第一話 領主に呼ばれる着ぐるみ、奥さんだめです……!
どうも、こんにちは湊です。
今日も今日とて、俺はカロティアで冒険者稼業に勤しんでいます。依頼も順調にこなして、街の人達とはすっかり仲良し。
最初は不安がありましたが、今となっては皆さんも俺のことをカロティアの一員として受け入れてくれています。それだけに、旅立つ時を考えると悲しみが込み上げてきます……。
しかし、せっかく異世界に転生したんだ。
俺は世界中を旅して、色んなものを見て、体験したい。そのためにも、冒険者として実績を積み、ゲームと現実でのズレを知らなくてはならない。
そう考えながら毎日を過ごしていたある日。
俺は、とある人物に呼ばれた。
「あの」
「む? ……なるほど、君がそうか」
現在、俺はカロティアの領主が住む屋敷前に居ます。
そう、ついに呼ばれたのです領主様に。
それは突然のことだった。
いつものように泊っている宿屋で、ネアさんのモーニングコーヒーを嗜みながら徐々に騒がしくなっていく街並みを窓際の席で見ていた。
このカロティアに来てからいつもそうしている。街の人達も俺が窓際の席に座っているのを知っているので、必ず俺に手を振る。
しかし、いつもと違うことが起こった。
イーナさんが手紙を持ってやってきたのだ。
警備隊長であるイーナさんが直接訪れるほどのことだ。その手紙の内容も普通ではないことは明白。
手紙に差出人は領主のジルバさん。
内容はシンプルに、君に会いたい! とのことだ。それはもう一枚の紙にこれでもかと言うほど力強い文字で書かれていた。
わざわざ手紙にする必要があるのかと思ったが、相手は領主。対して俺は冒険者。こうして手紙を渡すことですら凄いことだろう。
俺は、手紙を運んでくれたイーナさんに行くことを伝えた。
その時に、わざわざ手紙を届けてくれたことを労って何か自分にできることはないか? と言うと、キリッとした表情で肉球を触らせてほしいと申し出た。
断ることもないので、思う存分堪能させた。
ちなみに、その時に装備していたのは【熊ファイター】だった。とまあ、そんな経緯があり俺は昼頃に領主邸へとやってきた。
門番をしている兵士さんは、俺のことを知っていたためすぐに門を開けてくれた。こうもあっさり邸内に入れるとは……。
「あっ」
「見て、噂の」
「わぁ、本当に可愛らしい姿してるのね」
邸内に入ると、庭を掃除していたメイドさん達が騒ぎ出す。
そのまま真っすぐ屋敷に向かうと、大きな扉が開き、一人の男性が出てくる。恰好からすると執事さんだろうか?
黒い髪の毛に渕のないめがねをかけ、びしっとした燕尾服に身を包んでいる。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、湊様」
歳は、二十代から三十代ぐらいだろうか。笑顔が似合う大人の男性という雰囲気があり、俺も思わずおぉ……と声を漏らしてしまう。
そのまま屋敷内に導かれ、俺は執事さんの後を追い、とある部屋の前へやってきた。
「冒険者湊様がご到着致しました」
こんこんとドアへノックする執事さん。
「入りなさい」
部屋から聞こえた声に、執事さんはドアを開ける。
「失礼します。冒険者の湊です」
中に入ると、机の前に初老の男性が立っていた。執事さんと比べても見劣りしないしわのない服。
佇むその姿は、今まで感じたことのない雰囲気を感じる。
鼠色の長い髪の毛を一本に纏め、その眼光は俺のことを観察しているかのように鋭い。
「君が、噂の湊くんだね」
「はい。はじめまして、領主ジルバ様。本日はお呼び頂き感謝致します」
うーん、こういう上流階級の人に会ったことないから、これであっているんだろうか? こんなことだったら、挨拶の作法とか勉強していればよかった……。
「……」
「……」
うっ……なんだこの空気。やっぱり駄目だったのか? 俺が挨拶をした後、しばらく静寂が続く。
「……ぷっ」
が、それを破ったのは執事さんだった。急に吹き出し、背後でくくくくと笑っている。え? わ、笑うところだったか?
それを見たジルバさんは、呆れた様子で息を吐く。
「申し訳ありません、湊様」
しかも今度はジルバさんが、俺に謝罪!? 様って……え、まさかこれって。
「すまんすまん。騙すようなことをして」
そう言って執事さん? が俺の肩に手を置く。
あー、やっぱりそういうことかー。
「えっと、つまりあなたが……本物の」
「ああ。俺が本物のジルバだ。いやぁ、俺のことは当然調べているかと思ったが、まさか知らないとはな」
あははは、こっちもこっちで他にやることがありましたからね……それにしても、親しみやすいとは聞いていたが、なるほどこういう人か。
「お客人を騙すようなことは止めておいた方がいいと申し上げたのですが……」
「本当に悪かったって。改めて、俺が領主のジルバだ」
「私は、執事をしております。ヨハンでございます」
ふう……なんだか一気に緊張の糸が緩んでしまった。
「この通り、俺はこういう人間だ。緊張しなくていい」
「あははは、そう言っていただけると助かります」
その後、俺は本物の執事であるヨハンさんの淹れた紅茶を嗜みながら、ジルバさんと対峙する。
しばらくは、俺のことをジルバさんに聞かせていたが。
「さて、今回呼んだのは他でもない。実は、妻が君に会いたいと言っていてな」
「へ? お、奥さんが?」
俺はてっきりジルバさんが会いたいから呼ばれたんだと思っていた。それがまさか奥さんの方が、俺に会いたがっていたとは。
「まあもちろん俺も会って話したかったんだがな。いやぁ、こうして実際に見ると防具とは思えないな」
「よく言われます……」
「表情も変わるって、どうなってるんだ?」
「それは……俺にもわかりません」
「おいおい」
本当にわからないのだ。ゲームだった頃は、ゲームだからで片付けられたが……これは現実。ピリスは再現したって言っていたから、そっちの方も再現されていると納得している。
ちなみに、ゲームの時は表情固定ができた。
「そ、それで奥さんのことですが」
「ああ、そうだったな。そろそろ来ると思うんだが」
すると、慌ただしい足音がこちらに近づいてくる。
そして。
「あなた! 来たのですね! 噂の―――まあ!」
入ってきたのは、なんとも若々しい奥さんか。あかね色の染まる長い髪の毛はウェーブがかかっており、水色のドレスに身を包んでいた。
奥さんは、俺を見るなり目を輝かせ、おもむろに手を両手で握り締めてくる。
「はじめまして! 私、ジルバの妻でミルフィと申します! わあ……! 噂通り触り心地のいい毛並みですね……」
討伐依頼をした帰りだったので、装備は【猫ソルジャーNK2】のまま。
ミルフィさんは、まるで子供かのように興奮した様子で毛の触り心地を堪能している。
あまりの急展開に、俺は硬直して動けないでいた。
「あの……」
「は、はい?」
「肉球で顔を挟んで頂けないでしょうか!?」
「え、あいや、それは……」
期待の眼差しを向けられた俺は、助けを求めるようにジルバさんへ視線を向ける。さすがに、領主の奥さんにそんなことは。
が、ジルバさんは笑顔で首を縦に振る。それは、やっていいという合図なのか?
「……し、失礼します」
「あ~……これもなかなかの感触……!」
そういえば、肉球を触らせたことはあったが、こうして挟んだことはなかったな。
「つ、次は抱き着いてもよろしいでしょうか!?」
「えええ!?」
さ、さすがにそれはだめだろ。領主の奥さんの顔を両手でプレスしているだけでもあれなのに……抱き着くとか。
しかも夫の前だ。姿は可愛らしい着ぐるみだとはいえ、俺も男だ。
そんな背徳的な行為は……!
「とうっ!!」
「あああっ!?」
我慢できなかったのか。俺の返事を聞く前に飛びついてきた。な、なんてアグレッシブな奥さんなんだ……!
「お腹の毛並みもなかなか……これ、このまま抱き枕としてもいけますねぇ……」
子供達はよくそうしていたけれども……! さすがにあなたはだめだ。正直、俺の理性が……精神が……! ああ、いけません奥さん……!
しかしながら、無理矢理引き剝がすことができず、俺はただただ堪えていた。
「よかったなぁ、ミルフィ」
いや、あなたは止めてくださいよ……! 俺だって男なんですよ、ジルバさんっ!




