第5話 狂気の闇騎士
ザルブ「あ、はいはい。ボノンゴ50匹で金貨50枚となりま~す」
騎士の発する凄まじい殺気に、フレイアは思わず息を飲んでいた。ここまで殺気を発してバザールで買い物をする者も珍しい。
全身を漆黒の鎧に包み、顔さえも見えぬ。
フレイア「あのマークは……!」
左肩の甲冑に青白い月のマークを見出した猫娘の脳内に、ひとつのギルド名が浮かんだ。
狂気のギルド『Lunatic』。
現在サンバドル村で最も権力を持つギルドで、メンバーも殆どが謎に包まれている。そんな大御所がバザールにのんびり現れること自体、俄かに信じられない。
ザルブがボノンゴを袋詰めしている間、2人は互いに口を閉ざしたまま店頭のボノンゴ達を眺めていた。
沈黙。
沈黙。
そして。
突如、闇騎士の手が剣の柄を掴み、漆黒の光がフレイアに襲いかかった。
フレイア「うわっち! 危ないニャ!」
闇騎士の攻撃を受ける直前、フレイアはわずかに前傾姿勢を取っていたため、後ろ髪を数本刈られながらも間一髪回避できた。ボノンゴの群れにダイブした猫娘は、左右の腕輪を目の前で交差させ呪文を詠唱した。薄紅色の魔方陣が地面に描かれ、彼女の髪もつられて浮かび上がる。
フレイアは猫族の集落にいた頃、召喚術を会得していた。
フレイア「大砲出てこい大砲出てこい大砲出てこい大砲出てこい」
高火力な大砲を近距離で放てば、闇騎士の鎧がいくら堅牢だろうと破壊は免れない。しかし、彼女の腕前はまだまだ未熟だった。
バズーカの代わりに、ベンチに座り談話に耽るイカ臭いハゲマッチョと武士が召喚されてしまったのだ。
フレイア「うにゃああ! ミスッたああ!」
ハゲスルメマン「呼び出しといてなーにがミスッただね。狩りの準備は済んだのか?」
周囲に首を回し、漆黒の剣を構えた闇騎士を見てハゲスルメマンはハッとした。
闇騎士のマスクから煮えたぎった憎悪の声が漏れる。
闇騎士「やはりハゲスルメマンの眷属であったか……やけにイカ臭いと怪しく思っていたのだ。死ね! 死んで代償を払え!」
フレイア「だ、代償!? 何のことニャ!」
騎士の持つ剣は闇に覆い尽くされ、バチバチと紫色の稲妻が弾けた。刃が弧を描いてフレイアの頭上に迫る。てっきり自分に斬撃が来ると構えていたハゲスルメマンは、意表を突かれた。
ハゲスルメマン「し、しまった!」
ここで義の闘将が動いた。猛然と斬りかかる闇騎士に接近し、居合よろしく横一直線に刀を振り抜いたのだ。最強の斬れ味を持つ義輝の刀は、闇騎士の剣を半ばからへし折り頭を守る兜に直撃した。
兜に亀裂が入り、勢いを削がれた襲撃者は体勢を立て直すべくバックステップで距離を取る。
ザルブ「ボノンゴ50匹ただいまあがりぃ……ってあら? 何だこりゃ、何で俺の商品がこんな滅茶苦茶にされてんだ」
フレイアがダイブしたせいか、柵内のボノンゴ達はひしゃげ潰れて見るに堪えない惨状となっていた。
闇騎士「おう貴様、良いところに来た。私の過去を身体で話してもらおう」
ザルブ「はぁ? 何言ってんだあんたヨォ。よくも俺の商売道具を……」
闇騎士は文句たらたらなザルブにつかつかと近寄り、その髭を無造作に掴んだ。
ザルブ「あいででで! 離せ、離せってんだ! 俺の友達にゃ王族だっているんだぞ、言いつけるぞ!」
闇騎士「王族がどうした。権力も武力も我がギルドには到底及ばぬ。失せろ」
ザルブ「なぬッ……!?」
闇騎士「見るがいいハゲスルメマンの眷属共よ。奴が私に犯した大罪を!」
髭を掴んだ手を、闇騎士は万力を込めて引っ張った。
ブチブチという音、続くザルブの絶叫。哀れな奴隷商人の顎には、もはや血の滲んだ毛根が残るのみだ。
闇騎士「私は奴に、これを髪の毛でやられた。私の美しい黒髪を容赦なく、残らず毟りおったのだハゲスルメマンは!」
フレイア「そんな事してたのかニャ!? じゃ恨まれて当然ニャ」
ハゲスルメマン「待て! 吾輩は彼の頭を撫でただけだ。別に他意はない、ましてや羨ましいなどとは……」
怒気を孕んだ声が必死の弁解をかき消す。
闇騎士「元々、此奴はLunaticの副リーダーで、皆からの信頼も厚かった。それを逆手に取り此奴は私とギルドを裏切ったのだ」
闇騎士「大手ギルドから独立する者は確かにいる。しかし、ギルドに危害を加え逃げ出した者など聞いたこともない」
闇騎士「許さぬ、騎士の誇りを傷つけた貴様を私は絶対に許さぬ」