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ハルシャ=ナーマ  作者: 菩薩
嚆矢の章
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第14話 大樹精霊ユグドラシル

Lunaticの奇襲に遭った上裸ハゲと魔法少女の奇妙なペアは、Harmoniaのリーダーが他の仲間と接触したとも知らず、2人で手を繋いでも抱えきれない程の太い幹を持つ大樹を見上げていた。隆起した根がうねりながら天を目指し、壁の役割を果たしている。中央にどっしり居座る常緑樹は葉を四方満遍なく茂らせ、喩えるならば天然の鍋蓋だ。ハゲスルメマンが大蛇の如き根に腰を下ろし、燦然と輝くハゲ頭を叩いた。出発した時よりも元気がない。


ハゲスルメマン「どうやら吾輩達は森の中枢部へ迷い込んでしまったようだな。人の脳で言うところの脳幹の部分だ」


ハゲスルメマン「クラリスくん、ここにディグノーはいない。別を当たろう」


クラリス「元気が無いのは、友だった禿頭を殺したから?」


唐突な質問に、ハゲスルメマンは僅かに動揺の色を見せたがすぐに首を振った。禿頭毛亡を殺し、やっと昔のギルドと完全に訣別することができた。悶々とした自分の気持ちにけじめをつける点で、友との決闘は彼の中で甘美な思い出として残ったのだ。故に、過去に関する迷いは一片もない。


ハゲスルメマン「そこではないのだよ。吾輩は警戒しているのは……」


クラリス「おっさんおっさん! メッチャデカいリーブが幹に埋まってるよ! あれひょっとしてハイパーリーブじゃない?」


珍しく、クラリスの瞳が輝いている。探していた玩具を発見した子供の様な、無垢な喜び。対照的にハゲスルメマンは浮かぬ顔で肩を落とした。


ハゲスルメマン「遂に気づいてしまったか……ユグドラシルの存在に」


クラリスが操られる様に浮いて、光へふらふらと接近していく。それもそのはず、ハイパーリーブを手に入れるために数百ものギルドが世界各地で躍起になっているのだ。一つでも所持していれば、村の役場からも優れたギルドとして認識される。その時、近寄ったクラリスの顔が曇った。眩いばかりの光輝を放つ物体がハイパーリーブでなく、一匹の妖精であったからだ。抱きしめるとすぐに壊れてしまいそうな、華奢な身体の少女。流れるブロンドの髪は途中から幹と同化し、時折緑色に光りながら脈打っている。固く閉ざされ微動だにしないまぶたが、人形特有の不気味さを醸し出していた。


クラリス「なんだこいつ……」


掌から火の玉を放とうとする無知な魔女に、ハゲスルメマンの叫びが追いすがった。滅多に動揺しない彼が蒼ざめた顔で、声を張り上げ、身振り手振りも加えて必死に制止しようとしているのだ。異常な反応を訝しく思ったクラリスは、掌を少女に向けたまま動きを止めた。


ハゲスルメマン「危害を加えるのは控えてくれたまえ! 彼女はユグドラシル、魔将軍テングリカガンの攻撃で荒廃した北の森を今の姿まで復活させた大妖精なのだ!」


クラリス「はぁ?」


ハゲスルメマン「ユグドラシルが莫大な量の生命エネルギーを注いでいるからこそ、森は緑豊かでいられる。ユグドラシルを傷つけることは森全体に影響を及ぼすことになるのだ! 分かるかクラリスくん!」


クラリス「莫大な生命エネルギー……ふん、やっぱ絶対ハイパーリーブあるじゃん」


ハゲスルメマンの言葉は、かえって魔女の好奇心と欲を掻き立てただけであった。クラリスの左手に炎が渦巻く。


クラリス「焼き尽くしてやる」


火炎弾を放つ刹那、瞬きするほんの少しの間、ユグドラシルの光無き深緑の瞳がクラリスを捉えた。


骨ごと肉を断つ鈍い音。


鋭利な蔓に斬り飛ばされた左腕が、虚しく宙を舞いハゲスルメマンの目前に落ちた。


ハゲスルメマン「クラリス!!!」


クラリス「くそッ……ふざけんな!」


ユグドラシル「……」


続けざまにユグドラシルを守る枝から大量の種弾が放たれ、魔女を撃ち抜く。ユグドラシルは散弾の妖樹・ライフルツリーを近衛兵よろしく周囲に侍らせていたのだ。血の虹を描き落下するクラリスに駆け寄ろうとしたハゲスルメマンを、地の底より湧き上がる凄まじい鳴動が阻んだ。水の蒸発する音が、遠雷の如き地鳴りに紛れて聞こえる。否、それは蒸発の音ではない。強力な酸によって、外界と内側を断絶する役割を果たしていた堅牢な壁が瞬時に溶解しているのだ。崩れゆく強靭な根の壁からけたたましい金切り声を響かせて突入する影を、ハゲスルメマンは視界の隅に認めた。


ハゲスルメマン「ヌヌッ、竜だと!? 何故こんな所に竜が!?」


森に溶け込み易い迷彩柄の鱗、退化した翼、剥き出しの前歯にスパイクの如き鋭利な爪。お世辞でもスタイリッシュと言えないその竜は五本の指を大樹の幹に突き立てひとしきり這い回った後、ユグドラシルを庇うかの様にハゲスルメマンの前に立ちはだかった。暫く醜い顔を呆然と見つめていたハゲは、不意に悟りの微笑みを浮かべた。


ハゲスルメマン「なるほど……これが今回の標的であるディグノー君とやらか。確かに、依頼書にもこんな感じ竜だと書いてあった気がするぞ」


興奮を鎮めるために、ジーパンからスルメを数本取り出し口に含む。半ば中毒と呼んでもおかしくないだろうが、スルメを齧ることでハゲスルメマンはエネルギー弾を練ることが出来るのだ。常日頃彼がスルメを食しているのは単なる嗜好のみならず、いつどこから襲撃を受けても対処できるよう万全の態勢を整えるためでもあった。


ハゲスルメマン「まさか吾輩達の方が先に遭うとはな。義輝くん達に知らせてやらねば。だが、先にやらねばならないことがあるッ!」


ディグノーの咆哮が風となり押し寄せる。けれどもハゲには通用しない。広げた両手に暗褐色の光を宿し、ハゲスルメマンは疾走を開始した。疾風怒濤の勢いで猛進するハゲスルメマン。突き出た根を踏み台に跳躍し、空中で身体を回転させながらスルメエネルギーの連弾を一気に解き放つ。螺旋状に伸びるその弾幕を、ディグノーは全てしなる尾で打ち返す。放つ、弾く、放つ、弾く。終わりの見えない魔弾の応酬に飽きたのか、ハゲスルメマンは地面に降り立ち、片手に魔力を集中させた。暗褐色の燐光が掌中から溢れるほど大きく、強烈になっていく。


ハゲスルメマン「街だって消滅できるぞ。これなら太刀打ちできまいよ!」


ハゲスルメマン「さらばだ、ユグドラシルの番犬!」


ハゲスルメマン全身全霊のエネルギー弾が醜悪極まる迷彩柄の竜を修復不可能な領域までことごとく粉砕する。そうなるはずだった。だが、簡単に運命が決着を許すわけもない。大樹の幹にしがみつき、マッチョでダンディな彼の気迫に震えているディグノー。それを守るのは蔓を何重にも絡ませた盾。ユグドラシルが即席で編んだ蔓の盾であった。


ハゲスルメマン「シッツ!!」


仕留め損ねた悔しさと逃げたディグノーへの嫌悪感から、ハゲスルメマンは”らしくない”台詞を吐いた。


ハゲスルメマン「他者の庇護の下でしか力を発揮できぬ軟弱者めが……!」


正々堂々闘わない卑怯なやり方が、ハゲスルメマンは大嫌いなのである。ハゲの義憤をよそに、ディグノーはゆっくりと口を開く。血走った若草色の眼球が、左右それぞれ好き放題に踊り狂う。


ディグノー「オエップ」


大樹精霊が編んだ盾の内側で、幹に張り付き何度もえづく迷彩柄の竜。流石は新種、開幕直後から凄まじい絵面を見せてくれる。しかし悠長に敵が嘔吐するのを待つほど、ハゲスルメマンは紳士ではない。

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