第二話 解放された着ぐるみ、舞い降りた天使ちゃん
「おお! これが君の武器なのか……魚を武器にするとはなんて斬新な」
「うふふ。熊さんと触れ合えるなんて思いませんでした。あ! お次はわんちゃんになって頂けますか? 魔法使いの恰好をした!」
あれから、俺はジルバさんには武器を見せ、ミルフィさんには着ぐるみとの触れ合いを。
最初の緊張感はどこへやら。
俺としては、こういう風な感じの方が気楽なんだが……。
「こ、これでいいですか?」
「まあまあ! 噂通り小さいんですねぇ。きつくないのですか?」
「だ、大丈夫です」
ミルフィさんは、かなり積極的過ぎてたじたじである。
まるで子供達と触れ合っている感覚だ。
いや、子供達と違って、大人で、人妻で、領主の妻で……勝手が違う。子供達だったら、笑顔で対処できるのだが、今回はちょっと無理。
これまで俺と触れ合ってきた人達は、どこか遠慮があった。
それは大人だから、というのもあるだろうし。俺が男で、あくまで防具だからってこともあったのだろう。
「皆ー! ほらほら、見て!」
「え!?」
今は、最初に居た執務室から移動して、邸内にある庭に居るのだが、突然近くに居たメイドさん達に声をかけるミルフィさん。
【ワンダフルマジシャン】の恰好になった俺を前に出し、隣で笑顔を作る。
「可愛いですよねぇ」
「か、可愛い……」
「お、奥様。触り心地はどうなのですか?」
「ふわふわ」
と、顔を両手で包みながら興味津々なメイドさん達に言う。
「さあ! 皆も堪能して良いんですよー!」
「え!? ちょ、奥さん!?」
「本当ですか!?」
「それじゃあ、少し……」
あぁ……俺はいつ解放されるのか。
というか、肉体がなくて本当によかったと思うよ。もし、肉体があったら……やばかったかもしれない。色々と……。
それから二時間は経っただろうか。
ミルフィさんやメイドさん達に揉みくちゃにされた俺は、ようやく解放された。ジルバさんは、ずっと武器に夢中だったから一度も助けてくれなかったよ……。
まあ、また来る約束をしてしまったから、次も揉みくちゃにされるかもしれないな。
戦っていても、さほど疲労感を覚えなかった俺だったが、今日は本当に疲れた。
特に精神的に。
「……お疲れみたいね」
「あ、ミリネッタさん」
領主邸からとぼとぼと歩いていると、ミリネッタさんと遭遇した。俺のことを見つけるなり、近寄ってきて……ぽん、と頭を優しく撫でてくれた。
「次、私もついて行こうか?」
「で、できれば……」
「うん、了解」
姉が居れば、こういう感じなのかな……と、ミリネッタさんの安心感に足取りが軽くなった俺だった。
「ところで、レッジが今度あなたと戦闘訓練をしたいって言っていたんだけど」
「レッジさんが?」
「ええ。ギルドで会ってね。あなたに伝えておいてくれって」
ミリネッタさんも少しずつだが、変わってきているみたいだな。
「わかりました。じゃあ、今度レッジさんと会ったら」
「そうしてあげなさい」
「あ、ミリネッタさん。この後、どうします? まだ夕飯には早いですけど」
「そうね……たまには街をぶらぶら歩くのもいいかもね」
・・・・
その日、カロティアに天空から天使が舞い降りた。
白き翼を羽ばたかせ、静かに。
突然の出来事に、人々は困惑する。
天使とは、天界に住まいし上位生物。その姿を見ることすら難しい存在なのだ。そんな天使が、なんの前触れもなく平和なカロティアの街中に舞い降りた。
「て、天使様だ……」
「え? な、なんで?」
明るいピンク色のツーサイドアップヘアー。頭上には光り輝く輪っかが浮いており、背中には天使の証である白き翼が二つ。
純白の服に身を包み、羽がついた赤い靴でこつこつと音を響かせ歩き出す。
「……」
何をするでもなくただただ静かに街中を歩く天使。
人々は、その神々しくも可愛い姿に釘付けになっていた。
(むふふ)
まさに天使。
これが天界に住まうという上位生物の姿なのか。誰もがそう思っている中、本人はというと。
(いやぁ、やっぱりカワエルちゃんの可愛さに下界の人達はころっといっちゃったみたいですねぇ。まあ、可愛すぎるカワエルちゃんに見惚れるのは仕方のないことなのですが!)
人々から注目され、ご機嫌マックス、テンション上がりまくりのようだ。
彼女の名は、カワエル。
天界に住まう天使の中でも、あらゆる能力値が高く、天才だと言われている。そのうえ、努力もかかさない。
(ふふふ。さーて、最初に話しかけてきた人には可愛いカワエルちゃんの超絶笑顔をプレゼントしましょうかねぇ。かもん! かもんです!!)
カワエルは待っている。己の神々しさと可愛さに臆することなく話しかけてくる勇気ある者のことを。
ただただ……待っている。
「……」
静かに、街中を歩いている。
「…………」
ずっと話しかけてくるのを。
(……あ、あれぇ? おかしいですね。誰も話しかけこない……い、いえ違います! これはカワエルちゃんがあまりにも可愛いから皆尻込みしているだけ! ふふんっ。可愛い過ぎるというのも罪ですね……!)
そうだ、そうに違いないとカワエルは待ち続けた。
そして、ついに。
「あの!」
(きました! ついに勇気ある人が! さあ、カワエルちゃんの超絶可愛い天使スマイルを食らうのです!!)
「はーい! カワエルちゃんに、何か御用時ですかぁ?」
と、天使の笑顔で振り返る。
が……そこには誰も居なかった。
「あ、あれ? あれれ?」
からぶった!? カワエルは笑顔のまま硬直したまま、騒がしい方向へと顔を向ける。
「うわぁ、もふもふですねぇ」
「次は、肉球を触ってもいいですか!?」
「ど、どうぞ」
そこには、女性達に囲まれていた二足歩行の犬が居た。
魔法使い風の恰好をしており、女性達と同じぐらい大きい。
……湊である。傍では、エルフの少女ミリネッタがやれやれと生暖かい目で見守っていた。このカロティアでは、もうすでに見慣れた光景だが、カワエルにとっては奇妙な光景である。
「……」
しばらく湊達を見詰めていたカワエルだったが。
(な、なんなんですかぁ!? あの生物はぁ!? え? ちょ、え? えええええ!?)
自分が予想していた展開と全然違うこと。目の前のよくわからない生物のせいで、調子が狂い始めたのだった。




