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『じゃない人』にプロポーズしてしまった

 一人きりで考えていたら、少しずつだが冷静さを取り戻してきた気がする。

 恐らくここは本編開始前、ゲームの過去の世界だろうと仮定する。シルヴィ皇子の見た目も少し若い気がしたし、わたしのこともまるで知らない様子だった。


 少女の強張った顔が窓ガラスに映る。

 ゆるくウェーブのかかっている髪。つまみあげれば、きれいなブラウンカラー。鏡で見たら、瞳はきっとエメラルド色だろう。

 侯爵家の一人娘、フィオレ・リースベル。それが『わたし』だ。

 投影型の主人公とはいえ、フィオレ自身も好きなキャラクターの一人であるのには違いなかった。

 シナリオ内でプレイヤーに提示される選択肢はどれも地に足が着いたもので、貴族とはいえ甘やかされるばかりではなかったことが窺えたから。脳内お花畑ではないところには好感が持てたというか、感情移入がしやすかったのだ。


 ……うん、しかし、自分で言うのもどうかと思うけど。


「かわいいな」


 目を惹くような美人ではないが、各パーツは整っていてどこか愛嬌がある。

 化粧が崩れるのも気にせず、自分の顔をぺたぺた触ってみた。いい美容液を使っているんだろうな。それに、若さ特有のハリがある。


 ぼんやりと窓を眺めていたところで、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「フィオレ!」


 甲高い声が呼んだのは主人公の……わたしの名前。

 はっ、これでは完全にナルシストだ。

 両頬に当てていた手を急いで引っ込めると、足早に寄ってきたのは一人の少女。当然、知っている。


「や……やっと、追い付きましたわ……まったくどこに行くんですの?!」


 ゴージャスな金髪は見事な縦ロール。わたしの髪も手入れしてもらっているのだろうが、彼女にはとても敵わない。頭のてっぺんから爪先まで貴族な彼女には、ピンクのドレスやリボンがよく似合う。

 ジョセフィーヌ・バレリー。

 主人公フィオレの親友にして、本編での役回りはいわゆる『悪役令嬢』というやつ。さっき声をかけてきたのは、この少女だったのだ。


「まあ。あなた、薔薇はどうしましたの?」

「え?」


 よく見れば、彼女も胸元に深紅の薔薇を一輪さしている。


「まさか、もうどなたかにお渡しを? あなたにそのような情熱がありまして?」

「え? え? ……あー、いえ、どこかで落としてしまったみたいで……」

「そんなことあり得ますの?!」


 悲鳴のような声に思わず首を竦める。こんなイベントはなかったのだから、正解の選択肢なんて知らないのだ。

 ジョセフィーヌは大きなため息を吐いた。それが自分のせいだということぐらいは察せられる。


「ほんっと、友人として忠告いたしますけど……そういうところ、改めた方がよろしくてよ?」


 何かはわからないが、薔薇を渡してしまったのはあまり良い選択ではなかったようだ。

 それを理解できる事件はすぐに起きる。





「ボクと結婚してくれないか!」


 どよめく周囲の貴族達、悲鳴を上げる令嬢。

 ……そうだ、そうだった。

 大失態に今すぐ消えてしまいたい。夢なら醒めろと、ここに至るまでに百回は念じている。


 わたしに一本の薔薇を差し出しているのは、この国クレイアの王子、ベルトラン・クレイアだ。

 燃えるような赤い髪にアメジストの瞳。フィオレやジョセフィーヌとは同年代、十代後半といったところだろう。


 今日この場で行われている集まりは、単なる道楽のパーティーなどではない。クレイアと隣国――先ほど出会ったシルヴィ皇子らが住む帝国――エルーシアの貴族が会する、言うなれば『婚活パーティー』だったのだ。


 そういえばそんな回想シーンがあった気がする、と思った時には遅かった。

 そして各人が持っている薔薇は……異性へ手渡すことで、プロポーズの意味を持つ。


「幼い頃、キミの領地へ静養のため立ち寄ったことがあったろう?」

「はあ……」


 覚えているような、いないような。

 やや慣れてきてわかったことだが、この身には主人公の『フィオレ』としての知識もあるらしい。社交界の常識など一介の元会社員にあるはずもなく、純粋にありがたい神様の計らいだ。

 だが彼女自身がどうでもいい思い出としているのか、王子の言葉に呼び覚まされる記憶は特になかった。


「あの時に確信したんだ――キミこそ、ボクの運命の女性だって!」


 恋に恋する王子ベルトラン。彼が本作の正規にして唯一の攻略対象である。

 荒事から遠ざけられ、たっぷりの愛情を受けて育った王子様。最初こそ少しヘタレなところはあれど、主人公と共に過ごすにつれて立派な男前へと成長していく。

 真実の愛を探し求める姿は確かに憎めないし、いかにも王子といった振る舞いは素敵ではある。その、ちょっと夢見がちなだけで。


 わたしの記憶が正しければ、ここでプレイヤーにはどうしようもないフラグが立つはずだった。

 注目された大舞台。フィオレはベルトラン王子の求婚を――無謀にも断る。


 あのゲームは鬱ゲーだが、最初から最後まで愛されはするのだ。

 パーティーでフラれた王子は、本編でもずっとフィオレのことを追いかけてくれるから。その果てに結ばれ、しかし国は滅び、二人は愛だけを携え旅に出る……公式が言うところの『最も幸せなトゥルーエンド』である。


 そして、フィオレの近くにいながら王子に片想いをし続けるのが


「ベルトラン様ッ」


 隣の彼女、ジョセフィーヌだった。熱い視線は完全に恋する乙女のそれだ。


 わたしが健気な王子には目もくれず、報われないルシュカ様への愛に奔走していたわけだから、当然ながら彼女としては面白くない。

 なんとびっくり、王子より前にジョセフィーヌの好感度上げに失敗すると、嫉妬に狂った彼女に殺されるルートも存在する。


 参った……詰んでいる。


 本来なら本編開始前のこのパーティーイベントは回想シーンのみで、操作できるものではない。だからプレイヤーにとっては理不尽にも、最初からジョセフィーヌの恨みを買っているわけだが、幸か不幸か、わたしは今この場にいる。選択ができる。


 どうする。考えろ、考えろ。

 うっとりとした表情の王子。息を詰めて返答を待つ観衆。

 断れば、シナリオ通りだ。だが推しを失う。

 じゃあ、と受け入れれば友人を失うのだろうし、バッドエンドが早まるだけかもしれない。


「あれ、そういえばキミの薔薇は……?」


 バタフライ効果というのだったか。少しでも可能性があるのなら、正史でない分岐に乗った方がいいのだろうか?


「ベ、ベルトラン様……」


 ひりつく喉から声を絞り出す。

 受け取ろうと震える手を伸ばしかけたわたしは、その時まですっかり忘れていたのだ。既に、未知の分岐を発生させていたことを。


「彼女の薔薇なら私が持っている。クレイアの王子」


 水を打ったように会場が静まる。

 落ち着き払った声と共に姿を見せたのは、シルヴィ・エルーシアその人だった。

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