第7話
「……ところで『ついで』って何なんですか?」
ステーキを食べながら思い出したように尋ねると、俺と同じようにステーキを食べている鈴音さんがキョトンとした顔をする。
どうでもいいけど、食い方が汚ないな。一応、女性なんだからもっと丁寧に食べた方がいいと思うんだが。
「何のこと?」
「あそこに書かれていることですよ」
フォークで紙の方を差しながら答える。
本当に『ついで』だったとしても、わざわざ書く必要はないだろ。何の嫌がらせだよ。
鈴音さんは後ろを向いて確認すると不思議そうに首を傾げる。
「あんなの、書いたっけ……?」
覚えてすらないのかよ!
一番酷いパターンだな。
「君が『今回は奈央ちゃんの歓迎会だから、シュウくんはついでね』とか言いながらノリノリで書いたんじゃないか」
「そうだっけ?」
透さんが呆れたように説明するが、鈴音さんはまだ思い出せないようだ。……何か泣きたくなってきた。俺のことはそんなにどうでもいいのか。
奈央が二人の様子を見ながら楽しそうに笑っている。
「面白い人達だね」
「あれは変わっているだけだろ」
まぁ、変わっているのを面白いというのなら間違っていないだろうが。
俺の両親の方が変わっているから何とも言えないけど。
「……今の私に対する言葉じゃなかったの?」
綾音があれ? といった表情を浮かべながら首を傾げる。
その小さな声は誰の耳にも届くことなく消える……と思われたが急に鈴音さんが反応してきた。
こっちの会話もちゃんと聞いていたのか。
「シュウくんは私の息子なんだからどっちが答えても問題ないんじゃない?」
「いや、シュウくんは息子みたいではあっても息子ではないでしょ」
「まぁ、確かにまだ違うけどね」
「……まだ?」
綾音は鈴音さんの言葉の意味を理解できていないようだ。
俺は理解できているけど、さすがに気が早すぎるだろ。それにそうなると決まっているわけでもないし。
透さんも俺と同じ気持ちのようで嘆息している。
「君は気が早すぎるんだ。まだ確定もしていないんだぞ」
「そうなの!? シュウくんも満更でもなそうだからてっきりそうだと思ってた!」
透さんの言葉に鈴音さんが驚愕の表情を浮かべる。
本人達に確認したわけでもないのに、何で決定事項みたいに思っていたんだ? 思い込みの激しい人だな。
「仮にするとしても大学を卒業してからですからね。学生の間はするつもりはありません。その時にどうなっているのか分かりませんよ」
「え、シュウくんって大学にいくの!?」
それについてはちゃんと説明したと思うんだが。まだ具体的にしたい事は決まってないけど一応、大学にはいくって。
何で覚えていないんだよ。興味のあることしか覚えられないのか、この人は。
「……え~と、大学とかさっきから本当に何の話をしているの?」
綾音はまだ話を理解できていないらしくキョトンとしている。
本当、綾音は鈍感だな。
普通は逆だろ。ラノベとかだったら男がキョトンとして、女が顔を真っ赤にしながら否定するのが定番だ。
奈央は理解しているのか面白そうに俺達を見ながら食事を続けている。
「結婚の話に決まっているじゃない?」
鈴音さんが綾音の疑問に「何、当たり前のことを聞いているの?」といった表情で答える。
「誰か結婚するの?」
「綾音ちゃんとシュウくん」
「……へ?」
言葉の意味が分からないのか……というより恥ずかしさで理解を否定するかのように綾音がフリーズする。
だが鈴音さんがもう一度「綾音ちゃんとシュウくん」と同じことを言うと否定しきれなくなったのか、みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。
うんうん、これでこそ定番だ。
「お母さん、いきなり何言っているのよ!? け、け、け、結婚とかそんな……」
最初はハッキリとした口調だったが段々小さくなっていき最後には聞き取れなくなった。
「したくないの?」
「……いや、したいしたくないとかじゃなくて、そういうのはまだ早いというか……」
母親の純粋な質問に綾音は更に顔を赤くしながら胸の前で人差し指と人差し指を合わせながら口ごもる。
何、これ。可愛いな。思わず綾音の頭を撫でたい衝動に駆られるが席が離れているので無理だ。残念。
代わりに少し弄るか。
「俺達はまだ高校二年です。結婚とか考えるのにはまだ早いと思いますよ、お義母さん」
「何で急に呼び方、変えたの!? さっきまで名前で呼んでいたよね!?」
俺の発言に綾音が食い気味にツッコむ。
いい反応だ。さすがクラス委員長。……関係ないか。
奈央が意地悪い笑みを浮かべながら俺に続く。
「お義姉さん、そっちの料理を取ってくれない?」
「奈央ちゃんまで何言ってるの!?」
予想外に続く予想外で動揺しながらも綾音は料理をちゃんと取って奈央に渡す。相変わらず律儀な性格だな。
多分、今のはボケだから本当に取ってほしかったわけじゃないと思うぞ。
その後も綾音を弄りながら奈央の歓迎会、そしてついでの俺の誕生日会は続いた。
「ふんふん、ふふん……」
俺は今、綾音の家の風呂に浸かりながら鼻歌を歌っている。俺の家の風呂と違って大きいから全身が伸ばせて気持ち良い。
俺の家の場合は伸ばせないわけじゃないけどギリギリだからな。それに比べてこっちのはもう一人ぐらい入れるんじゃないか?
ちなみに俺が風呂に浸かっている理由は鈴音さんが歓迎会の途中で酔っ払って俺に酒をかけてきたからだ。
おかけで体が酒臭くて仕方ない。
どこのシャンパンファイトだ。俺はプロ野球で優勝してないぞ。
今頃、鈴音さんは透さんに怒られながら後片付けをしていることだろう。……まだ暴走している可能性もあるけど。
というか、そっちの可能性の方が高い。
ガラッ。
急に風呂場の扉が開けられた。
透さんか? 着替えなら適当に置いてくれていたらいいのに。
「お、お兄ちゃん……」
「…………」
俺は入ってきた人物を見て言葉を失った。
そこにいたのは透さんではなく奈央だったのだ。しかもバスタオルを一枚巻いただけの無防備な姿だ。
「……私も一緒に入っていいかな?」
奈央が恥ずかしそうに顔を俯かせながら聞いてくる。いや、恥ずかしいなら一緒に入ろうとするなよ。
こっちまで恥ずかしくなるだろ。
ていうか、何で奈央まで来ているんだ?
とりあえず細かいことは後回しにして、まずは股間部分を手で隠した。
7話終了です。
では感想待ってます。