しろいひげのおじさん
しろいひげをたくさん蓄えたおじさんがいました。
おじさんは灰色の屋根の家に住んでいました。雪がつもらないように、屋根は傾斜のついた三角の屋根です。
その日は雪がしんしんと降り続いていました。外は朝から雪が降り積もっていたのですが、子供たちや仕事の大人たちがつけた足跡も覆いかぶさる真っ白な雪の下に埋まってしまっていまやすっかりと消えてしまっていました。
おじさんは灰色の屋根の家の中にある、暖かいストーブの前で椅子に腰掛けていました。
おじさんの前には机があって、机にはパンが一切れ置いてありました。おじさんは椅子に座ったまま窓をちらと見て、外が薄暗くしんとしているので、なんだか誰もいなくなってしまったみたいだなあと思いました。
おじさんはたくさん蓄えたしろいひげを手でするするとなでながら「でも、そうだ。わたしはずっとひとりだったなあ」と呟きました。おじさんは昔のことを思い出します。
おじさんは、若い時、おじさん以外の人になりたかったのです。でも困ったことにおじさんはずっとおじさんでした。正確に言えば、若い時はおじさんではないですから、”彼はずっと彼だった”と言った方が正しいかもしれません。しかし、とにかく、今おじさんに生えているしろいひげよりももっともっとたくさん頑張ったけれど、おじさんはほかのひとになんてなれなかったのです。おじさんはおじさんである自分がとても恥ずかしくて仕方がなかったので、誰にもみつからないようにお家の中に隠れてしまいました。それで、おじさんはおじさんになるまでずっとひとりぼっちになってしまったのです。
「ああ、寂しいなあ。けれどやっぱり誰にもみつかりたくないなあ。」
そうおじさんは一人で呟いてから、パンを少しかじって、それから寝ることにしました。寝てしまえばなにも考えなくてすみます。
次の日の朝、いつものように顔を洗って鏡をみておじさんは思いつきました。しろいひげがおじさんの顔をかくしてくれている今なら、もうおじさんがおじさんであることがわからないのではないかと考えたのです。
おじさんは長い間家にいてすこし退屈していたので気まぐれも手伝って、外に出てみることにしました。いつもだったらこんなこと、しなかったでしょう。けれど今日は降り積もった雪のせいで人も少なかったのです。
おじさんはたくさん蓄えたひげをわざとぼさぼさにして、顔がたくさん隠れるようにしました。そして服をきて靴をはいて扉に手をかけました。
ドアを開けると心地いい空気が家のなかに入ってきました。外は真っ白で広くて綺麗で空も、木も、どんな風景もとても美しく感じました。「世界はこんなに綺麗になるんだなあ」とおじさんは感動しました。いままでの、おじさんの世界とはうってかわって異なるものでした。
道行く人たちはおじさんを気に留めませんでした。そのこともおじさんを喜ばせました。もう怖がらなくてもいいのかもしれないと思ったからです。おじさんはおじさんであることを初めて気にしないでいられました。
つづく