コンプレックスは誰にでもある
サラが持って来たものを俺の目の前に置いた。
「………」
それを思わずじっと見てしまう。別に懐かしいとか思い入れがあるわけでもないんだがな…。
「なんでこんなものを急に?」
それははたから見たらただの服だ。黒いロングコートに、紺色のインナー、ダークブラウンのボトムスにベルト。
ただこの日本にはあまりないものもある。胸当てとバトルブーツ、そしてアイテムポーチがいくつか。
ここまで言えばもうわかったとは思うが、これは俺が前の世界にいたときに使っていた装備一式だった。
「なにか思い出でもあるのかい?」
クソ天使がそんなことを聞いてくるが、別にそんなものはない。ただ前の世界では色々あったからな。これをずっと使って来たから、見ると昔を思い出してしまう。
そう言えば俺が死んだときにこれはどうしたのだろう?確か着用してた気がするが…。
「あぁ、一緒に燃えてたよ?」
「えっ、でも目の前にあるんだが…?」
「ん?あぁ、別に灰を集めて戻しただけだよ」
戻したって…。すごいな、天使って。
「で、わざわざそんなことしてこれがなんだって言うんだよ?」
「いや、せっかくだからあげようと思って」
いや、別にいらないんだが…。さっきも言ったが別に思い出があるわけじゃないから、せいぜいタンスの肥やしぐらいにしかならないぞ?
「まぁまぁ、いいじゃない。記念だよ、記念。異世界を渡った思い出としてね!」
…絶対なにか企んでいるな。いらんもんはいらん。ここは絶対断っておこう。
「せっかくだしさ…」
「…言っておくが絶対断るからな」
「えっ、ダメかい?」
当たり前だ。
「それ着て写真撮るだけなんだけど…」
「えっ、なにそれ?」
そんなことしてなにに使う気だ?
「いや、ただの営利目的だけど」
「営利って、天使なのに?」
「天使にも色々あるんだよ」
なんかえらく俗っぽいぞ。絶対嘘臭い…。でもクソ天使の後ろでは本当にサラがカメラを持って準備しているな。
だからそのドス黒いオーラやめい。こいつもしかしてあれか。上司をバカにされたり、逆らったりした奴には怒るタイプか。クソ天使を尊敬でもしてんのかね。
仕方ない、落とし所をつけないと面倒なことになりそうだ。ここは写真を撮らせて終わりにしよう。
「わかった。着て写真撮るだけだからな」
「おっ、本当かい。やっぱり君は話せばわかってくれるよね!」
こいつ…調子に乗るなよ…。
とりあえず、言う通りに装備を着て長い髪を昔みたいにポニーテールでまとめておいた。
「しかし、髪は結局長いままなんだね〜?切りに行ったなら、せっかくだしスッキリしてくればよかったのに」
「切った方がよかったか?それなら言えば切ってきたけど」
「別にそういうわけじゃないさ。そう思っただけだよ」
確かに俺の髪は長い。ポニーテールにしても背中まで届いている。別に人の好きにしていいだろ、向こうじゃ頭髪規制とかないし今だって別に問題ないんだから。
とりあえず、変なところがないか姿見をチェックする。特に問題なさそうだな。
「うん、様になってるじゃないか。いいね、早速撮っちゃおうか!」
「本当に俺なんかの写真使えるのか?自分で言うのもなんだが、俺悪人面だぞ」
自分でも本当思うから、周りから見たら相当だろ。そんな人の写真なんか使いたくないと思うのだが。
「大丈夫、大丈夫!じゃあ、サラよろしく」
「はい。撮りますよ。3…2…」
おっと撮るならちゃんとしないとな。とりあえず真顔で背筋伸ばしておくか。
「はい…チーズ!」
パシャっ、とフラッシュが焚かれたのを感じた。だがそれどころじゃなくなってしまった。
それはそうだろ。いきなり足元の感覚がなくなったのだから。
つまり、急に俺はフラッシュと同時に穴に落とされていたんだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回は明日投稿の予定です。よければまた読んでいただけると幸いです。