第三話 サケ振るう熊の着ぐるみ、案内役のエルフ
「こいつは、確かグラットベアーだったか」
ゲームでも出てきた魔物だ。【フリーダム・ファンタジー・オンライン】をやり始めた頃は苦労して倒したのをよく覚えている。
初心者が最初に突破すべきボスの一体。それがまさかこんな普通の森の中に居るとは。
ピリスの奴、いったいどういう世界観にしているんだ。
というか、グラットベアーが居るってことは、この世界の魔物……【フリーダム・ファンタジー・オンライン】と同じなのか? いや、むしろこっちから流用した?
「まあ今は考えるのは後だ」
腕を切り飛ばされながらも、なんとか体勢を立て直し、こちらを威嚇してくる。
悪いな。
例えここがリアル世界だったとしても、ゲームの時は苦労した相手だろうと……。
「グアアアッ!!」
「《着人連斬》!!!」
着ぐるみ士である俺の相手じゃない。
襲い掛かるグラットベアーに対し、俺は瞬時に【ダブルサケセイバー】へと切り替え、《着人斬》の上のスキル《着人連斬》にて、切り刻んだ。
「え?」
すると、グラットベアーは光の粒子となり四散し……ゲームのようにドロップアイテムを落とした。
ピリスよ。リアルなのかゲームなのかはっきりさせようぜ。
まあ、これで多少はこう楽になったけど。さすがに細切れの死体がそのまま残っていたら、残酷過ぎる絵面になっていた。
「……さて」
脅威が去ったところで、俺はエルフへと振り返る。
びくっと警戒心を高め、短剣で俺のことを威嚇する。
「あなたなに!?」
そう思うよなぁ……さて、どう説明したらいいか。
とりあえず警戒心を解くために武器は仕舞って、と。
「なっ!? 魚が消えた? まさか収納魔法? 熊が? というか、あの魚はなに!? 斬撃が飛んでたけど、まさか武器なの!? そもそもあなた本当に熊なの!? 熊にしてはその……あの……かわ、ううん! 緊張感が欠けてるんじゃない!?」
もの凄い質問の嵐。
さっきまで命の危険に晒されていたのに加え、その脅威をあっという間に変な喋る熊が倒してしまった。普通は思考が纏まらないし、混乱するよな。
「いや、あの俺は敵じゃないんです。って言っても簡単には信じてはくれないでしょうけど……」
なんとか敵意がないことを示そうとしたところで、俺はとあることに気づく。
「なに、してるの?」
「いや、立ったままだと見下している感じが出て失礼だと思いまして」
そう。相手は座り、俺は立っていた。
絵面的には、熊がエルフを襲おうとしているように見えるだろう。そうじゃなくても、あのまま相手を見下ろしたまま会話するのは失礼だと思ったのだ。
なので、相手と同じ視線にしようと座り込んだ。
これで少しは警戒を解いてくれればいいのだが……。
「……わかった」
どうやら俺の誠意が伝わったようで、エルフさんは構えた武器を下ろした。
「それで、あなたは何者? 熊……の魔物? いや、魔物が喋るなんて聞いたことないし」
「魔物じゃないですよ。一応……人間です」
「あなたみたいな人間が居てたまりますか」
ですよねー。俺だって自分で言っていておかしいとは思ってる。エルフさんの言っていることは常識人として当たり前の言葉である。
「えっと、まず自己紹介でも。俺は湊。ちなみにこの恰好は……防具みたいなものだ」
「防具って……はあ、まあいいわ。私はミリネッタ。見ての通りエルフよ。……その、助けてくれてありがとうね」
「いやいや、気にしないでください。あ、ところどころ怪我してますね。大丈夫ですか?」
「え? ああ、これね。これぐらいなら回復魔法でどうにかなるわ」
そう言って、擦り傷へ向けて手を添える。
すると、眩い光が傷を包み込む。
「《ヒール》」
初級回復魔法の《ヒール》か。確かに擦り傷程度だったらすぐ治せるな。
「はい、これでよし」
「よかった。それで、ミリネッタさんはここでなにを?」
「ギルドの依頼で薬草採取にね。そこでグラットベアーに襲われたってわけよ」
と、鞄に詰めた薬草を見せる。
うん、薬草採取で思わぬ強敵に遭遇か……ゲームだとよくあることだが。
「それで、あなたは……何者なの?」
「人間、は言ったから……た、旅人ですよ。実はずっと冒険に憧れていたので、思い切って故郷から出てきたばかりなんです。人が中々近寄らないような辺境なので見るもの全てが輝いて見えて」
「へえ……あなたも」
さすがに別世界から転生してきました! この装備はゲームっていう娯楽のもので、神様とも知り合いです! なんてことを言っても信じてもらえないだろうな。
今でも、かなり疑われているし。
これ以上変なことを言って彼女を混乱させたら、余計に状況が悪化する。
「も、てことは」
「ええ。私も冒険に憧れて故郷から出てきた口よ」
即興で考えたものだったが、なんという偶然。
とはいえ、エルフって森の中で生活していて、あまり他の種族とは関わらないってイメージがあるし。当然と言えば当然の理由なのかな。
「よいしょっと。それで、湊。あなたこれからどうするの? 私は依頼の報告で街に戻るけど」
「特に目的がないので、俺もミリネッタさんについて行っていいですか?」
一人だと色々と誤解されるだろうし、誰かが居れば誤解をされても一緒に説得してくれるはずだ。利用するようで悪い気分だけど、この恰好から変われないのなら仕方ないこと。
「別に良いけど……」
もの凄く怪しい目で見てる。
少し誤解が解かれたとは言え、こんな怪しい恰好をしている奴と同行はしたくないってことだろうか。
いや、何かもっと他にも理由がありそうな気が。
「正直、あなた街に入れないかもしれないわよ?」
「あ、あははは」
「まあ、助けてくれたお礼ってことで一緒に説得はしてあげるけど」
「た、助かります」
ちゃんと街に入れるだろうか。ピリスももう少し気を利かせてくれればいいのに……。
「ところで、そのグラットベアーの素材、回収しないの?」
「あ、確かに。それじゃあ」
せっかくの素材だ。回収して、換金とかでもしようかな。ドロップしたのは、グラットベアーの爪に毛皮、グラットベアーの魔石か。
ゲームの時だとレア素材で手甲という武闘家の武器があったが、今回はなしか。いや、そもそもこの世界でも同じようにドロップするかどうか。
とりあえず収納魔法でっと。
「便利ね、収納魔法って」
「ミリネッタさんは使えないんですか?」
「ええ。結構高いけど似たような性能で、収納袋と収納鞄があるけど。今の私じゃ買えないわ。あればもっと冒険も楽になるんだけどね」
【フリーダム・ファンタジー・オンライン】では、そんなものを必要なしだった。プレイヤー一人一人に収納機能があり、レベルが上がったり課金することで拡張することができる。
「それじゃあ、出発しましょう」
「はい」
素材の回収を終えるとミリネッタさんは早々に移動を始める。
俺は置いて行かれないようについて行く。
街、ちゃんと入れればいいなぁ……。