王子と皇子とわたし達
「わざわざすまないね。けど嬉しいよ、キミ達ともこうして交流ができて!」
ジョセフィーヌとベルトラン様が親しくなれば、それはまあ、こうなるのだろうけど。
いつもの四人に加え、今日は王子様も一緒だ。
場所は談話室ではなく外の訓練場。弓の用意をしてある。
ベルトラン様がルシュカ様に弓術を教えて欲しいと言い、ルシュカ様は例によって弟を引っ張り出し、一方でベルトラン様は見学しないかとジョセフィーヌを誘い、更にジョセフィーヌからわたしが誘われた形だ。
……陽キャどころではない。なんだかすごい集団に巻き込まれている気がして、一介の地方貴族の娘に過ぎない身分としてはくらくらする。中身はド平民だし、どちらかというと『陰の者』だし。
そんなことを言ったら、帝国の皇子と婚約している時点でという話ではあるのだが。
「ルシュカ殿下。アナタは本当に弓が上手いから、時間をとってくれて心から感謝しているんだ」
「そうかい? 畏れ多いな」
のほほんとした第一皇子はとても武闘派には見えないのだけど、やはり帝国の出だけあって、武芸には秀でているらしい。中でも弓の腕はピカイチだという噂。
そんな情報はゲームには出てこなかったぞ。推しなのに、悔しい。
じゃあ早速、と背筋を伸ばし立つ。それだけでもカッコいいというのに、ふっと集中した瞬間の横顔の凛々しいことといったら!
放った矢は真っ直ぐに空気を切り裂き、遠く離れた的の中心を違いなく捉える。
「おお……!」
思わず声を漏らしてしまうと隣に座るジョセフィーヌにひっそり小突かれた。ご、ごめん。
「まあ普通にやるとこうだけど、ちょっと面白いこともできるよ。……シルヴィ」
弟も弓を持っている。彼はそれを天高く向け射った。曲射、というやつだろうか?
だが別にどこかを狙ったわけではなさそうだ。放物線を描き、矢は加速しながら落下していく。
「え?」
的の前を落ちようかというその時、ルシュカ様が素早く矢をつがえ一気に弓を引き絞った。
放たれた矢は落ちてきた矢羽を射貫き――的の中心へと縫い付ける。
あの距離を? 落下地点を予測した上で、あんなに小さな面積に命中させた? 一発で?
「昔、だいぶ練習したんだ。これをやるとシルヴィが喜んでくれたからね、僕も嬉しくて」
「あ、兄上、それは別に言わなくとも」
頭の上のリンゴに当てる、なんて逸話は聞いたことがあるけれど。天賦の才としか思えぬとんでもない芸当を前に、わたしとジョセフィーヌは揃って固まっていた。
本人は相変わらず、ほんわかとした春のような微笑を浮かべていたが。
「シルヴィは剣の方が上手いものね」
「集中すれば余計なことも考えなくて済むんだ。驚きも恐怖も、感じるより先に体が動けばいい」
半ば照れ隠しのように眉間に皺を寄せる。
皇帝となってからの姿を思い出せば、一朝一夕に身に付けた腕前ではないのは確からしい。頬の傷痕も勲章なのかしら。
彼はたぶん、優れた軍師でもあるのかもしれない。でも、そんな才能にはこの先も気付かない方がいい。
ベルトラン様は幼い子供のように瞳を輝かせて兄弟の話を聞いていた。
「いやはや、すっごいなあ。ボクはそういうことからは遠ざけられてきたから、実はここで学べるのがとても楽しみだったんだ!」
そう言う割に、試みにと実践した結果はかなり筋が良く、ルシュカ様も少し驚いたようだ。
天は与える人には二物も三物も与えるんだろうな。目の前の三人がその証拠だ。
「うーん、そんなに見られているとやりにくいなあ……」
ふと弓をおろしたベルトラン様。顔がこちらに向けられていることに気付き、慌てふためいたのはジョセフィーヌ。
「もっ申し訳ありません殿下ッ! わたくしったら淑女にあるまじきこと……」
「あっ違うよ、かわいいジョゼ、麗しいフィオレ嬢!」
おいおい、いつからあだ名で呼ぶ仲に?
ちょっぴり友人をとられたような気分になるが、彼女が幸せそうに真っ赤になっているのでまあ許してあげよう。
あと、さらっとわたしのことも褒めたな? まったく抜け目がない。
「うちの諜報部隊……護衛がね。過保護ったらないよ」
肩をすくめる。背後を振り返ってみるも、影も形も見当たらない。
「『ネズミ』か」
低く呟いたのはシルヴィだ。ネズミ?
「侵入される側からしたらそうか、うん、『ネズミ』のことだよ。そちらの国にもいるよね?」
ああ、なんとなくわかったような。
恐らく、この前のルシュカ様による作戦の時もついてきていた人達のことだろう。クレイア王家お抱えの隠密集団といった感じか。
どれだけフレンドリーでも、れっきとした王子様。しかも王族にしては珍しい一人っ子。
なんでも、先々代くらいの王様が女性を政治の道具とすることを好まなかったのだとか。ベルトラン様を見てわかる通り、恋愛結婚の方針は受け継がれている。
彼はゲーム中でも終盤までは戦から遠ざけられていた。魔法が存在する世界だから、怪我や病気を治癒することもできる。クレイア王家の跡継ぎは奇跡的に、一人だけでもどうにかなっている状況だった。
「この場を強襲すれば、一度に二つの国を混乱させることができるのにね」
朗らかに言い放ったルシュカ様の言葉に、ベルトラン王子も「確かに!」だなんて笑っている。
わたしやジョセフィーヌの感覚がおかしいのか? 揃いも揃って肝が据わりすぎである。
もちろん、学園の警備は厳重だった。外から見たら刑務所か何かかというくらい。敷地へ入る時にも全員が身体検査を受ける。
大体、そのくらいの警護は当たり前というか。むしろ兄弟のほうが手薄すぎるのだ。
「キミ達の護衛は?」
「幼い頃についていたくらいだな。エルーシアは血筋に重きをおかないから」
シルヴィまでもが命を軽視するような発言をする。暗に、自分達の身に何かがあっても帝国は揺らがないぞ、と。それはそれで大事な外交手段なのかもしれないけど……。
ルシュカ様はひらひらと掌を見せる。剣を握り続けたことによる、肉刺やタコの痕。
「それに僕達は騎士でもある。むしろ誰かを護る側だからさ」
「二人とも騎士団長なのだっけ? ますます憧れてしまうね!」
エルーシアには騎士団が三つあり、推しであるルシュカ様が第一騎士団長だったことは覚えている。城内で帯剣していたことも原因で『父殺し』の嫌疑をかけられた、という苦いシーンも思い出してしまったが。
シルヴィも、残りの二つの団のうちどちらかの長だ。剣が上手いのも納得がいく。
あと一人の騎士団長ってストーリーに出てきたっけ?
どうにも思い出せないが、あれだけやりこんで印象に残っていないということは、登場していたとしても、かなりの『ちょい役』だったのかな。
「ああ! ほったらかしにしてごめんね、ボクのかわいいジョゼ!」
くるりと振り向いたベルトラン様が、投げキッスを寄越す。さすがはイケメン、わざとらしいお芝居のような所作であっても麗しく、ジョセフィーヌもすっかり沸騰してしまっているのだが……
いや違う違う、唐突に何だというのだ。見ろ、シルヴィも固まってるぞ。
まあ、いつも飄々としている友人が赤面する姿は可愛いと言うほか無いけど。
「ふふ、確かにご令嬢方には退屈だったかな」
「そっそんなことありませんわ! お三方とも、見事な技を見せてくださって感動いたしました。ね、フィオレ?」
「えっあっ、うん! あっ、はい!」
クスクスと笑うルシュカ様の隣から、胡乱な視線が向けられる。ご、ごめんってば……。
ちょっと、ゲームのことを思い出していたのだ。果たしてベルトラン王子は、『フィオレ』に対してもここまで熱烈だったろうか?
……少なくとも。
「さて。かわいいジョゼの心を射止められるように、ボクも頑張らなくっちゃね!」
「も、もう射止められておりますわ……」
こんなやり取りはした覚えがない。
これでまだ二人は恋仲でないというのだから恐れ入る。早くくっつけ!