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ハルシャ=ナーマ  作者: 菩薩
嚆矢の章
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第13話 調和の女神

ー北の森深部ー


ハゲスルメマン、クラリスと違い西回りでディグノー捜索に乗り出したアーシャ、フレイア、足利義輝の3人はどうにも事が上手く運ばず作戦会議と称して樹上で休んでいた。


フレイア「クラリス達と別行動をとってからもう2時間も経つニャ。良い加減見つかってもおかしくない頃ニャンよ~」


猫娘がぼやきながら枝に下がっている橙色の果実をもぐ。捜索が地味で、飽きやすいフレイアにとって厳しいことは重々承知している。だが、迷路みたいに入り組んでいる北の森での依頼でしかも相手は新種の魔族だ。2時間以上探すことぐらい当然のことと思わねばならない。


フレイア「あ~あ、早く依頼終えて家帰って、ジャーキーを肴に冷えた麦酒をたらふく飲みたいニャ……」


果汁で橙色に口を染めた猫娘は、沈んだ表情で枝を演奏する様に爪弾きした。本格的に飽きが来ているのかもしれない。苦笑しながら微笑ましくフレイアを眺めていたアーシャの顔が突如強張った。周囲の枝が音もなく伸びて、先端をフレイアに向けている。まるで、獲物を狙う狙撃手のように。


アーシャ「フレイアさん! 避けて!」


フレイア「ニャニャッ!?」


高らかに響く銃声、弾と化した種が猫娘と共に地面へ落下していくアーシャを掠めた。ブロンドの髪をまとめていたヘアゴムがちぎれ、左腕からは鮮血が飛散する。射程距離外に獲物を追いやった樹の枝は、次に一人瞑想している足利義輝に的を定めた。


足利義輝「騒がしい」


闘将はうっすら瞼を開くと、柄を握りしめ猛然と駆け出した。疾駆する影に妖樹は再び豪速の種を放つ。しかし、義輝の剣術にはかなわず全弾火花と消えた。


足利義輝「邪悪なる魂、拙者の刀を以て今こそ浄化されよ!」


しなる枝をバネにして足利義輝は大きく跳躍し、幹に埋まっている紫色のリーブに日本刀を突き立てた。リーブに亀裂が入り、深緑色の葉を茂らせていた大樹は忽ち黒く枯れ果ててしまった。猫娘が感嘆の声を漏らす。


フレイア「凄いニャ……。義輝の正体は絶対名のある武将ニャ。そうでなきゃ、あんな神業披露できないニャ……」


???「あらあら、わたくし以外にも北の森に戦士がいたなんて驚きですわ」


フレイア「ッ! 何者ニャ!?」


直後、嘲りを含む高笑いが三人を包んだ。旋風が地面の落ち葉を巻き上げる。樹の枝から一斉に飛び立つ小鳥達。旋風の中から突き出された二本のレイピアが、木漏れ日に照らされ煌めく。降臨した戦士の派手な装備に、アーシャは拍子抜けしてしまった。


アーシャ「誰ですか、あなた」


桃色のドレスを模した鎧、両手に携えたレイピア、ストレートの銀髪に挿した薔薇の花。まるでどこぞの令嬢が、お遊びで戦士の格好をしている様にしか見えない。レイピアを腰に吊っている鞘に収めると、令嬢戦士はドレスの裾を持ち上げ丁寧にお辞儀をした。


メリーシャ「申し遅れました、わたくしはメリーシャ。ギルド・Harmoniaのマスターでございますわ。以後お見知りおきを」


フレイア「Harmonia? 記憶に無いニャ。弱小ギルドなのかニャ」


Harmoniaなら、アーシャも幾度か耳にしたことがある。数年前、Lunaticと覇権闘争を繰り広げた強豪ギルドだ。当時のギルドマスターが脱税を行っていたことが発覚しその権威は地に堕ちたが、メリーシャに世代が交代してからまたメキメキと頭角を現している。


アーシャ「あのぅ……メリーシャさんはどうして北の森に? それもお一人で……」


同年代なはずなのに、有名ギルドのマスターと聞くとどうしても腰が引けてしまう。


メリーシャ「そうそう、北の森に新種の竜が発見されたと聞いて飛んで来ましたの。テングリカガンの手がかりも掴めたら一石二鳥ですし」


フレイア「テングリカガン? 何ニャそれ? 新しいマタタビの種類かニャ?」


メリーシャは瞠目して、フレイアの頭に優しく手を置いた。


メリーシャ「あらあらこの猫ちゃんたら、何も知らないのね! テングリカガンも知らない戦士は戦士にあらずよ。よろしくって?」


フレイア「なんだかすっごい馬鹿にされた感じニャ。気分悪いニャ」


魔将軍・テングリカガン。遡ること数百年前、大陸西端のエグバード王国に単騎で乗り込み焦土と変えた山羊型の魔族。戦いを挑んだ歴戦の勇者が全員跡形も無い消し炭となって帰還したことから、戦士達の間では『糞ヤギ』だの『食えない畜生』だの不名誉なあだ名をつけられている。そのため危険度も最高ランクのレベル7に指定され、普通の戦士ではまず戦うことすら許可されないのだという。メリーシャの説明を聞いて、アーシャの心に疑問が生じた。


アーシャ「出発前に私達がサンバドル村で見た怪我人も、そのテングリうんたらに遭遇したのでしょうか?」


フレイア「おそらくそれが妥当だろうニャ。ってことはあの少年はテングリカガンと戦う資格があったんだニャ。いやあ、人は見かけによらないものニャね」


フレイアのさりげない呟きに、メリーシャが敏感に反応した。

鬼気迫る表情で猫娘の両肩を掴み、強く揺さぶる。


メリーシャ「その言葉、真実ですの!? テングリカガンと戦った少年が、サンバドル村にいると!?」


足利義輝「拙者らは担架で運ばれている場面に偶然出くわしただけだ。それが山羊の傷であるかまでは知らぬ。だが、テングリカガンは雷を使うと聞く」


フレイア「あの少年の胸にも、雷で撃たれたような傷があったニャ!」


その時、4人の頭上を黒竜が双翼を広げ飛び去っていった。世界中のあらゆる負の感情を集め、粘土の様にこねて骨格に肉付けしたら丁度あんな風になるのだろうか。アーシャは背筋に悪寒が走るのを感じた。


フレイア「何ニャ? 随分と強そうな奴だけど、あれがラスボスかニャ?」


通過した場所に漂う瘴気を睨み、メリーシャはフレイアの肩から手を離した。


メリーシャ「やっぱり目標変更。わたくし、さっき飛んでいった竜を追うことにしますわ」


メリーシャ「有益な情報の提供、感謝申し上げます。では皆様、ご機嫌麗しゅう。オーホッホ……」


突風と耳障りな高笑いを残し、華麗なる令嬢戦士はその場から姿を消した。何故メリーシャが当初の目標を変更してまであの竜を追うのか、3人は見当もつかぬまま森の奥へ足を進めたのであった。


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