守護隊特務班
時間はようやく現在に戻って。
「異世界ぃ?」
あからさまに疑ってかかる高圧的な声に、省吾は身をすくめた。
巨人に襲われてからから一時間ほどが経過し、彼が今いるのは守護隊特務班(だったと思う、聞き間違いでなければ)のオフィスのソファーだ。四人分の視線にさらされて、省吾はできるだけ身体の体積を小さくしようと無駄に頑張っていた。
(一体何なんだよぅ……)
「おい、何とか言えよ」
「ひぇっ!」
イライラと訊いてきたのは先ほどの軍刀の大熊だ。獣の顔ながら明らかに不機嫌と分かる表情で腕を組んで立っていた。
「無視か? そうなのか? 痛い目見たいのか? アァン?」
「いや、えと、そのぅ……」
「そんなに怖くしたらかわいそうですよ、カッサムさん」
咎める口調で仲裁に入ったのは、省吾の対面に座って聞き取りの調書を取っていた銀髪の少女だった。
「んだよメグナ、また得意の甘やかしか? どう見ても怪しい奴まで甘やかすのはどうかと思うぞ俺ァな」
「怪しいのは……確かにそうですけど」
「だったらさっさと片付けちまおうぜ。絶対クリューブスの傀儡に違いねえ」
「カッサムさんこそまた短絡的思考じゃないですか!」
「アァン!?」
余計に険悪な空気になった。矛先は自分からそれたけれど居心地はもっと悪い。にらみ合う二人をびくびくとうかがっていると、ぽんぽんと肩を叩かれた。
「……?」
そちらを向くと、身長二十センチにも満たない小さな少女が羽を震わせながらふわふわと浮遊していて、小さく折りたたまれた紙を押し付けてきた。訝しく思いながらも何となくで紙を開く。
『ここでボケて』
「んな無茶な」
思わずつぶやくと、ぺしりと頭をはたかれた。
「そんなんでお笑い界のてっぺん取ろうと思ってたの!? 甘すぎだよ!」
「お、お笑い界?」
「芸人たるものいつでもどこでもおもろいこと言えなくちゃあ……ダメ! ダメダメ!」
「芸人じゃないしてっぺん目指してもないし……」
「言い訳は見苦しいのー!」
きーきーと騒ぐその妖精らしきもの? を呆気にとられて見ていると、省吾の手からひょいと紙を取り上げる者がいた。
「ここでボケて、ね。あまりからかうのはよくないよシャール。彼は本気のようだしね」
「えーでもアガタ、こいつ明らかにボケたがってたよう」
愚痴りながらもすごすごと下がっていくシャールと入れ替わりに彼――枯葉色コートのアガタが口を開いた。
「確認させてもらっていいかな。君、竹内ショウゴは、おそらく異世界からここに来たのだと自分では認識している……と、そういうことだったね?」
「は、はい」
「もうちょっと詳しく話を分解すると、学校のトイレにこもっていたら、いつの間にか東地区の林の廃屋の中にいたと。で、外に出たら傀儡に襲われた」
「はあ」
ふうむ、とアガタは顎に手をやった。
「確かにおかしな話だ。この街には学校は三つあるけれど、君の持っていた学生証はそのどの学校のものでもなかった。また、どの学校からも生徒が消えたというような情報は入っていない」
「この世界とは別の世界から来たから……」
「異世界なのに言葉が同じっていうのは面白いね?」
「う……」
「いやすまない、疑ったわけじゃないんだ。少なくともまるっきり信じてないわけじゃない。ただ、信じがたい、というだけだ。信じるにも確証が欲しい」
「そんなもの……」
なんとなくでポケットを探ってみるが、出てくるのはポケットティッシュやボールペンぐらいのものだった。
「なんでこんなにきっちりしたいかっていうとね、そうじゃないとこの街の安全にかかわるからさ」
アガタはオフィスの壁に掛けられていた地図を示した。
「これはこの都市、ウィローヌ市の地図だ。で、東地区はあの辺り。今回僕たち守護隊は傀儡撃破のためにその一帯に人払いをかけてたんだ」
さっきからこの人が言っている『傀儡』とは一体何だろう、と思いながら省吾は話を聞いていた。
「なのに君はその廃屋にいた。隊員の数名がその中には誰もいなかったことを証言している。君はあり得ない場所にいたんだ」
「つまり……つまりどういうことなんです?」
そこまで朗々と話していたアガタがそこで一旦口を閉じた。
「……実を言うとね。よくわからないんだよ」
「は?」
「君が一体何なのかわからない。本当に異世界から来たのかもしれない。でも、実はクリューブスと通じている人間で、危険かもしれない。だから僕たちは警戒していると。そういうわけだ」
「クリューブス?」
もちろん聞いたことのない言葉だ。誰かの、もしくは何かの名前だろうか。
アガタは頷いた。
「謎の多い大魔法使いの名だ。この町に隠された秘密を狙ってたびたび傀儡を送りこんでくる」
「傀儡って何なんです?」
「その大魔法使いが手足として使う、手下のようなものだと思ってくれればいい。あの巨人もその一つだ」
「そのクリューブスって人が僕と何の関係が……」
「そうだね、例えば……君は記憶をいじられた街の外の人間で、目的を達成するために送り込まれたとか」
「そんな!」
慌てて立ち上がる。
「僕、記憶をいじられてなんかいません!」
「記憶をいじられた奴はみんなそう言うんじゃねえか? まあ知らねえけどよ」
冷たい声がした。
「カッサムさん!」
「黙ってろメグナ。……おい異世界人とやら。ショウゴだったか? 俺はお前を信じる気はハナっからないぜ。なんだよ異世界って。アホか。ド阿呆か。旦那は無駄に優しいから言う必要もないこっちの事情を明かしまでしたけどな、俺はすぐにでもお前をぶった斬っちまいてえよ。むしろそうしねえ理由がねえよマジで」
「っ……!」
「おい、言ってみろよショウゴ。俺がお前を斬るのを取りやめるに値する理由はなんだ? なんかあんのか? それともくだんねえ人生、ここですっぱりやめちまうか? 断然にオススメだぜ、手伝ってやるよ。今ならタダで痛みもなしの特典付きだ」
そんなもの、今の状況を把握しきれていない自分が提示できるわけがない。けれどそんなこちらの事情にも構わず突き付けられた殺気は、手で触れられるかのような鋭さを持っていた。助けを求めてアガタを見やるが、彼はただ静かにこちらを見つめているのみだ。何かを確かめるかのように。
カッサムが軍刀に手をかけた。メグナが省吾をかばうように立ちふさがろうとした。シャールはあくびをしていた。
そして重い音がした。
自分の身体に刃が食い込む音にしてはずいぶんと鈍くて低いなとぼんやり思った。
「なんだ!?」
しかしカッサムの声ではっとする。斬られてはいない。
「……運び入れていた傀儡が再度活性化したようだ」
アガタが壁を見つめながら――おそらくはその向こうを見通しながら言う。険しい表情。
「何ィ!? そんなわけあるか間違いなく封じたはずだぞ!」
「クリューブス相手に思い込みは命とりです」
むすっとしながらメグナが言う。
「知ってるでしょう?」
「メグナとカッサムはひとまずここは置いて僕と一緒に来い! シャールはショウゴ君を外まで避難誘導!」
アガタはそれだけ叫ぶと風のようにオフィスを飛び出していった。その後を追ってカッサムとメグナが出ていく。
オフィスには省吾だけが取り残された。
「…………え?」
一体僕はどうすれば? 呆然と立ち尽くす。と、肩のあたりがくいくいと引っ張られた。
「……?」
「いくよー、こっちこっち」
服を放したシャールがふよふよとドアの方へと向かっていった。そして振り返る。
「あれ、来ないの?」
「ど、どこに?」
「おそとだよー。君、陽の光は嫌い?」
「……あまり好きじゃないかも」
「ならばここで枯れてくがよいー」
そう言ってシャールはすい、と扉の向こうに姿を消した。今度こそ本当に一人部屋に取り残されて、省吾は急に不安になった。壁の向こうからあの巨人に出くわした時と同じような振動が伝わってくる。
「ご、ごめんやっぱり僕も行く!」
省吾は慌てて部屋の外に飛び出した。