第3話 スルメ倶楽部
「どけどけどけぇい! 怪我人のお通りだ!」
歩行人を押しのけ、汗だくの屈強な男達が担架を手に大通りを走る。声は酒屋まで届き、5人は見物がてら表へくりだした。
幸い正午少し前とあって野次馬もそれほど多くなく、担架に寝かされている怪我人をはっきり見ることができた。左胸が黒く焼き焦げ、両腕は宙へだらしなく投げ出されている。幼さの残る顔を見るに、まだ15、6くらいの少年戦士だろう。猫娘が頬を指で掻きながら、緊迫した状況に似つかわしくない陽気な声をあげた。
フレイア「あー、ありゃ間違いなく死んでるニャね。男達も無駄骨ご苦労ニャン、にゃはははは」
アーシャ「ちょ……! フレイアさん!」
たまにフレイアは辛辣な言葉を放つ。獣の血が流れているせいか、遠慮と言うものを殆ど知らないのだ。そんなフレイアをハゲスルメマンは好ましく思っている。貴族のように着飾った台詞を吐かず、感じたことを素直に話してくれるからだ。
ただ、他のメンバーや野次馬達には不興を買ったらしい。冷ややかな視線を一身に受け、すごすごとハゲスルメマンの背後に縮こまってしまった。
ハゲスルメマン「安否が気になるだろうが今は依頼だぞ。ディグノーの討伐依頼が入っている。それを終えてからでも構うまい」
口に含んでいた依頼書を広げ、クラリスに渡す。スルメの欠片と唾液で粘つく依頼書を、クラリスは素早くアーシャに押し付けた。
アーシャ「ひ、ひえええ! 何するんですか、このばかぁ!」
クラリス「黙って読め。あたし汚れたくないのよね。あんた汚物専門、ハイ決定」
アーシャ「う、うう~ひどい」
胸についた皺くちゃの羊皮紙を引っぺがし、弓使いは泣く泣く目を通した。依頼書によればディグノーと呼ばれるドラゴンが北の森に出現し、近隣の住民を手当たり次第襲っているのだとという。アーシャが不思議そうに顔を上げた。
アーシャ「皆さん、ディグノーなんてモンスター聞いたことあります?」
クラリス「あるわけないだろ、そんなダッサい名前」
フレイア「クラリスは一言多いニャンね。ま、ボクもないけど」
ハゲスルメマン「もしかしたら新種かもしれんな。ほら、ここ最近変な天気が続いていただろう。雲が渦を巻いたり、晴れているのに雹が降ったり。あれと関連があるとか」
ハゲスルメマン「ともかく、十分討つ価値のある相手だ」
報酬も金貨五枚と、装備を一式新調できる金額。
加えて新種を討伐したとあれば、スルメ倶楽部の知名度も大幅に上がること間違いなし。悪くない条件に戦士達が色めき立つ。無言で日本刀を眺めていた足利義輝さえも、形のいい眉をわずかに上げた。
ハゲスルメマン「装備や道具の準備は怠るな。北の森はボンバーソーセージの巣でも悪名高い。ターゲットを確認する前に爆死しては意味がないぞ」
北の森を通る旅人の死因で主なのが、ボンバーソーセージの誤食だ。『道端に二メートルくらいの巨大なソーセージが落ちていたので齧ったら爆弾だった』というケースが近年増加傾向にある。
滑稽な話だが、発見された遺体は全て頭部が粉砕され血と脳漿にまみれた惨死体であり、旅人の間ではあまり看過できない問題となっている。ここで今まで沈黙を貫いていた浴衣の侍が口を開いた。
足利義輝「ボンバーソーセージとやらがどんなものか拙者は知らぬが、民に被害を与えているならば当然討つべし。ディグノーなど後回しにすべきである」
ハゲスルメマン「義輝くん。義のために動くのも良いが、それで本来の目的が疎かになっては本末転倒なのだよ」
筋肉質なハゲの男は、ジーパンの両ポケットから二本のスルメを取り出し口に咥えた。
場が静まり返る中、クチャクチャとスルメを咀嚼する音だけが響き渡る。
クラリス「あ、あの猫女逃げやがった」
息苦しい空気が苦手なフレイアは、隙を見て一足先に市場へと向かっていたのだ。瞬間、堰を切った様に次々と声があがる。
アーシャ「あのっ私フレイアさんを探して来ます!」
クラリス「あたしもアーシャと猫女探してくる! おっさん二人仲良くしてな!」
脱兎の如くとはまさにこのこと。
取り残された武士と上裸のハゲマッチョは呆然と顔を見合わせ、近くのベンチに腰を下ろすのだった。