第九話 街を探索する着ぐるみ、オフな受付嬢との遭遇
結局ミリネッタさんは起きてくれなかった。
それはもうぐっすりと眠っていた。
ネアさんに部屋の鍵を開けてもらい、一緒になって起こしたのだが……本当に起きない。ネアさんから聞いたのだが、ミリネッタさんは悪意を感じれば飛び起きるそうなのだが、俺にはできなかった。
気持ちよさそうに眠っているのもあるが、ミリネッタさんに悪いことなど。
どうしたものかと、悩んでいると救い主が登場。
「えへへ、虎さんとおでかけー!」
マークさんとネアさんの娘であるイルちゃんだ。
ミリネッタさんの代わりに案内役を買って出てくれた。イルちゃんなら、ミリネッタさんも文句は言わないだろうと。
念のため置手紙を残してきたが、いつ起きるか。
「虎さん、今日はどこ行くの?」
母譲りの茶色の髪の毛を一本に結び、くりくりとした青い瞳。
肩には猫の刺繍がついている鞄を下げている。
「うーん、特に決めてないから。まずはイルちゃんが行きたいところを決めてくれるかな?」
「わたしが?」
「うん。せっかく仲良くなったんだ。イルちゃんの好きなところを知りたいんだ。どうかな?」
「うん! いいよ! それじゃあねぇ……あっ、こっち!」
ぐいっと俺を引っ張り元気に足を動かす。
「見て見て、あれ」
「お? あれって例の?」
当然だが、早朝と違い人通りは多くなった。
道行く人達は、俺のことを物珍しそうに見てくる。
「子供が一緒だけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないか? 見たところ仲良さそうだし」
普通に考えれば、こんな珍妙な恰好をした奴が小さな女の子と一緒に歩いていたら、地球だったら通報物だ。
着ぐるみは、子供達の人気者だが、たった一人の女の子と街中を歩くとなれば疑いの目を向けられるだろう。どこかにカメラとかがあれば、何かの撮影だと思われるかもだが。
「それで、イルちゃん。どこに行こうとしているのかな?」
「公園!!」
おー、定番。
異世界の公園か……どんなところなんだろう。俺の公園のイメージは、砂場があって遊具があって、数本の木が生えている。
後は、水道だったりトイレだったり。
「着いたよ!」
「おお、ここが」
イルちゃんに案内されながら移動すること十数分。
辿り着いた公園は……まったく遊具のない場所でした。まあ広いと言えば広いし、遊具の代わりに噴水が中央に設置されている。
なるほど、所謂噴水公園というやつか。
「見て見て虎さん! お水がどばー! って出てるんだよ!!」
「ほんとだねぇ」
どうやらイルちゃんは、噴水を見せたかったらしい。
俺が住んでいた場所にあった公園には噴水がなかったから、新鮮と言えば新鮮だ。なによりも、イルちゃんの笑顔が見れただけで、来てよかったと言えよう。
「あら? 湊様じゃないですか」
「シレーヌさん? どうしてここに」
イルちゃんの笑顔に癒されていると、ギルドで受付をしている女性シレーヌさんと遭遇する。
「今日は、お仕事が休みなので。それに天気も良いですからね。散歩をしていたところなんです」
「あー、確かにいい天気ですもんねぇ」
ギルドで見た制服姿もよかったが、私服姿もいい。シンプルに白いシャツにコルセット付きの赤いロングスカート。小さな手提げバックを持っており、ほんわかな雰囲気がある女性って感じでこっちも和む。
「湊様は……あら? その子は」
「イルちゃんって言って、今、俺がお世話になってる宿の娘さんなんです」
「はじめまして! イルって言うの!」
「はい、初めまして。私は、シレーヌって言います」
「シレーヌお姉ちゃんは、虎さんとお友達なの?」
「お友達じゃなくて、仕事場が同じ、て言えばわかるかな? 冒険者ギルドってところなんだけど」
確かに仕事場は同じと言えば同じだろうか。やっていることは、冒険者と受付だけど。
「知ってる! お父さんも冒険者だったから!」
「お父さんが?」
「マークさんって言うんです」
「あー、マーク様ですか。記録でしか見たことはありませんが、とても優秀な方だったとギルドマスターがおっしゃられていましたね」
ギルドマスターか。まだ会ったことがないが、どんな人なんだろう。
俺が知っているギルドマスターは、結構変人ばかりだったからなぁ。ゲームの話だけど。
「宿屋を経営しているとは聞いていましたが。まさか本人の前に娘さんにお会いするなんて」
「シレーヌさんは、この街の生まれじゃないんですか?」
「はい。実は私、一月前にカロティアに来たばかりなんです」
あ、そうだったんだ。なんだかプロの雰囲気があったから、ここでの仕事が長いのかと勘違いしていた。
「あ、あのところで」
「はい?」
「失礼かと思っているのですが、湊様にひとつお願いがありまして」
気恥ずかしそうにしている。この雰囲気……俺は理解した。
「どうぞ」
と、俺は肉球を上にして右手を差し出す。
「い、良いんですか?」
一瞬驚きの表情を見せたが、すぐ目を輝かせる。
「はい。別に減るものではないので」
「で、では失礼します」
こほんっと咳払いをし、恐る恐る肉球へと手を近づける。
「はあ~……これが肉球の感触……!」
「お姉ちゃん、肉球好きなの?」
「そうなの。でも、どうしてなのか動物さん達は私のことが嫌いみたいで、近づくとすぐ逃げてしまって……」
俺の周りにはいなかったが、本当にそういう人って居るんだな。
動物が好きなのに、動物からは逃げられてしまう。
アニメや漫画では時々ある設定だけど、まさかシレーヌさんが、そうだとは。
「先日、ギルド内で冒険者様方が絶賛して、触っているのを見て羨ましいって思っていたんです」
「その時はお仕事中でしたもんね」
「はい。ですから、こうして触れて満足しています! あ、そういえば他の動物にもなれるとも聞いていますが、本当、なのですか?」
まだ肉球を触りながら、問いかけてくるシレーヌさん。
こ、これは期待の眼差し……! イルちゃんも目を輝かせている……。
(俺もそろそろ別の着ぐるみにしようと思っていたところだ。その期待に応えて、別の動物になろうともさ!)
でも、何が良いだろう。
熊、虎とネコ科の動物ばかりだからな。となると……。
「では、変わります!」
「わくわく!」
「いったいなにに……!」
それは一瞬の変化。
虎の着ぐるみから……犬の着ぐるみへと。
「わんちゃん!」
「その恰好は……」
「魔法使いです」
【猫ソルジャー】から【ワンダフルマジシャン】へ。日本犬の一匹である柴犬が魔法使いの恰好をしている。とんがり帽子からは犬耳が突き出ており、ローブを止めている装飾品は肉球の形をしている。
この着ぐるみを装備していると魔法のスキルが強化されるだけでなく、固有スキルで探知ができる。
「先ほどのものとは雰囲気もがらっと変わりましたね」
「さっきのは所謂接近戦のもので、これは遠距離、魔法戦のものってところですね」
「ふふ、可愛らしい外見からは考えられませんね」
「あははは、よく言われます」