーの言葉を受け俺に視線を向けた途端、涙目になりながら顔を真っ赤にしたチルロットが額を盛大に地面に叩き付けながら土下座した。かなり大きな音が響いたが、おでこ、大丈夫だろうか?


『何ですかぁ今の音はぁ!?何があったんですかぁ?』

『多分…いつものこと…だと思う?』

『また、ヴァストリアが何かした?』


 奥の部屋から更に3人の少女が姿を現した。


『まあ、そだね。いつも通りの喧嘩に土下座。』


 九璃亜がめんどくさそうに後ろ髪を掻きながら言う。


『もう駄目じゃないですかぁ。こんな時なんですから皆で協力しないとぉ。』

『そうですね。今は大事な時期ですから。』


 犬の耳と尻尾を尖らせながら怒る小柄な少女と天使の翼を左の背中から生やした片翼少女が言う。


『はい、仰る通りです。小駒ちゃん。セイリス様。』

『ふ…ふん!妾は悪くない…。』

『ヴァストリア?』

『ひっ!チ…チルロット、ごめんなさい。』


 凄味のある笑顔でフィスリーが名前を呼ぶと怯えたように謝るヴァストリア。


『…一件落着。』


 竜の角と触角を生やし口元を布で隠した少女が満足そうに笑顔で言った。


『ですねぇ、麟姉様ぁ。これからもぉ仲良くして下さいねぇ。チル姉様ぁ、ヴァス姉様ぁ。』

『はい。以後気を付けます。』

『ふん!』


 そっぽを向くヴァストリア。


『そんなことよりお腹空いたんだけど?』


 九璃亞がお腹を擦りながら言う。


『あっ!ごめんなさいぃ。ちゃんとできましたから皆で食べましょぉ。』


 小さな身体で素早く料理を運んでくる小駒。


『あっ。私も手伝います。』

『では、私も。』


 それを見たチルロットも慌てた様子で動き出す。その後をセイリスも追って行き、あっという間に8人掛けのテーブルに並んでいく料理の数々。


『さぁ、ご主人様は此方です。』


 フィスリーに誘導され入り口から一番遠い椅子に座る。俺が座るとフィスリーから順に予め決めてある順番で椅子に座っていく。料理を運び終えた小駒とチルロットも自分の椅子に座りようやく食事の準備が整った。

 これもまたいつもの光景。


『さぁ、いただきましょう。』


 フィスリーの合図で始まった食事の時間。


 いつもの光景の最後の光景。

 この娘たちと食べる最後の食事を噛み締めながらいつもと同じように接してくれる彼女たちに感謝しつつ俺の最期の晩餐が進んでいく。


 先に食事を終えた俺は目の前の少女たちを見る。


 彼女たちは【神獣】と呼ばれる存在で人間ではない。

 この世界【神現世界】には自然界から作り出される【マナ】と呼ばれるエネルギーが存在する。

 神獣は発生したマナが長い年月をかけ、環境や濃度によって変化した結果に誕生した様々な種族が存在する生物だ。

 神獣と人間の明確な違いは体内を巡るエネルギーの違いであり、純度の高いマナを体内で生成し生命活動に利用する神獣に対し、人間は体内でマナを生み出すことができない。

 マナは自然界から発生するため、どんなエネルギーよりも強力な力となる。それによりマナで活動する神獣は強力な能力を持って生まれる個体が多く存在する。

 だが、人間にとってマナは強力過ぎて体内に直接取り込んでしまうと肉体がマナの強さに耐えきれず崩壊してしまう。

 よって人間は自然界で発生するマナの核の周囲を包んでいる【オーラ】と言う核から溢れだしたエネルギーを少量、呼吸などで取り込み体内で薄めて生命活動に利用している。

 この時に体内で作られた濃度の低いエネルギーを【オド】と言い、その力を利用して人間は生きている。

 当然、自然界のエネルギーで活動する神獣に比べ、そのマナから発生したオーラを更に薄めたオドで活動する人間は必然的に能力、生物的に弱い存在となり、人間にとって神獣は恐怖や畏怖の対象となっていた。

 また、神獣も知性の高い個体も存在するが本能的に弱肉強食が主体であり神獣同士でも常に殺し合い奪い合いなどが起き、度々その争いに人間が巻き込まれ犠牲になっていた。


 俺の父親であり元この国の国王。

 伝説に残る二人の英雄の内の一人にして、戦争の切っ掛けを作った男は共に厳しい世界を生き抜いた弟と協力し神獣の驚異に対抗すべき力として【アルカナ】という22種類のカード型のデバイスを作り出した。


 アルカナは内部でマナよりも更に強力な力を持つエネルギー体【エーテル】を極僅かずつだが永遠に生成し蓄積し貯蔵することのできる永久機関。


 エーテルとは世界を創造することすら可能と言われている究極のエネルギー体のことである。

 星の中核。惑星の内部でのみ発生すると言われている。


 カード状の形態から量子化することで人間の肉体及び魂と融合する。肉体に及ぼす作用としてマナよりも強力なエネルギーであるエーテルに耐えられるように肉体を変化させ、それに伴う形で寿命という概念が無くなる。肉体はその人間が活動する上で最も適した年齢で成長が止まり不老となる。

 その人間が思い描く理想の世界を擬似的に構想した【仮想世界】を人間の体内に作り出す。

 仮想世界を得た人間は仮想世界を基盤にした武装を生み出す能力を得られるようになり、その世界を体現した様々な能力を持つ武装【神具】を出現させることが出来る。


 神具を得た人間は【世界と共鳴した者】とされ【共鳴者】と人々から呼ばれるようになり神獣に対抗できる戦力として崇められた。

 いつしか共鳴者たちを中心とした唯一の人間の国が創られ、その国を納めたのがアルカナを作成した俺の父親だった。


 また、一般的には神獣と呼ばれる目の前の少女たちだが、実は微妙に神獣とは別のモノである。この事を知っているのは彼女たちの主である俺と彼女たち本人と極僅かな国の幹部たちだけであった。

 神獣は【生命核】と呼ばれる核が身体の中心、つまり心臓部にあり、そこからマナを生み出している。

 そして、彼女たちは生命核の他に【創生石】という宝石が産まれながらに身体の一部に埋め込まれていた。

 創生石は俺たち人間が使うアルカナが生み出しているエーテルを作り出すことができ、神具の具現化すら可能となるモノだ。

 その力は共鳴者に匹敵し人間は疎か同じ神獣にすら忌みされ敵として扱われた。

 神獣の中でも強力にして特異な能力を持って産まれてしまったが故に待ち受けていたのは拷問のような毎日だったと聞いている。


『皆に、話があるんだ。』


 俺は目の前の少女たちに声をかけた。


『…これからのことで。』

『…っ』


 俺の言葉に全員が真剣な表情を作り視線が俺に集まった。


『ご主人様。その事で一つ私達からの提案があります。』

『提案?』


 フィスリーが軽く手を上げ発言した。


『はい。今後、ご主人様が向かわれる場所、成そうとされていること、私達は全て理解しています。』

『…』

『ですので、私達 七獣姫 全員で話し合った結果…一つの答えが出ました。』


 俺達は、戦争を終わらせるために、この洞穴に潜伏している。

 目の前に聳え立つ塔の最上階、そこに敵対する勢力のトップがいる。

 奴を倒すことこそが戦争を終わらせる唯一にして最後の手段なのだ。

 本来奴の力は俺の力と互角。だが今は世界の崩壊をくい止めるために力の半分を使ってしまっている。

 勝算の低い戦いにこれから赴くことに彼女たちは当然気が付いているんだろう。

 この戦いで俺は…間違いなく死ぬ。

 それを事実として受け入れなければいけないほど塔の上で待つ存在の力は強大なのだ。


『時間も残り少なくなって来ておりますし、私たち一人一人にご主人様との語らいの時間をいただけないでしょうか?』

『皆…』


 全員が俺を見つめていた。

 初めの、出会い方は皆バラバラで纏まりも何もなかった、この娘たちとの思い出が脳裏に思い返される。

 これが、最後の時間となることをわかっているんだ。

 友人、家族、妻…最愛の人たちが次々に命を落として逝く中で最後まで俺を慕いついてきてくれた彼女たちは俺の大切な存在になっていた。


『ああ、わかった。じゃあ俺は何をすればいい?』

『では、此方の部屋へどうぞ。』


 フィスリーが歩きだし、とある部屋の前で止まる。


『此方の部屋で私たち一人ずつと語らっていただきます。』

『ところで何で1人ずつなんだ?いつもなら皆で喋るのに?』


 ふと、疑問に思ったことを口にした。


『あぁ…いつもはそうなんだけどねー。今回は特別で皆、素直になろうって話が出てさ。』


 九璃亞が頬杖をつきながら言う。


『素直に?』

『若干名、ご主人様と二人きりにならないと素直に自分の気持ちを表に出せませんので。』


 フィスリーの言葉に六人の少女の視線が一人に集中した。


『?、皆様何故私を見るのですか?』


 チルロットが首を傾げて頭に?マークを浮かべていた。


『本人…無自覚。』

『あんなに、ご主人様と二人きりになると変わるのに気が付いてないなんて凄いです。』


 小駒と麟が口を揃えて疑問を投げ掛けた。


『?、私はいつでもご主人様のメイドとしての心を忘れていませんが?』


 本当が自覚しないで あれ なんだから皆が驚くのも無理もない。俺自身ですら最初は戸惑ったくらいだし。


『いつも、これですからね。』

『やっぱり凄いですぅー。』

『まあ、チルロットのバカのことは放っておけばいいのよ。』

『どういうことですか?ヴァストリア様?』


 セイリス、小駒、ヴァストリア、チルロットが会話し始めた中。


『まあ、二人きりにしたらご主人様の身が心配という娘もいますが…』


 額に手を当てたフィスリーが言った。

 すると今度はテーブルに頬杖をつきながらアクビをしていた九璃亞に視線が集まる。


『あぁ、大丈夫。今回は状況も時間もヤバイからちゃんと自重するし。』


 アクビをしたせいかサングラス越しに涙目の九璃亞が言う。


『わかっているのなら良いのです。あと、麟は一番最後でお願いします。皆もわかってると思うけど語らいが終わった人は外で待機ね。チルロットは片付けをしておいて。』

『わかりました。フィスリー様。』


 すると 麟が首を傾げる。


『了解。けど何故。私、最後?』


 その言葉に小駒とセイリスが反応する。


『えっ!?麟姉様本気で言ってます?』

『麟もなかなか天然ですね。』


 溜め息混じりにフィスリー。


『貴女、ご主人様と二人きりになったらテンション上がってしまうでしょ?』

『大丈夫。今回は自重。』


 呆れ顔の九璃亞。


『それ、絶対駄目なヤツじゃん。』


 ふぅ、と一息ついて切り替えたフィスリー。


『はい、脱線した話はここまで。それでは、ご主人様。部屋の中へ。最初は私とです。』

『ああ。宜しく。』


 俺は、こんな状況にも関わらずいつも通りに接してくれる彼女たちのやり取りに胸が熱くなりながらフィスリーに案内され部屋の中に入っていくのであった。

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