第五話 思考するミリネッタ、驚く着ぐるみ
(まさかさっきまで話していた人と戦うことになるなんてね)
ミリネッタは、短剣を二本構え、対戦相手のトロスを睨む。
トロスは、頭だけに防具を装備し、動きやすさを重視している。普段のトロスは、全身を防具で固めており防御力を重視しているが、それが今は逆だ。
(普通に考えれば、どこを攻撃しても当たれば相当なダメージになる)
頭だけを守っているため防御結界を張っているとはいえ、だ。
念のため参加者が持つ剣の刃は潰されている。
とはいえ、当たればダメージを入る。
「―――考えても仕方ない。まずは!」
トロスも様子を伺っている。
力で劣るとなれば、先手を打つ。
飛び出したミリネッタは、途中まで真っすぐに進むも、途中で左に曲がる。その速さは、一瞬姿消えたように見えるほどだった。
「む?」
トロスも、いきなり目の前からミリネッタが姿を消したため周囲を見渡す。
「ふっ!」
その隙を狙い、横腹に二撃。
すると、体に張られていた防御結界が粒子となって散る。
「ぬん!!」
「っと、危ない危ない」
まるで長剣を振っているかのようにトロスは、ミリネッタへと大剣を振るう。が、ミリネッタはすでに後退しており、距離が空いていた。
(やっぱり今の攻撃じゃ、かすり傷程度みたいね……)
腕輪を見ても色が変わっていない。
ミリネッタは、自分の非力さを補うために武器を二本にし、スキルの熟練度を上げてきた。
しかし、今はそのスキルも使えず、武器も普段使っているものではなく刃が潰されたよくあるもの。
「さすがに素早い。だが、それだけじゃ私は倒せないよ」
「ええ。そんなことわかってるわ」
トロスも、先ほどの攻撃でより警戒心を高める。
ぐっと足腰に力を入れ、大剣を斜めに構えた。
「さあ、どこからでもかかってこい」
自分から攻撃をするよりも、カウンターを狙った戦法。
斜めに構えたのも、自分の力ならば容易に反撃できるという意思の表れ。
まず先ほどのように横っ腹へと攻撃をしようものなら横薙ぎにすれば確実にやられる。かと言って上から攻めても同じことだ。
「……ふう」
ミリネッタは、大きく深呼吸をし、飛び出す。
「同じ手は」
「しっ!」
「武器を!?」
また持ち前の素早さで姿を消し、切りかかってくる。
そう思っていたトロスへと、ミリネッタは左手に持っていた短剣を投げる。
「ふん!」
相手の考えを逆手に取ったいい戦法だったが、トロスは短剣を容易に弾く。
「懐に飛び込んでくるか! しかし!!」
その間に、距離を詰め懐に飛び込んだミリネッタ。
「ぬっ!?」
攻撃を受ける前に、潰そうと振り上げた大剣を豪快に振り下ろす。
観客達は、その豪快な戦いに湧く。
が、ミリネッタはそれをも回避し、背後へと回り込む。
「せいっ!!」
「ぐっ!?」
そして、がら空きの背中へと渾身の一撃を入れる。
「まだまだ!」
そこでミリネッタは止まらない。
素早さで相手を翻弄させるだけじゃない。なるべく相手の近くで。距離をとることなくミリネッタは攻め続けた。
「これで!」
「な、なにを」
一撃一撃が低くともトロスへ相当なダメージが入った。
その証拠に腕輪の色が青から黄へと変わっている。
ミリネッタは畳みかけるかのように、バランスを崩したトロスの兜に付いた二本の角を掴む。
「ま、まさか」
「せーのっ!!!」
飛び込んだ勢いも載せて、思いっきり投げ飛ばす。
ミリネッタのような細身の女性が、トロスのような巨体を投げ飛ばしたことに観客達は今まで以上に湧く。
そして、壁に叩きつけられたトロスは、それより腕輪の色が赤へと変わる。
(ふう……最後は投げ飛ばしちゃったけど、勝ちは勝ちよね)
・・・・
「凄い凄い! あんなに大きな人を投げ飛ばしちゃった!」
「長引きそうかと思ったが、中々やるな」
ミリネッタさんは、見事は初戦を突破した。
剣撃杯なのに、最後は投げ飛ばして勝ってしまったが、別にルール違反ではない。
定められた武器の使用、スキルの使用禁止。
これを守っていれば、蹴りを使おうが投げ飛ばそうが関係ないのだ。
いかにスキルを使わず、戦うか。
それが重要なんだそうだ。
「うんうん。なかなか魅せるじゃないか」
ロメリアさんもミリネッタさんが勝ってご満悦のようだ。
「このまま優勝するんじゃないか?」
「ふふ、それはどうかなぁ」
「ミリネッタさんだったらやれますよ!」
確かに、俺もそう思いたいけど……もしもってこともある。
その後も、試合は続き次々に勝者が出てくる。
今のところ、一番の強敵となるのはクルスだろう。
「次で初戦は最後だな」
「今のところミリネッタとクルスが優勝候補だとわたしは思うけど。次の人達はどうだろ?」
「次の試合は期待しておいたほうが良いと思うよ」
「なんでですか?」
まさか次の試合にロメリアさんが認める強者が出てくるんだろうか? それは楽しみだけど、ミリネッタさんの壁となるかもしれないな。
まあ、一応修行のために参加しているから、それぐらいが丁度いいんだろうけど。
「お? 相手が出てきたな」
「なんだか普通に見えますね」
先に出てきたのは、これと言って特徴はない普通の青年剣士。
正直に言って彼から強者のオーラは感じない。
となると、彼の対戦相手がロメリアさんが認める……。
「おい、対戦相手出てこないぞ?」
「なにしてるのかしら?」
しかし、いくら待っても対戦相手は出てこない。
観客達も、なにかあったんだとざわめき始めた。
「なんだ?」
「あ、本当にいた! あの!」
スタッフのお姉さんがこちらへと近づいてくる。あ、まさかこの観客席に対戦相手が居るってことなのか?
「湊さん、ですね?」
「え? 俺?」
「さあ、早く。対戦相手が待っていますから。それとも棄権しますか?」
……え? まさか。いやでも、そんな。
「いや! 棄権はしない! さあ、湊! なにをしているんだ。対戦相手が待っているぞ! ほら、行った行った!」
「……」
あ、はい。なんとなく察しました。
なるほど。あの時の笑みは、そういうことだったんですね。
「やってくれましたね、ロメリアさん」
「はて、なんのことやら」
まあ、おそらくこれもミリネッタさんのためなんだろうけど。そういうことだったら、普通に言ってくれれば俺だって協力していたのに……。




