第十四話 戦う着ぐるみ、見詰めるミリネッタ
ギルドは二十四時間ずっと運営されている。
いつ如何なる時も、どんなことでも対処できるように冒険者ギルドは休むことはない。冒険者は朝、昼、夜と自由に仕事をできる。
依頼内容によっては時間指定もあるのだ。まあ、冒険者稼業って所謂フリーターみたいなものだよな。
そんなわけで、明朝にギルドへ向かっても人は居る。
とはいえ、時間帯が時間帯だけにそこまで人は多くないようだ。
そんな中で、俺のような目立つ奴が居ると嫌でも目に入る。
「ふわあ……眠い……」
「無理に付き合わなくても良いんですよ?」
「そうもいかないわ。少なからず、私も関わっているんだし。ちゃんと見届けないと」
朝が弱いミリネッタさんは、何度も欠伸をしながら俺と一緒に移動している。
向かうのは、ギルドの地下。
そこにある戦技場と呼ばれる場所だ。そこは、冒険者達がお互いに技術を高め合う場所としてギルド側が作ったらしく、色々と仕掛けもあるようだ。
「そういえばミリネッタさんは、戦技場を使ったことは?」
「あるわ。私もそれなりに戦闘技術はあったけど、それでもまだまだだったし。依頼をこなす合間に、よく鍛えていたわ」
階段を下りながら、ミリネッタさんは懐かしそうに語る。
おそらく最近は、使っていないんだろう。
「……」
「やる気満々ってところかしら」
どんどん戦技場へと近づいていくに連れて闘気のようなものがヒシヒシと感じる。
そして、目的の場所に到着すると、そこには静かに俺達を待っていたレッジさんの姿があった。
「来たか」
「早いですね。こっちも早めに来たと思っていましたが。待ちましたか?」
「そこまで待っていない」
少しの会話の後、ミリネッタさんは俺に触れてから観戦席へと向かった。
ここは鍛える場所だが、冒険者同士で試合をすることもある。そのために設けられている。
「それで、ルールは?」
「どちらかが降参、または気絶したら終わりだ」
シンプルかつわかりやすい。
けど、ゲームと違ってライフゲージというものがない。気絶させようにも、相手が相手なだけに簡単にはいかないだろう。
「わかりました」
「最後に……手加減はしねぇぞ、新人」
先ほどまで内に秘めていたものが解放された。
それは俺だけに向けられる。
これは、グラットベアーに匹敵する圧力だ……いや、それ以上か。
「はいはい。そんじゃ、俺が立会人を務めさせてもらうぜ、お二人さん」
「えっと、あなたは確か」
レッジさん以外にも気配は感じていた。
彼は確か、レッジさんとパーティーをよく組んでいる冒険者だ。
名前は。
「マルカスだ。悪いね、湊くん。うちのレッジが迷惑かけて」
「誰がうちのだ」
長い髪の毛を一本に結び、赤いスカーフを首に巻いている。雰囲気的に、気の良い兄さんって感じだ。
レッジさんよりは年上だろうか?
「試合をするにはやっぱり立会人が居なくちゃな。二人とも、危ないと思ったら止めるからあんまりヒートアップするなよ?」
「わかってる」
「了解です」
それを聞いたマルカスさんは再び俺達を見る。
「それじゃ、試合」
武器を収納空間から取り出し身構える。
「開始!!」
今、俺とレッジさんの勝負が始まった。
開始早々動くかと思っていたが、レッジさんは剣を抜いただけで俺のことを観察するように見詰めて動かない。
「おい」
かと思っていたら話しかけてきた。
「お前、ふざけてるのか?」
「え?」
あ、まさか。
「なんだそれは! 俺をおちょくってるのか!」
「いや、一応これでも真面目なんですが……」
「いやぁ、でもよ湊くん。レッジの気持ちもわからなくはないぜ。真面目な雰囲気で、それは」
どうやらレッジさんは、俺が取り出した武器を見て少し機嫌を損ねてしまったようだ。
今更だが、今の俺が装備している着ぐるみは【猫ソルジャーNK2】だ。言うなれば【猫ソルジャー】の改良版で、よりソルジャーな恰好をしており、赤い鉢巻、ベスト、ブーツ、ドッグタグの代わりに鈴付きの首輪を装備している。固有スキルも違い、性能はもちろん上がっている。
そして、手に持っている武器は……【冷凍カツオ剣】という。
見た目は完全に冷凍されたカツオ。
大きさは長剣とあまり変わらないが、属性が付与されている。言わずもがな氷属性だ。今まで使ってきた武器にはなかった属性が付与されているこいつは、触れた物を凍らせる効果を持っており、切れ味も高い。
「見た目はそれなりにやる気満々だと思っていたら、凍った魚で台無しだ!」
「待ってください! これは、確かに魚ですが、ちゃんとした武器なんです!」
「湊の言ってることは嘘じゃないわよー、近くで見てきた私が保証するわ」
と、観客席から声を張って説明してくれるミリネッタさん。
そういえば、恰好はともかく武器の方はミリネッタさんしか知らないんだよな……知っていたとしても、ごく一部。
この前助けた冒険者二人とか、魔石から記憶を取り出して見たシレーヌさんとか。
「……たくっ。ちゃんと戦えるんだよな?」
「はい! それはもちろん!」
「細切れにされてからじゃ遅ぇぞ!!」
気持ちを切り替えたレッジさんは、ついに動き出す。
「しっ!」
目の前に居たと思いきや、一気に視界から消える。
左からの攻撃だ。
俺はすぐに反応し、振り下ろされた剣を弾く。
がきん!!
硬いもの同士がぶつかり合った音が静かな空間に響き渡った。
「かてっ……! マジで武器なのか、その魚。それに」
予想外の展開に、レッジさんは一度距離を取り、自分の武器を見る。
ぶつかった刃が凍っていた。
それを見たレッジさんは、地面に叩きつけ無理矢理氷を砕く。そう簡単には砕けないはずだが……魔力を流し込んだみたいだな。
「属性を付与しているのか」
再び剣を構えながら、睨んでくる。だが、最初とは違い【冷凍カツオ剣】が脅威だと認識したようで、空気が変わった。
「ずるいとは言いませんよね?」
「まさか。誰も属性を付与した武器を使うなとは言ってねぇからな」
俺も負けるわけにはいかない。
さあ、今度は俺から攻める!
・・・・
「おっす、ミリネッタちゃん」
「……」
湊とレッジの勝負が始まった直後、マルカスはミリネッタのところへ移動していた。
隣に座ろうとするマルカスだったが、ミリネッタの睨みに距離を取って座る。
「いやぁ、面白いね彼。まさか武器が魚とか」
けらけらと笑いながら語り始める。
「お? レッジが動いた―――って、マジか。剣が弾かれる魚ってどんな魚だよ」
「さっきも言ったでしょ、武器だって」
素っ気ないが、会話はしてくれとわかってマルカスは、そのまま会話を続けようとする。
「にしても、ミリネッタちゃんさ。男が嫌いだと思ってたのに、彼とは一緒に居るなんて。どういう心境の変化なんだ?」
「……別に。今でも男は嫌い。今こうしてあなたと会話をしているだけでも落ち着かないわ」
じゃあなんで? と更に問いかけるマルカス。
それに対してミリネッタは、じっと湊を見詰めたまま口を開く。
「彼との出会いから奇妙だった。グラットベアーに襲われて、そこを救ってくれた。けど、彼熊の姿をしていたのよ」
「おー、それはそれは」
「男だってわかってからは距離を取ろうとしたわ。でも、助けられた義理もあるし街までは一緒に行動しようって我慢してた」
カツオと剣がぶつかり合っているとは思えない音が響き渡る中、ミリネッタは語り続ける。
湊へ対しての気持ちを。
「街まで、って決めてたんだけど。なんだかかんだで今もこうして一緒に行動してる。自分でも不思議だって思ったわ。……でも、最近になってわかってきた気がするの」
「まさかあんな変な恰好をしているから男として見れていない、とか?」
「それもあるけど、彼と一緒に居ると気持ちが穏やかになってる自分が居るの。もしかして癒し効果でもあるのかしら? 彼」
「いやぁ、どうだろうね。けど、街の連中は大分彼に癒されていると思うぜ?」
湊の姿に癒されているのか、それとももっと別の。彼自身の何かに……。




