第五話 後輩ができた着ぐるみ、笑顔のために依頼を!
「ふふん! もっと人々に笑顔を! そのためにカワエルちゃんは……冒険者となりました!!」
最初こそ波乱が起こりそうな予感がしたが、意外とカワエルは真面目に人々を笑顔にしようと頑張っている。
そして、ついには冒険者登録をしてしまった。
ギルドに天使が訪れたことで騒ぎになったが、すでにカワエルのことは伝わっていたらしくそこまででもなかった。というか、すでに俺で慣れてしまったのだろう。
「そして、最初の依頼は釣りです!!」
「Fランク採取依頼。依頼内容は、エナハを三匹納品、と。緊急依頼で今日の夕方までに納品をお願いしますってことだけど」
「いきなり緊急依頼をするなんてカワエルちゃんぐらいですよね!!」
「湊もいきなり緊急依頼だったわよ」
「へ?」
「しかも魔物討伐。ゴブリン討伐だったけど、そこでホブゴブリンに遭遇し、撃破」
釣り針に餌を取り付けながら説明するミリネッタさんを見た後、俺を見るカワエル。
「さ、さすが湊くんです! まあ、カワエルちゃんだって緊急の魔物討伐があったら、それをやっていましたけど!」
と、震えた声で言いながら、湖に釣り竿を振るう。
「というか! 別に競ってはいませんから! カワエルちゃんはカワエルちゃんらしく、やっていくだけですので!」
「ふふっ」
ミリネッタさんも察したのか、笑みを浮かべる。
どう考えても、俺と自分を比べているようにしか見えない。まあ、まだ数日だが。カワエルの奉仕精神は理解できた。
彼女は、本当に誰かの笑顔を見るのが好きで、色々頑張ってきたようだ。
この数日間。
冒険者登録するまでも、街中で色々と手伝いをしていた。見た目や言動からは考えられないほど多才で、料理、裁縫、接客、子供の相手などなど。
元から才能があったが、更に努力を積み上げ、色々とできるようになったとのこと。
そして、ついに下界に降りて奉仕の時! 意気揚々と舞い降りたが、知っての通りの結果。
出鼻を挫かれ、子供のような印象を俺達に刻み込んでしまった。
今となっては、大分回復し元気に働いている。
「そういえば聞いた? またこの辺りでは見かけない魔物が出たらしいわよ」
「あー、確かレッジさん達が討伐してくれたんですよね?」
つい先日のことだ。
俺達が依頼で外に出ている間に、レッジさんとマルカスさんが二人で受けたらしく、夕方頃に結構ボロボロになって帰ってきた。
討伐対象はウッドワーム。草木を齧り、腐らせる害虫のような魔物で、大きいので三メートルを超える個体も居るそうだ。本来なら、東方に出没する魔物なのだが……。
「ええ。私を襲ったグラットベアーも、もう少し深い森に生息する魔物だし。なにか見えないところで起こっているようね」
「冒険者ギルドも、そう感じて大規模な捜索をするって話ですし」
そういえば、レッジさんから聞いた話だけど。俺と戦う前に、大量の小型の魔物を殲滅したって言っていたっけ。
魔物は基本的に大量発生する時は、上位種が混ざっている。
なのに、その時は小型の魔物しかいなかったらしい。
「なにが起こっているんだ……」
カロティアを離れる前に、その異常事態を解決させなければならないな。
「それにしても、カロティアで釣りの依頼なんて珍しいわね」
「なんでですか?」
「カロティアは運河と繋がっているからな。そこから新鮮な魚達が運ばれてくる。だから、こういう釣りをわざわざすることは滅多にないってこと」
「まあでも、今回のように欲しい魚が売り切れだったり、こういう湖でしか獲れないような魚が欲しいってなったら話は別だけどね」
今回もそのような感じだった。依頼者は、主婦の人で。今度、遠くの街から友人達が遊びに来るそうで、魚料理を振舞おうと考えた。
そこで、カロティア近辺にある湖にしか生息しないエナハという魚を使った料理をメインにしようと、買いに出かけたがどこも売り切れ。
最近は魔物の出現率も多く、あまり湖へ釣りに行けないせいで、在庫もないとのこと。
しかし、友人達が来るのは明日。
どうしてもエナハを使った料理を食べさせたい。
こうして緊急の依頼を冒険者ギルドに申請して、カワエルが受注したということだ。
「……」
「……」
「……」
静かだ。釣りはこういう魚がかかるまでの時間も楽しむ、と言われているけど。
「今日はいい天気だなぁ」
「そうねぇ」
「小鳥さん達も楽しそうに鳴いていますねぇ」
目的の魚は三匹とはいえ、期限は夕方。いつまでもこうまったりはできない。
現在は朝の十時頃。
ちなみに、俺には体内時計がありいつでも正確な時間がわかるようになっている。ゲームだった頃は、いちいちパネルを見ないとわからなかったけど、これはピリスの計らいだろうか。
「……」
「……」
「……」
本当に静かだ。釣れるのかなぁ……エナハ。
一応図鑑で、どんな魚なのか確かめたけど、体に斑点模様があるようだ。大体大きいので三十センチメートル以上はあるようだ。
「ねえ、カワエル」
「なんですかー」
「天界ってどういうところなの?」
「楽しいところですよー。カワエルちゃんと同じ天使達がいーっぱい居て、神様も居てですねぇ」
天界……神様……今頃ピリスは何をしているんだろうか。
俺を転生させたせいで、重い罰を受けていたりしないだろうか。
というか、俺彼女の本物の姿、知らないんだよなぁ。
地球に居た頃だって、現実で会ったことなかったし。
「それで、その時、カワエルちゃんは言ってやったんですよ―――むむっ!?」
釣りを始めて三十分が経とうとしていた時だった。
ついに何かがかかった。
カワエルの釣り竿だ。
まったりとした雰囲気から一変。ぐっと釣り竿を握る手に力を入れ。
「とおおおりゃああああっ!!!」
一気に釣り上げた。
リールがないので、釣り糸を巻き上げながら慎重に釣るということはできないため魚がかかったらこうやって一気に釣り上げるのが一般的なのだ。
「釣れましたぁ!!」
「おお! しかも結構大きいんじゃないか? このエナハ」
見たところ、確実に三十センチメートル以上はある。
「さすがカワエルちゃんです! 釣りもできちゃう完璧天使! よーし! この調子で残り二匹も釣っちゃいますよ!!」
その後、なんとか昼頃には目的の三匹を釣ることができたのだった。




