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スクールトワイライト中

作中セリフについては坂の上の魔女をお読みください。

好き。

嫌い。

好き。

嫌い。

好き。

嫌い。

好きと嫌いの間には何かがある。そのどちらにも属している感情があるはずだ。

姉のことは好きだ。

そう信じている。

信じている愛情は嘘だ。信じていなければ成り立たないなんて、多分嘘だ。

でも、姉は嫌いじゃない。

だから姉のことは好きでもある。そして嫌いでもある。


「ん…」


しわくちゃになった夏用のパジャマを脱いで私服に着替える。随分古くなったデザインのシャツに、ハーフパンツ。開け放している扉から、一階に降りる。


「おはよう」


「おはよ」


姉はテレビを見ていた。今朝のニュースは夏のスポーツ大会の話題だった。高校の名前がずらりと並んで、どこが勝ったのか、どこが負けたのかを伝えている。

そのどれも、知らない名前だった。

もちろん、自分が通う学校の名前は出てこない。


「あとで村役場に行ってくるけど、どうする?」


どうする、と聞かれても。

村役場に用事なんてない。あそこにいるお婆ちゃんは穏やかで好きだけれど、別段それだけで行く気にはならない。


「まぁ、待ってるよ」


「わかった」


しばらくして、姉は出て行った。

蝉の音が遠くで響く。田んぼの緑が太陽の光を反射している。

自分のいる場所だけが影になって、心地よい風が通り抜けて行く。切り取られた場所。

切り取られた自分。

二つの円が重なった場所をハサミで切り取って見た。そこには名前がなかった。

好きと嫌いの重なった場所。

愛憎、ではないと思う。

嫌いと憎いは違うはずだ。

あの時。

姉と左手に自分の右手を重ねても、姉と手と自分の手は同じにはならない。理由を聞いても、誰かが答えてくれるわけではない。

答えは見つけなくてはならない。

そんなことはない。

でも答えがある方が、きっと素直にはなれるだろう。

好きと嫌いの両方がある、この感情に。


「ねぇ、お姉ちゃんって最近ハマってることある?」


「ハマってること?」


帰って来た姉に、なんとなしに尋ねた。青いソーダのアイスが、溶けて指につく。甘い砂糖の匂いが、鼻の上についていた。


「そうね、恋愛小説とか?」


意外だと思った。

受験の参考書と言われなかっただけ、まだマシかもしれないが。


「へー。ね、今度貸してよ」


「いいけど、なんかあった?」


「んーん。別に」


何もない。そう、何もないのだ。

特別なんてない。当たり前のことしか起こらない。姉がふにゃりと笑ってみせた。

姉の笑顔は好きだ。でも姉の笑い声は嫌いだった。

だから、姉が笑うことは、好きでも嫌いでもあった。好きなものと嫌いなものが同時に自分に向けられている。そう、姉はそんなつもりではないだろうけれど。


「はいこれ」


一瞬自室に戻った姉が、何冊かの本を持って戻って来た。

恋愛小説というものは読んだことがなかった。どんなものかも知らない。

ただ、好きという感情がそこには詰まっているのだろうということはわかる。

好き。

よくわからないものだった。


「ありがとう。お姉ちゃんっぽいね」


「まだ読んでもないのに?」


「お姉ちゃんが持ってるものだから、きっとそうだよ」


「そんなもの?」


「そんなものだよ」



ピアノの音が鳴っていた。ピアノの音は好きだった。でもピアノが一人で鳴らす音楽は嫌いだった。

世界が青色になって行く気がするからだった。どこか重く、悲しい気がするからだった。そんなことを言ったら、きっとピアノが好きな人には怒られてしまう。だから誰にも言わない。

音楽室の隣の廊下で、本を読んでいた。

日当たりがちょうどいいので、勝手に椅子を置いていた。風が階段の上に通り抜けて行く感覚が、どうにも気持ちいい。


「『私と、踊ってくれませんか?』」


物語の中の王子様が、ヒロインに伝える言葉。自分が口にすると、なんとなく嘘くさい。

物語は終わりに近づいて行く。

それに連れて世界は終わりに向かう。

少女は導かれる。

華々しいエンディングは、現実には存在しない。人はエンディングと共に終わり、エンドロールを見ることはない。自分の存在が他人にとってどういうものであるかを、知ることはできない。


「『えぇ、特別よ』」


頭上から聞こえた言葉に、顔を上げる。

姉が階段から降りて来ていた。


「こんな所にいたのね」


「探しましたか?」


「いいえ。単に通りがかっただけ」


そこは嘘でも言って欲しかった。

でも、嘘をつかれるときっと自分は嫌になる。姉はいつだって自分の姉なのだ。

ふと、いつかのことを思い出した。

外で男性の頬を叩いていた姉。

泣いていた。

きっと姉は泣いていた。

誰かのものになってしまっても、どこかに行っても、姉は自分にとっては姉なのだ。


「そうですか」


椅子を片付けて、廊下を歩く。

ピアノの音は、いつの間にか止んでいた。

繋がらないこと。

それは悲しいことではない。

元より他人とは繋がれないのだから。

自分にも、他人にも。

いいところはある。

好きになったところ、嫌いになったところ。その全てに名前が付いていたら、きっと愛してはいられなかったのだろう。

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