第十三話 決闘を申し込まれる着ぐるみ、戦いへ向けて
「わかった! イルちゃんは左の箱に入っている!!」
「わー! 凄い! 本当にわかるんだね!」
「兄ちゃんすげぇ!」
「じゃあ、次はもっと箱を増やそう!」
カロティアでの冒険者稼業も順調。この間も、盗賊の討伐でFからEにランクアップした。ミリネッタさんもランクアップするかと思ったが、まだまだらしい。
今は、依頼をせずに孤児院にてイルちゃんも加え子供達と遊んでいる。
「相変わらず大人気ね」
「ミリネッタさんも一緒に遊びませんか!」
「私は、ここで見ているわ。見ているだけで楽しいもの」
俺が子供達と遊んでいる間、ミリネッタさんは孤児院に設置してあるベンチに腰掛けずっと見守っている。
その表情から、どこか母性を感じられた。
子供達が好きなのだろうか?
「お兄ちゃん! 見て見て! 次はもーっと箱を増やしたよ!」
「ほほう」
「しかも、今度は匂いのついたものを混ぜるから簡単にはいかないぜ!」
「あー! そういうこと言っちゃだめだよ!」
「はははは! これはさっきより難しくなるな。けど、必ずイルちゃんを見つけてみせるぞ!」
「よーし! 負けないぞー!」
俺達がやっているのは、どの箱の中に特定人物が入っているか、というやつだ。
最初は、箱二つから始まり、現在は箱が十個もある。
しかも、今度はイルちゃん本人だけではなく、イルちゃんの匂いがついたものも混ぜるというのだ。
これは、嗅ぎ分けを慎重にしないといけない。
「こらー、あんまり大人げないことはしないようにしなさいよー」
「ミリネッタさん! 遊びは大人も子供関係ありません! 全力で遊んでこそ楽しいってものですよ!」
「そうだそうだー!」
「今度は私達も本気なんだからー!」
「はあ……元気ねぇ、本当に」
思い出す。俺がまだ十歳の時だ。親戚のお兄さんとゲームで対戦して、ようやく勝ったと思ったら実は手加減されていたという。
その事実を知った時は悔しかったなぁ。俺は本気で勝ちに行ったのに、まさか手加減されていたなんて。確かに、人によっては手加減も必要だろう。
しかし、俺はどんなことでも遊びに関しては手加減はしない。俺は、全力で遊びを楽しんでいるということを子供達に伝えるのだ!
「それじゃ、俺はまた」
「邪魔するぞ」
再度遊びを開始しようとした刹那。
邪魔をするようにレッジさんが姿を現した。あれから突っかかってくることはなかったので、若干警戒心が足りていなかった。
なんだか今回は前回と違って静かな闘志……というのか、感情を何かのために内へ納めているかのような雰囲気がある。
「あなた……!」
レッジさんの登場に、ミリネッタさんはベンチから立ち上がる。
「おっと。今日は、あんたにじゃねぇ。……そこの新人冒険者に用がある」
「俺に?」
だが、信じられないとミリネッタさんは睨んでいる。
俺は、子供達を後ろに下がらせ一歩前に出る。
「いったい、どんな用事があるんですか?」
「難しい用じゃねぇ」
一度目を瞑り……開く。
「俺と、戦ってくれ」
「……」
さすがにいきなり襲ってくるようなことはないか。最初に絡まれた後に、どんな人物なのかは調べておいた。
基本ソロで魔物討伐を中心に依頼をこなしており、現在のランクはC。片手長剣に付与による身体能力を強化して戦う近接戦闘スタイル。性格は、良くも悪くも真っすぐ。
「ちょっとあなた。まさかとは思うけど、湊がズルをしてランクアップしたと思っているんじゃないでしょうね?」
「思ってねぇよ。ただ、そいつの実力を測りてぇだけだ」
こういう展開もあるかも、とは思っていたけど、きてしまったか。目立ち過ぎた新人に戦いを挑んでくる先輩冒険者。
レッジさん本人は、実力を測りたいだけと言っているが果たして……。
「湊。断っていいわよ。戦う必要なんてないわ」
「もし」
「え?」
「もし、俺が負けたらお前のことは認め……ミリネッタから身を引く」
そう来たか。
ミリネッタさん自身も、迷惑していると言っていた。最近ミリネッタさんとパーティーを組んでいる俺からしたら、食いつくであろう餌。
「もし、あなたが勝ったら?」
「お前のことは認めねぇし、ミリネッタからも身を引いてもらう」
「はあ……まったく本人を前にしてよくもそんな勝手なことを」
だが、この条件はミリネッタさんにとっても迷惑な男が身を引いてくれるため強くは言えないだろう。
「そうまでして、俺と戦いたいんですか?」
「俺は、他の連中と違って、自分の肌で感じないと認められねぇ質なんだ。さあ、どうする? 期待の新人さんよ」
俺が、勝てばレッジさんは認めミリネッタさんから身を引く。
ゲームで培ってきたもの、そしてこっちに来てからゲームとどう違うのか。確かめながら戦ってきた。
まだ完璧、とまではいかないものの自信はついてきた。
「……」
俺は、ミリネッタさんへと視線を送る。
すると、片目を瞑りながらくいっとレッジへ顎をしゃくる。
「わかりました。その勝負受けましょう」
「ありがとよ。じゃあ、明朝。ギルドの地下戦技場に来い。待ってるぜ」
そう言い残し、レッジさんは去っていく。
完全にレッジさんの姿が見えなくなったところで、俺はふうっと緊張の糸を緩めた。
「お兄ちゃん、喧嘩するの?」
先ほどの様子を心配して、イルちゃんが上目遣いで見詰めてくる。イルちゃんだけじゃない。他の子供達もそうだった。
「大丈夫。喧嘩じゃないから。ただ先輩の冒険者から指導を受けるだけだよ」
「本当?」
「で、でもあのお兄ちゃん。わたし知ってる! めちゃくちゃ強いんだよ!!」
「心配しなくていいわ。こっちのお兄ちゃんも凄く強いから」
不安を取り除くためにミリネッタさんは、女の子の頭を微笑みながら撫でる。
「悪いわね。なんだか巻き込んじゃった感じで」
「いえ、そんな。それにあの人。本当に俺の実力を知りたいみたいでしたから」
「……レッジは確かに強いわ。けど、あなたが勝つって私は信じてる。というか絶対負けないでよ?」
「了解です。うーむ、それにしてもやっぱりミリネッタさんてモテるんですね」
「どうせ皆エルフだからって近寄ってきてるだけよ……」
確かにそういう人達も居るだろうけど、あのレッジさんの様子から察するに、本気でミリネッタさんのことを……。
「さあ! いつまでも真面目な話をしてないで! 子供達と遊んであげなさい! 人気者!!」
「え? ミリネッタさんは?」
「私は、もう少しあなた達のことを見てるわ。その方が楽しいし」
・・・・
「ふっ! はっ!」
レッジは、湊に勝負を挑んだ晩。
ギルドにある地下戦技場で、剣を振るっていた。周囲には誰もおらず、ただただレッジの声と剣を振るう音が響いている。
しばらく剣を振るった後、レッジは設置してある銀色の板に手を置く。
そこへ魔力を流し込むと、地面から鋼鉄で作られた人形が出現する。
「……ふう」
人形を前に、剣を構え、呼吸する。
そして。
「はあっ!!」
身体能力、切れ味を瞬時に強化。
目にもとまらぬ速さで鋼鉄人形を切り裂く。
頭、両腕、両足と見事にバラバラだ。
「おーおー、相変わらず見事な剣捌きだな」
それを見ていたマルカスは、拍手をしながら近づいてくる。
「ほら」
そして、真っ白なタオルをレッジに投げ渡す。
「どうやら勝負受けてもらえたみたいだな」
「何を言っている。どうせ遠くから見ていたんだろ? 白々しい」
投げ渡されたタオルで汗を拭き取りながらレッジは、マルカスを睨む。
「あはは、バレてたか。けど、あんな条件出していいのか?」
「別にいい」
「けど、もし負けたら」
「負ける気はない。仮令あんな変な恰好の相手だろうとな。これでも本気で強い男を目指し、鍛えてきたんだ」
タオルを肩にかけ、レッジは剣を掲げ見詰める。
「一応注意しておくが、殺し合いはするなよ?」
「わかってる」
その言葉にマルカスは、本当かね……と心配そうに見詰める。マルカスも、レッジとは付き合いは長いため、そういう男ではないことは理解している。
周囲からは、実力主義者、惚れるとしつこい男などと色々言われているが、真っすぐな男だと。
だから、殺し合いはしないとマルカスも思っている。
(それでも、今回はちょーっと肩に力入り過ぎてるから、心配なんだよなぁ。やっぱ惚れた女が関わってるからなのかね……)
レッジがミリネッタを好きになったのは、彼女が冒険者になってしばらくのことだ。
始めはエルフということもあり、珍しいと言う風に見ていた。
しかし、見ている内にそれは変わっていった。どこまでも冒険を楽しみ、己を厳しく鍛え、強くなろうという姿勢。
そこに可憐な少女のような笑顔と滲み出る色香に、やられてしまった。
いつもはソロかマルカスと組んでいたレッジだったが、今度ミリネッタを誘ってみようと思うほどに、惚れてしまったのだ。
しかし、それは叶わなかった。
急にミリネッタが、人が変わったかのように人を寄せ付けない空気を出し、可憐な笑顔も見なくなった。その理由は、すぐわかった。
彼女は、特に男へ対して当たりがきつかった。時期的に飲み会をした後。用意に想像できた。いったい何が起こったのか。
その時は、レッジやマルカスも誘われていたのだが、依頼と重なり行くことができなかった。
もし、もしあの時自分が参加していたら……。
レッジは過去には戻れないとわかっていても、考えてしまうのだ。自分やマルカスがその場に居たのなら、ミリネッタは……。




