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ハルシャ=ナーマ  作者: 菩薩
砂塵の章
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第29話 雨の魔王

水を司る精霊、ウンディーネ。その姿は絹のトーガを身にまとった美しい女性とも、はたまた無数の触手をうねらせる恐ろしい化け物とも言われている。自分を襲った存在が果たしてどちらなのか、レムラスに考える余裕はなかった。

このままでは、なすすべもなく溺れてしまう。必死に体を動かして、足首に絡みつく手を振りほどこうとする。


ウンディーネ「よく暴れるヒトじゃな」


ふと、足にかかる重さが嘘のように軽くなった。

絡みついていた手が離れたのだ。しかしその直後、強い衝撃がレムラスを吹き飛ばし、尖っている岩に彼の身体を叩きつけた。

口の中に勢いよく流れ込んでくる腐った水。吐き出したくても、次にどこから敵が攻撃をしかけてくるか警戒せねばならない。ここは、突き飛ばされた機に乗じて、何としても湖岸まで逃れる必要がある。


レムラス(誰か知らないけど、腕輪の欠片は置いた。さっさと帰ろう。あばよ!)


レムラスは岩を足場にして、一気に岸へ向かって泳ぎ出した。水面に顔を出し、胸いっぱいに空気を吸い込む。左右の腕で交互に水を掻く、父がクロールと名付けていた泳法だ。

足の爪先に激しい水の流れを感じる。化け物が自分の失敗に気付いて、死に物狂いで追ってきているのだろう。


レムラス(そう易々と捕まってたまるかよ。こっちも命がかかってんだ)


湖面がザザッと盛り上がり、槍を片手に構えた群青色の女神が姿を現した。分厚い暗雲が流れるように押し寄せ、滝のように雨を降らせる。

霧は晴れたが、代わりに強風による高潮と雨とでレムラスは見事に翻弄されていた。


レムラス「なるほどね、これが『雨の魔王』と呼ばれる所以かい」


水の精霊は天の恵みとして枯れた地を雨で潤すが、加減というものを知らない。おかげで洪水が発生したり、田畑がダメになってしまったりするのだ。トハラ学院で習った精霊学が、ここで役に立つとは思いもしなかった。


ウンディーネ「待て、我が腕輪を壊した人間め!」


ウンディーネの投げた槍が、レムラスの脇をかすめて水に沈んでゆく。



レムラスが必死に未知の敵から逃れようと奮闘する一方、岸で待機中のタイガーは呑気に釣りをしていた。ここ、精霊の湖にダムドラがいると推測してやってきたのだが、どうにも未だ姿を現す気配が感じられない。

孤独な虎男はハヤブサが運んできた小枝と糸を使って、退屈しのぎに釣竿を作ってみた。


タイガー「ダムドラ。早く来い」


餌の無い糸を水中へ垂らす。ゆるやかに時が流れてゆく。乳のような霧はますます濃くなり、照り付ける太陽の光を反射して、銀色に煌めく。遠くで、轟音と共に巨大な水柱が立ち昇った。

タイガーはゆっくりと腰を上げた。釣竿を捨て、代わりに鞘から長刀を抜き取る。レムラスに異変があったことは確実だが、霧で目視できない以上、水に潜るのは軽率だ。

折しも、タイガーは霧の向こう側に、ヌウッと小山が蠢くのを見出した。


タイガー「獣……?」


4本足で歩く獣の額には、見知らぬ少女が裸のまま吸収されかけている。少女は哭いていた。血涙を石膏の如く乾いた瞳から流し、声にならぬ叫びを辺りに響かせて。

彼女の姿を目にした瞬間、タイガーの脳裏に何百年も昔の光景が広がった。狂戦士族の棲む島。そこへ父とたった2人で訪れた、命知らずの親子。

ミズハ。極東から来た薬師の娘。

そして、自分の……

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