第十五話 戦いの果てに、着ぐるみは頑張る
「くっ! マジで厄介な魚だな!!」
確かにレッジさんは強い。
魔法の全てを近接戦闘のためだけに注ぎ、剣一本で立ち向かってくる。対して、俺は【冷凍カツオ剣】の氷属性を活用し、有利に戦おうとしている。
(よし、そろそろか)
対人戦において、必要なのは情報と分析。そして、いかに自分に有利な方向へ導くか。
レッジさんに遠距離攻撃はない。
魔法を使うとしても、身体や武器の能力を向上させるだけ。
そこに付け入る隙がある。
そして、俺が取った策は……。
「うっ……!」
最初の時と比べて動きが鈍くなってきた。
俺が剣を弾き、吹き飛ばされんと踏ん張るもバランスを崩す。
「らあっ!!」
「くそっ!!」
そこを狙い【冷凍カツオ剣】を横薙ぎに振るう。が、それをレッジさんは剣を縦に構えて防ぐ。
「……くっ!」
だが、剣は手から離れ遠くへと吹き飛ばされる。
レッジさんは、防いだ衝撃により吹き飛ばされながらもなんとか体勢を立て直す。
「そろそろ限界みたいですね」
「馬鹿、言え……! まだ、まだだ……!」
呼吸は荒く、体はガタガタと震えている。
よく見ると、体がところどころ凍っている。いや、体だけじゃない。剣も目に見えて凍っている。
これが、俺の作戦。
相手の体を凍り付かせることで、動きを鈍らせる。レッジさんの身体強化が予想より凄かったため多少時間はかかったが、作戦成功と言えよう。
「まだ、俺は!!」
レッジさんから沸き上がる魔力の波動により、凍てついていた体から蒸気が上がる。
そのまま地面に突き刺さった剣を手にし、距離を取りながら走り出す。
「考えさせない!!」
俺は、レッジさんに考える暇を与えさせないと近づく。
「そう来る思ってたぜ!!」
が、レッジさんは俺の動きを予想していたらしく、急に方向を変えこちらへ突撃してくる。
「《突我・閃》!!」
今までとは比較にならない速度。
まるでレッジさん自身が光の槍になったかのようだ。俺が大きく踏み込み突撃してきたタイミングで繰り出した大技。
簡単には防げないし、回避もできない。
「もらった!!」
「でも!!」
俺だって、こうなることは予想していた。
今こそ、発動する。【猫ソルジャー・NK2】の固有スキルを!
「《にゃんころりん》!!!」
「なに!?」
突撃した勢いのまま身を丸くし、くるくると回転する。俺は光の槍となったレッジさんの上を通り、そのまま。
「ぐああっ!?」
【冷凍カツオ剣】を振るう。
勢いよく地面に叩きつけられたレッジさんは、そのまま動かなくなってしまう。回転した勢いで、壁にぶつかり空中へ跳ね、着地。
静寂に包まれた戦技場を俺は、ゆっくりと歩く。
「く、そっ」
あれでも意識を完全に奪えていなかったらしく、レッジさんはまだ立ち上がろうと体に力を入れている。しかし、もはや限界のようだ。
そこへ、マルカスさんがやってきて、優しく肩に手を置いた。
「レッジ。悔しいだろうが、お前の……負けだ」
「……」
その言葉を聞き、レッジさんは大人しくなる。
「つーわけで、勝者! 湊くん!!」
「ふう……」
立会人であるマルカスさんの言葉に、俺は深く息を漏らす。
「ほら、立てるか?」
「ちっ! まさか魚で地面に叩きつけられるとはな……」
「本物だったら、魚の方が負けてるだろうな」
肩を貸してもらいなんとか立ち上がったレッジさんは、不機嫌そうに俺を睨む。
「負けは負けだが……腹が立つぜ。こっちは全力だったってのに、お前。まだ余裕あるだろ」
「あ、あははは」
「上には上が居るってことだよ、レッジ。この負けを糧に鍛えなおそうぜ?」
レッジさんの言う通り、俺にはまだ余裕がある。今、装備している着ぐるみと武器は、ゲームで言う中盤で手に入るもの。
俺は着ぐるみ士を極めんとした男。当然、当時実装されていた全てのものを集め、鍛えた。
相手が本気なのに、こっちは本気じゃないのは失礼だと思う。けど、他の装備は比べ物にならないぐらい性能が高く、本当に命が失われるこの世界だと下手をすれば……。
正直、怖かったのだ。
「ともかく、勝負はお前の勝ち。最初に言った通りお前のことを認め……ミリネッタから身を引くと約束する」
「なあ、レッジ。それなんだけど」
「別に、迷惑をかけないんだったら冒険者仲間として話すぐらいはいいわよ」
予想外の言葉に、レッジさんは顔を上げる。
「ただし湊も一緒の時に、だけど」
「だってよ、レッジ。よかったな」
「別に……」
ミリネッタさんも、前に進もうとしているんだな。とりあえず、これで一件落着、か?
・・・・
「いただきまーす!」
レッジさんと戦った後、通常通り冒険者として依頼をこなした。
日も暮れ、宿に戻った俺とミリネッタさんは、夕食を食べている。今日は、なんだかいつも以上に食べ物がおいしく感じる。
「お兄ちゃん! 大丈夫だった? どこも怪我してない?」
「あはは。大丈夫だよ、イルちゃん。見ての通り、俺は全然怪我してないから」
ちなみに着ぐるみはそのまま【猫ソルジャーNK2】のまま。
「イルったらずっと心配してたの?」
「だって、怖いお兄ちゃんだったから……」
「イルは本当に優しい子ね。でも、湊ならそう簡単には怪我なんてしないわ」
「それにしても、あのレッジくんと勝負して勝つなんてな」
グラスを拭きながらマークさんは感心するように声を漏らす。
「お父さん。あのお兄ちゃんそんなに強いの?」
「ああ、もちろんだ。このカロティアでも三番目に強い実力者だからな」
「三番目?」
「ああ。一番はもちろんギルドマスター。で、次に強いのは警備隊長のイーナちゃんだな」
おっと、これは予想外。ギルド内の誰かかと思っていたんだが。
「この辺りは、他と違い比較的安全な地域だから。強い魔物も本当に時々しか現れないんだ」
「私が出会ったグラットベアーもそれね」
「そういえば、カロティアにはBランク以上の冒険者はいませんね」
Bランクは兵士で言う中隊長。Aランクは隊長。Sは大隊長と言ったところか。まあ、Sランクは本当に一握りの実力者がなれるようで、俺の例えはあてにならないかもしれない。
「最近だとレッジくんがカロティア初めてのBランクになるかもと噂されてましたけど」
「そ、そんな大事な時期に俺と試合を……」
「気にすることないわよ。あれはレッジの方から仕掛けてきたんだから。それに、冒険者同士の試合なんてよくあることだから、支障はないと思うわ」
それならよかったけど。
冒険者ギルドは世界中にある。中には、Aランクが多く居るところもあるだろう。例えば、王都とかの大都市なんかに。
いつかは行って見たいな……まあ、とりあえずこのカロティアでしばらく旅の準備をしようと思っているけど。
「ん? なんかこのニンジンでかいな」
「あっ! それ、わたしが切ったの!! 食べて食べて!」
シチューを食べていると、他のとは随分と大きさが違うニンジンを発見した。どうやらイルちゃんが切ってくれたもののようで、早く食べてと急かしてくる。
「えらいなぁ、もうお手伝いをしてるなんて」
「えへへ」
「うん! やっぱり大きいと満足感が違う!! ありがとう、イルちゃん」
「どういたしまして!」
旅に出るとしたら……少なくとも冒険者としてもう少し実績を積んでから、だな。




