第6話
俺は今、隣の綾音の家の前に奈央と一緒にいる。
奈央に家の案内をした後にのんびりしているとLINEで「妹と一緒に家に来てくれない?」とメッセージがきたのだ。
「何の用なのかな?」
「さぁ? 本人に聞けば分かるだろ」
まぁ、大体の予想はついているけど。ここは知らないフリをしておこう。
俺はズボンのポケットの中を弄りながら玄関の扉の前まで行く。
「あれ? お兄ちゃん、チャイムは鳴らさないの?」
「ああ、コレがあるからな」
不思議そうにしている奈央にポケットから取り出した鍵を見せる。
これはこの家の合鍵だ。俺は普段から夕食を一緒に食べたりするので合鍵をもらっている。
ちなみに綾音も俺の家の合鍵を持っておりよく勝手に入ってくる。今朝も勝手に入ってきて朝食を作った上で俺を起こしに来たからな。
本当、助かる話だ。
「今度、奈央の分も作ってやるよ」
「……え、いいの?」
「当たり前だろ。奈央もこれから一緒に住むんだから」
むしろ、何でそんなに意外そうな顔をしているのか分からない。鍵がなかったら不便だろ。
「いや、そうじゃなくて篠宮さんの家の合鍵も貰えっていいの、ってこと」
「ああ、そういう意味か。それもそうだろう。俺と住むならこっちの家の鍵も持っている方が都合が良いからな」
というより俺が何も言わなくて綾音の母さん――鈴音さんが準備してくれるだろう。あの人、世話焼きだからな。
……たまに世話のされ過ぎで面倒臭く感じる時もあるけど。
「ん?」
鍵を開けて家の中に入ると電気がついていない。人の気配もないな。
どういうことだ? 呼び出しておいて誰もいないということはないだろうし。
とりあえず靴を脱いでから奈央と一緒に奥に進む。
「お、お兄ちゃん……」
奈央が震えながら俺の手を掴んできた。
初めてきた家が真っ暗で人気がないのだから怖くても不思議ではない。学校とかでも深夜になると急に怖くなるからな。
幽霊でも出そうな雰囲気だ。
ちなみに俺は幽霊は怖くない。むしろ、いるのなら会ってみたいぐらいだ。
断る理由もないので奈央を安心させるために優しく手を握る。
小さな手だな。しかも奈央はシッカリと俺の手を握っているのにあまり力を感じられない。
力を入れたらそのまま壊れてしまいそうなほどに弱々しい。
綾音はそうでもないけど、女子というのはこういうものだろうか? 何と言うか守ってあげたくなる。
少し歩いたところでリビングの前についた。ここも電気がついていないな。
まぁ、他に心当たりもないし、とりあえず入ってみるか。
「うおっ!」
何だ、眩しい!
俺達が部屋に入った瞬間、急に電気がつけられたので反射的に奈央の手を握っていない方の手で目を覆う。
そして次は大量の軽い何かがぶつかるのを感じた。
目が慣れてきたところで手に乗っている何かを見る。
紙テープ?
目の前を見てみると綾音とその両親がいた。三人は手にクラッカーを持っている。
この紙テープの出所はそれか。
三人の後ろの壁には『奈央ちゃん歓迎会』と大きく書かれた紙が貼られている。その下には小さな文字で『ついでにシュウくん誕生日おめでとう!』とも書かれている。
ついでって何だよ、ついでって。
この光景を見て状況を理解できないのか奈央がポカーンとしている。
「……これ、何?」
俺が綾音に視線を向けて呆れた声で質問するが、綾音は「ハハ……」と苦笑するだけだ。
そういうのはいいから状況を説明しろ!
と、心の中でツッコんでいたら鈴音さんが紙の方を指差しながら代わりに答えてくれた。
「見たら分かるでしょ? 奈央ちゃんの歓迎会よ」
「……それは俺も分かっていますよ。俺が聞きたいのは何でわざわざ電気を消していたのか、ってことです」
「そりゃ、驚かせるために決まっているじゃない」
鈴音さんがイタズラが成功して喜んでいる小学生みたいに楽しそうな笑みを浮かべる。
正確な年齢は何故か教えてくれないから知らない(年齢を聞くと毎回、私は永遠の十八歳ですと答える)けど、子供を生んでいるぐらいだからいい歳をしているはずだ。それなのに相変わらず子供みたいな性格をしている。
容姿も二十代半ばで通る若々しい美貌の持ち主で、綾音の少し年の離れたお姉さんぐらいにしか見えない。しかも、かなりおっぱいが大きい。
この人、無邪気にスキンシップをとってきたり無防備だったりするから色々と大変なんだよな。今は大丈夫だけど普段はラフな格好(酷い時は下着姿でいる時もある)をしていて、そのうえ抱き付いてきたりとかするし。
多分、俺のことを息子みたいに思っていて男として意識していないんだろう。本当、勘弁してほしい。
いや、別に欲情しているわけじゃないけどな。第二の母さんみたいな鈴音さんで変な気持ちになったりすることなど有り得ない……はずだ。
「で、君が奈央ちゃんか。初めまして。私は篠宮鈴音。よろしくね」
鈴音さんが俺の抗議の視線を無視して奈央を興味深そうに観察しながら軽い調子で挨拶した。
その様子を見た奈央は調子を取り戻して俺から手を離すと鈴音さんに手を差し出した。
「初めまして。こちらこそよろしくね」
鈴音さんの性格を考えてなのだろうが、初対面の年上の女性にいきなりタメ語というのは凄いな。
今朝、会った時から思っていたがコミュニケーション能力が本当に高い。
「うんうん。話に聞いていた通り、可愛いね」
何故か鈴音さんは満足したように頷くと、奈央が差し出した手を無視して抱き付き始めた。
「え、いきなり何を!?」
さすがの奈央も驚いた顔をするが、鈴音さんはそんなことは気にせず頬擦りまで開始する。
……何やってんの、この人。
ていうか、話に聞いていた通り? つまり最初から奈央のことを聞いていたのか?
今の状態の鈴音さんに聞いても無駄だろうから代わりに綾音のお父さんである透さんに質問する。
「もしかして俺の両親から奈央のことを聞いていたんですか?」
「うん。私達も昨日、聞いて驚いたよ。君に妹がいるなんて知らなかったからね」
透さん達も奈央の存在を知らなかったのか。どういうことだ?
本人に聞けば分かるだろうけど止めておこう。気にはなるが言わなかったのには複雑な理由があるのだろうし。
まぁ、そういうのは面倒臭いというのが本音だが。それに必要なことならその内、俺にも教えてくれるだろう。
「嫌がっているようだからやめろ」
そろそろ本格的に暴走しそうになっていた鈴音さんを透さんがチョップしてとめる。
確かに今、とめておこないと十八禁とまでは言わなくても色々とヤバいことになっていた可能性があるから正しい判断だ。
「痛い。……何するのよ?」
「いつまでも突っ立ってないので食べるぞ」
鈴音さんが不機嫌そうに頬を膨らませるが、透さんはそんなことは無視して服の裾を引っ張って机まで誘導する。
透さんは鈴音さんと違って常識人だ。
机には色々と豪華な食事が置かれている。
……七面鳥? クリスマスじゃないぞ。
豪華なのだが一部、変だな。
「お母さんがごめんね」
「ううん、気にしてないからいいよ」
綾音が謝ると奈央は言葉とは裏腹に自分の胸に手を当てて悔しそうな顔をしている。
大丈夫。奈央だっていつかは大きくなるさ。……多分。
二人も机に移動したところで、俺も後ろをついていく。
6話終了です。
では感想待ってます。