第一話 爆走する着ぐるみ、森の中を行く着ぐるみ
男女の喧嘩を止めようとして、あっさり死んでしまった俺こと木田湊は、【フリーダム・ファンタジー・オンライン】というゲームでずっと付き合いがあったかかみっち改めピリスという神様の力で異世界に転生した。
俺は運が良いのか悪いのか。
よくわからないが、ピリスの計らいで俺はゲームで使っていたジョブである着ぐるみ士として異世界に君臨している。
ゲームの時と同じように全身を着ぐるみで覆っているが、息苦しさがない。ゲームだったらその辺はないのは当たり前なのだが、今は現実。
俺は現在魂だけの存在だから……だと解釈している。大体こういう異世界転生ものって前世の体がそのままとか赤ちゃんから新たに~が定番なのだが。
あまり時間がなかったのだろうが、もう少し説明をしてほしかった。
「よっと。どうやらゲームの時と同じく脳内でイメージすれば、パネル操作をしなくても取り出せるようにはなっているみたいだな」
とりあえず、移動しながら色々と試している。
さっそく試したのは武器などの取り出し。
どうやらゲームの時と同じく収納空間があるようで、イメージをすれば取り出せるみたいだ。で、取り出した武器は、完全にでかいマグロ。
しかし食料ではない。これは列記とした武器なのだ。着ぐるみ士の武器は特殊タイプに分類されており、見た目からはどんなものなのかわからないものばかり。ちなみに今持っているマグロは【ドッカンマグロ】という名前で、所謂鈍器である。
「ふむ。重さは結構あるな。やっぱ初期装備だからかな……」
その場に立ち止まり、両手でしっかり持ち何度かスイングする。
ブオン! ブオン! と空を切る音が響く。
「攻撃力は良いが、もう少し軽めの武器は……」
【ドッカンマグロ】を収納し、俺は一番最初に作った【サケセイバー】を取り出す。
見た目は完全にサケだが、切れ味はかなりのもの。
所謂短剣のようなものだ。ちなみにこの上に【ダブルサケセイバー】というものがある。単純にサケが二匹になっただけなのだが、切れ味と攻撃力は格段に上がっている。
「うむ。こいつは初期装備でも軽いな」
次はスキルだ。
スキルはジョブスキルと固有スキル、必殺スキルの三種類がある。ジョブスキルはレベルを上げれば覚えることができる基本的なスキル。固有スキルは特定の武器、防具を装備することで使えるスキル。最後に必殺スキルは回数制限があるがまさに必殺級の威力があるスキルだ。
「《着人斬》!!」
スキル発動。
振るった【サケセイバー】から斬撃が飛ぶ。剣士なども覚える斬撃を飛ばすスキルだが、着ぐるみ士の場合は装備している武器によってぶつかった時のエフェクトが変わる使用となっている。
ゲームだった頃は【サケセイバー】の場合、複数のサケが飛び交うのだが……ぶつかるものがないのでただ斬撃が飛んだだけにしか見えないな。
「とりあえず、感覚はゲームと一緒ってことは実感できた」
ピリスのことを信じていなかったわけじゃない。けど、こうやって実感しないとな。
「よし。次は!」
【サケセイバー】を収納し、俺はその場で準備運動を始める。
「体力確認!」
今の体がどれだけ前世のものと違うのかを確かめる。ゲームキャラだった時は、スタミナゲージがなくなると走れなくなる使用だったが……。
「うおおおおお!!!」
俺は走る。
熊の着ぐるみを装備したまま爆走する。どこまでも、どこまでも……スプリンターのように、激しく手足を動かす。
傍から見た完全にシュールだろう。本物の熊ならともかくとして、俺が装備しているのは熊を可愛らしくデザインした着ぐるみ。想像してみてほしい。普段は、子供達に風船とかを配っている着ぐるみがスプリンター顔負けの走りをしている姿を。
正直、ゲームの頃から色々言われたから俺は慣れっこだが、耐性のない人達には恐怖すら覚えるかもしれない。
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
走る、走る、走る。本当に広い草原を俺はひたすら走った。
「……とりあえず一時間ほど全力疾走したが、全然疲れないな。初期装備でこれだともっと上級装備はもっとやばいかもな」
草原を走ること一時間。やっと違う光景を俺は目の当たりにした。
森である。
ここまでくる途中で魔物とか野生動物に遭遇しなかったのは、運が良かったのか悪かったのか。まあ、こういう森の中には色々と生息しているものだ。
それにしても、ゲームのような、と言っていたけどステータスとかは見れないんだな。その辺りは現実に近い感じにしているのか。異世界ものだとぶっちゃけレベルとかステータスとか意味あるのか? って思う時があるし、これはこれでありだと俺は思うが。
「森の中へ入る熊さんってね」
ファンタジー世界、というか動物から見たら着ぐるみはどう見えるんだろう……。仲間、だと思って
好意的に近づいてくるのか。それとも異質なものだと思われ逃げていくのか。
念のため【サケセイバー】を装備しておこう。
結構人が通る森なのか。道が開けている。
「ん? これは」
森に入ってしばらく。木々に刃物で切り裂いたような跡があった。そして、地面には靴の跡と……これは熊の足跡か?
「どうやらあっちの方に行ったみたいだな」
二つの足跡は、鬱蒼とした草木が生えた方へと向かっていったようだ。この乱れ方から察するに人が熊、もしくは熊の魔物に遭遇し、そのままここで戦ったはいいが苦戦を強いられ、逃げたってところか。
……まだ助けられるかもしれない。
そう思った俺は、足跡が向かった方へと駆ける。
異世界に来て初めての人間。いったいこの姿を見てどんな反応をするのか。熊に襲われているから仲間だと思われる可能性が高い。場合によっては襲われることだってあるはずだ。
だったら、見捨てる? いや、そんなことするか。
「あそこか!」
しばらく駆けていると拓けた場所を見つけた。そして二メートルを超えるもさもさした背中が。襲われているであろう人は見えないが、巨体に隠れて見えないだけ。
ちゃんと気配は感じる。
「グアアアッ!!!」
咆哮と共に巨大熊は丸太のように太い腕を振り下ろす。
だが。
「させるか! 《着人斬》!!!」
駆けながら振り下ろした右腕へと斬撃を飛ばす。
「ゴアアアアッ!?」
見事腕を斬り飛ばされた巨大熊は悲痛の叫びをあげ、バランスを崩す。
あ、ちゃんとサケのエフェクトが。
「大丈夫か?」
そのまま俺は襲われていた人物の前へと移動し、片腕がない巨大熊と対峙する。
「―――熊?」
どうやら襲われていたのは、ファンタジー定番のエルフさんだった。
子供から大人へと成長する途中。そう思わせるほど綺麗であり可愛い顔立ち。夜に輝く月のように美しい黄金色の髪の毛に透き通った蒼い瞳。よく鍛え上げられ引き締まっているが、どこか色気のある体。
両手には片刃の短剣を持っており、俺の登場にぽかんっと口を開けていた。