01 落ちこぼれた者
最初は学園主軸で進みます。
長い目で見てくれたらうれしいです。
つい五〇年前まで、この世界は龍族と呼ばれる種族と人間が、生存をかけて争っていた。
しかし、龍族は個体数が少なく、人間は龍族に比べて弱い。決着がつかぬ争いに疲れた龍王と王は、お互いに歩み寄ることを決めた。
共存し、共生し、文明を育む。
もちろん、そんなすぐには溝は埋まらない。だからこそ、龍族と人間の共同の学校を作ること。
余計なことをしやがってと、ロニー・シューベリーは毎日心内で悪態を吐いている。
「オレと、パートナーになってくれ!」
教室内に彼の声が響き渡る。
少女の眉が釣り上がった。軽蔑するような視線を向けられる。
「あのね、なんで私があんたとペアを組まないといけないの?」
「目についたからだ!」
「……あんたバカなの?」
「俺がバカなのは自覚している! しかし、もう後先考えてる余裕がないんだ!」
言い切るロニーに対して、少女は呆れたようにため息をついた。
「何を言われたって駄目。私にはもうパートナーがいるから」
「そこを何とか……!」
「しつこい! それに――」
彼女は何かを言いかけて、口ごもった。そのまま腹立たしそうに頭を掻く。
足元に縋り付くロニーを見下げ、「とにかく!」と大声を出した。
「だめなの! 私の都合も考えて!」
手を振り払い、そのまま教室を出て行ってしまう。残された彼は、彼女の背中に手を伸ばそうとして空を切った。
「ちょっとだけ! 一日だけでも!」
もちろん、そんな言葉を聞き入れてくれることはなく、少女の姿は見えなくなってしまった。
床に手をついて、項垂れる。悔しそうに拳をたたきつけた。
「七十六連敗……!」
唸るように言った彼の背中は、もの悲しげである。
「おーまたもや玉砕か」
そんな彼に、冷ややかな声が下りた。
声の主を見もせずに、ロニーは歯噛みする。
「……だまれ、スティーグ」
「おうおう、今日のロニーさんも荒れてるねぇ」
「だまれ、スティーグ!」
涙目のロニーは立ち上がり、長身の男の胸ぐらを掴む。
「その告白を失敗したような人みたいな扱いをするな!」
悲痛な叫びに、茶髪碧眼の彼――スティーグ・フォンは肩をすくめる。
「実際、その通りだろ」
「あぁ、そうだよくそが! お前にはオレの悩みがわからないからな!」
「もう俺には素敵なパートナーがいるからな」
「惚気やがってクソガァ!」
この世の終わりだと思うほど、ロニーはうつ伏せになって叫ぶ。
さて、惨めな――否、青春をしているかのような一幕。実際、ロニーにとって大問題なのである。
この学校が共同の学校ということは、先刻言った通り。さらに、龍族の学徒たちは人間とパートナーを組んで、お互いの交友を深めるというのがある。
パートナーを組めた者たちは色々とメリットがある。
例えば、人間は龍族の強力な加護が条件付きではあるがもらえる。
例えば、龍族は人間と同調することでより強力な魔法が使えるようになる。
例えば、両種族とも将来が約束されるようになる。
だからこそ、この学園の生徒たちは、皆パートナーを作ることを第一の目標にしている。
しかし、龍族の絶対数は人間よりも少ない。必然的にあぶれる人間が出てくるわけで。その状態にロニーは陥っているわけで。
学校に入学してから一か月は経った。大体の龍族は、すでにパートナーが出来上がってしまっていた。
「なんでだよぉ……。オレの何が悪いんだよぉ」
床に突っ伏してさめざめと泣く彼を、クラス中の者たちから呆れ顔で見られているのはわかっているのだろうか。
「性格には難があるが、剣術の才能よし魔術の才能よし。まぁ、普通なら引く手あまただよな」
「だよな!」
ガバっと起き上がったロニーの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。その様子をスティーグは苦笑しながら見、ハンカチを渡してきた。
「普通ならな。お前の場合、普通じゃないんだよ」
その言葉を聞いて、再び突っ伏す。
「何が普通じゃないってんだよぉ!」
悲痛の叫びに、スティーグからため息の気配を感じた。そして、彼は決定的な一言を放つ。
「だって、お前の家系。龍滅士じゃん」
龍滅士は五〇年前の大戦までは、引く手数多だった。
龍を殺すために鍛えた一族は、数人ながら戦場に華を咲かせていた。しかし、和解してしまった今はどうなのだろうか。
職を失ってショックを受けた祖父は、今や隠居してキャベツを作って暮らしている。
そんな龍滅士の不遇を変えたくて、ロニーはこの学校で龍族との共存を率先して示そうとした。
その結果、これである。
「いや、まぁ何が悪いって。お前の首席挨拶が悪い。『オレは龍滅士です』と堂々と言うか?」
ロニーの不遇を一緒に嘆いてくれない友人は、辛辣にも的確に突っ込んでくる。
「普通、隠すだろ」
「オレは、自分の出自に誇りを持ってんだよ!」
「誇りを持っても良いが、場所をわきまえろ。その結果、これだろ?」
「だぁまぁれぇ!」
「お、ついに臨界点突破」
険しい形相で立ち上がったと同時に、教室に盛大な挨拶が響き渡った。
見てみると、褐色肌黒色ショートヘアの少女(貧乳)が、快活そうな笑顔とともに教室に入ってくるところだ。
「たっはー! 今日は遅刻しないで済んだゼ!」
笑顔でクラスメイトたちと挨拶を交わし、言い争うという名の戯れをしていた二人のもとに近寄ってくる。
「よっす、スティーグ! また、ロニーのバカに突っかかれてんのか?」
「おう、マイナ。いつも通りだ」
彼女はマイナ・エスト。龍族であり、スティーグのパートナーである。
マイナを見ると、ロニーが目を光らせ――たところで、スティーグに手で押しのけられた。
「わかってると思うが、マイナを誘惑しようとすんなよ?」
先手を取られ、何も言えなくなるのだった。
◇
あれから連敗記録を三ほど重ねて、寮へと戻るところだ。
今日もダメだったと肩を落とし、足取りも重い。
「……あの」
諦めて、祖父のキャベツつくりを手伝うべきか。本気で悩みどころである。
しかし、ロニーは祖父に、再び日の目を見させてやりたい。
「あ、あの」
それには、やはり龍族との連携は必須。
龍族と共存していく以上、個人でやれることは龍滅士にはほぼない。
お決まりの魔物退治でさえ、龍特化の人間より龍族に頼めば早いのだから。
「あの……!」
何より、龍滅士だって龍族と共存できることを証明しなければならない。
共存したところで自分たちの有用性をアピールする要素は、思いついていないのだが。
「て、てい……!」
ポスンと、後方から軽く押されたような感触を受けた。
振り返ると、小柄な少女がいた。
背丈は一四〇少しといったところ。薄い水色のストレートボブの髪に、碧眼の瞳。頭の頂点のアホ毛が、微風で揺れている。
鼻は小さくそれでも整っていて、薄い唇は少し不満げそうだ。真ん丸の目は、うるうるとこちらを見上げている。
はて、この少女はいったい誰ぞな? と考え、答えに行きつかなかった。
視線を合わせて、できる限りのスマイルを作る。
「君、迷い込んじゃったのかな?」
一瞬、少女は何を言われたのか分からないとでもいうように、ぽかんとする。直後、
「ち、ちがいましゅ!」
盛大に噛んだ。
蹲って悶絶している。
しばらく見守っていると、おどおどとした様子で見上げてくる。
「わ、私はシェス……シェスティン・パノムです。ロニーさんと同級生です!」
呆気に取られていると、彼女は続けた。
「お、折り入ってお願いがあります! わ、私とパートナーになってくだひゃい!」
再び盛大に噛んだ。