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ハルシャ=ナーマ  作者: 菩薩
砂塵の章
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第21話 南の全裸王国

Lunaticが魔将軍テングリカガンと死闘を繰り広げている頃、サンバドル村の南に位置するハーゲル王国の王都ボルドノープルでも何やら動きがあった。世界各国とハーゲル王国のパイプライン的立ち位置にあった奴隷商人・ザルブの死がレイギャン王の耳に入ったのである。葡萄酒を呷っていた全裸の老王は、うっかり夜光杯を大理石の床に落としそうになった。痩せ細った褐色の身体が震え、つるつるに剃り上げた頭に戴く王冠の光が微かに鈍る。


レイギャン王「それは、本当か? ガルガ?」


ガルガ「ええ、本当ですとも。私がこの目でしかと『覗いて』きましたからね」


ガルガと呼ばれた男もまた全裸で、色白の肌を外気に晒していた。ハーゲル王宮に仕官する者は皆、全裸でなければならない。暗殺を異常に恐れたレイギャン王が、即位1年後に制定した法律である。服やカツラに武器を仕込んで接近し、脇腹を刺されては困る。そんな猜疑心の塊についていく臣下がいるのは、やはり治世が安定しているに尽きるだろう。レイギャン王の時代、ハーゲル王国は史上最大の版図を誇った。

王都ボルドノープルを拠点に北はサンバドル村、西はエグバート王国の故地、東は極東の島国直前と楕円形に大きな広がりを見せている。そのため東西の文化がハーゲル王国独自の文化と混ざりあい、『スカル・プケァー』と呼ばれる細密画が特色の文化が生まれた。ここまでの功績を残しながら、王は自信がなく疑り深い性格であったのだ。


レイギャン王「朕はザルブを信用していたわけではない。じゃが、奴の情報網は凄まじかったからのう。いなくなるとちと心もとないわい」


ガルガ「ご心配なされますな。ザルブ亡き後はこの私めが王の目・耳として諜報活動に励みましょうぞ」


レイギャン王「うむ、ならば結構。下がってよいぞガルガよ」


ガルガと入れ違いに、3人の男が謁見の間に現れた。皆全裸で禿げてはいるが、身長の筋肉の量が明らかに違う。右端から順にゴブリン、凡人、オーガと言ったところだ。ゴブリンが鷲鼻を撫でながら嫌味っぽく言った。


ケトーメロ「父上、王位継承者の件についてはもうご決断なされましたか。勿論長男である、このケトーメロ・ハーゲルに継がせるのでしょうね」


すると左隣に立つ中肉中背のハゲがすかさず喚く。


キラメロ「待ってくれ兄貴、その言い草だとハーゲル王朝の家宝である『アデ・ランス』と『アート・ネイチャー』を揃っていただくつもりの様だな」


ケトーメロ「当り前でしょう。財産なぞ貴殿達には髪の毛1本も残しませんよ」


キラメロ「ぐッ……言わせておけば、いけしゃあしゃあと……」


次男キラメロが歯噛みする気配を察しながら、左端のオーガはぼんやりと物思いに耽っていた。もし、手違いで自分がアデ・ランスとアート・ネイチャーを手に入れたとしたら。民のために活かすことはできるだろうか。少なくともレイギャン王の様に疑念の雲に包まれた日々は過ごしたくない。ならまずクナラズ自身が誠実でなければ。


レイギャン王「……ナラズ! クナラズ! 聞いておるのか!」


父王の叱責で我に返ったクナラズは、しゃんと背筋を伸ばして相槌を打つ。兄達の冷ややかな視線が痛いが、所詮毒蛇と毒蛇の噛み合いだ、せいぜい派手にやると良いさという余裕も心の隅に残っていた。レイギャン王は嘆息すると、銀の盆に積まれている青林檎を手に取りかぶりついた。


レイギャン王「お前はいずれ次期ハーゲル国王の家臣となるのだから、そうぼんやりしてもらってはのう」


ケトーメロ「これでいて、熱くなると見境がなくなりますからな。ま、頭の悪い獅子を調教するのも王の役目……ですかねぇ」


勝手に自分が次期王闘争から外されていたことに、クナラズは怒りを覚えた。ケトーメロの発言も聞き捨てならぬ。思い上がるのも程々にしろと長男の鷲鼻をへし折ってやりたかったが、レイギャン王の前で堂々とすることもできない。第一、沢山の衛兵に囲まれている中で暴動を起こせば、クナラズがいかに武勇に優れていようとも捕縛されるのがオチだ。


レイギャン王「あー、それからクナラズ。お前にはエグバート王国の故地に出張してもらう。なに、事務所ならとっくに手配しておる。明日にでも出発するのだ」


ケトーメロ「モール族が何やら怯えて鉄鉱を掘る作業がままならないとの報告がありましてね。調査に赴いて頂きたいのですよ」


ケトーメロの口元が醜く歪んだ。エグバート王国と言えば西の果て、数百年前に魔族長・テングリカガンの襲撃で滅亡した辺鄙な場所ではないか。ひび割れた大地に太陽の光を遮る厚い黒雲、岩石だらけの場所なので岩を主食とするモール族には大変快適な地域だろう。だがクナラズは人間だ。肉を食べ、水を飲まなければならない。エグバート王国の故地は、人間にはあまりに過酷過ぎる環境であった。ケトーメロが最近三男坊が怠けているから、鍛えたいとでも進言したのだろうか。クナラズは大きな身体を深く前方に折り曲げて、静かに答えた。


クナラズ「承りました。必ずや、任務を遂行して参ります」


キラメロ「おいおいマジかよクナラズ! あんな辺境に赴任する酔狂者なんざお前くらいしかいねぇぞ! 受けて大丈夫か?」


キラメロの口調には、どこかしら愉快そうな響きがあった。クナラズは小さく会釈をすると、身を翻し颯爽と謁見の間を退出した。一刻も早く宮廷を出よう。強制全裸なんて馬鹿げた仕様も、憎たらしい兄弟も全て今日でおさらばだ。そして、きっとボルドノープルに帰還する。その時は独りなんかじゃない、数千もの戦士を引き連れて、王宮に凱旋してやるのだ。赤色のパンツを履きつつ決意を固めたクナラズの部屋に、訪問者があった。扉を開けると全裸の白人男性が不敵な笑みを浮かべて仁王立ちしていた。


クナラズ「ガルガ……どうしたんだ覗かずに正門から来て。お前らしくないな」


ガルガ「先程の諍い、覗かせて頂きましたよ。なるほど王と貴兄達は結託してあなたを政界から排除なさろうとしている」


クナラズ「そうだ。誠に不愉快だがその通りだよガルガ。冷やかしなら出て行ってくれ」


ガルガ「ふむ……」


顎の無精髭を撫でつつ、ガルガはクナラズの様子を眺めた。


ガルガ「挙兵なさるおつもりですか?」


巨漢は皮の袋に生活必需品を放り込みながら、ぶっきらぼうに答える。


クナラズ「挙兵? そんなものしないよ俺は。王の命令に淡々と従うだけだ」


クナラズの言葉を無視して、ガルガは左腕を伸ばした。窓から飛び込んできた黒い影が腕にとまり、誇らしげに鳴く。ガルガの腕にいる動物を見て、クナラズは目を丸くした。


クナラズ「この者は、鷹か?」


ガルガ「ハヤブサです。王宮で動きがありましたら、こいつをクナラズ様の元に飛ばしましょう」


覗きだけが仕事では無いのですよ、と白人の間諜は屈託無く笑った。確かにガルガは、鷹匠としても優れた才能を発揮している。その能力は猜疑心にまみれたレイギャン王でさえ全幅の信頼を寄せるほどだ。道中の魔族が心配だけれども、速度のない伝書鳩よりは相当心強い。クナラズが準備を終えると、玄関に美しい栗色のたてがみを持つ愛馬が引かれて来た。


ガルガ「良い結果をお待ちしておりますぞ。それからハヤブサの件、くれぐれもお忘れなきよう」


ハーゲル王国独自の合掌という挨拶を済ませたガルガを馬上から見下ろして、クナラズは駒を進めた。灼熱の太陽の下、遥か西のエグバート王国へと移動を開始したのだ。彼はいずれ国を動かすことになるのだが、それはまだ後の話である。




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