終わり
春風のように優しい風が頬を撫でている。丘の上に広げた敷物に、メグナと並んで、夕焼けの街を眺めていた。
上空には何もなかった。もちろん街にも、大きな変化はなかった。クリューブスもどこにもいない。
「消えちゃったね……」
つぶやくと、くっついた肩からメグナのうなずく気配が伝わってくる。
「多分さ、絶対の孤独、孤高っていうのは、ほかのなにものにも干渉されない干渉しないってことでさ。きっとそれを本当に実現するにはこの世界から消えるしかないってことなんだろうね」
また、うなずく気配。
しばらく黙ってから、省吾はため息をついた。
「……で、召喚主の彼がいなくなっちゃうと、僕も自然と帰らなきゃいけないってことなんだろうね」
左手を目の前に掲げると、心なしかうすぼんやりとぼやけているのが見て取れた。
「メグナ」
何かを言おうとしたのだけれど。結局何も言えなかった。ただ、彼女の手を取って、ずっと二人、寄り添っていた。
うなずく気配は、しなかった。
省吾の意識はゆっくりと暗闇に落ちた。
◆
とりあえず元の世界に戻った省吾が最初にやらなければならなかったことは。
「すみませんでした!」
クラスのみんなに全力で頭を下げることだった。
潰してしまった図書塔模型を時間までに一応の形まで作り直して、なんとか文化祭へと持っていくことはできた。もちろん納得しなかった者もいて、直接間接問わず文句を言われたりもしたが、それでもできることはやったつもりだった。
意外だったのは作り直しを手伝ってくれた者もいたことで、彼らは特別なにか思うところはなかったのだろうが、それでもとてもありがたいことに違いはなかった。
だから省吾は思ったのだ。僕も意外とこの世界でやっていけるんじゃないか、と。
◆
夕闇迫る校舎の廊下を、省吾は頭を掻きながら歩いていた。
(どうしよっかなあ、あっちの打ち合わせもこっちのも終わってないよ)
体育祭のあれこれ決めなければならないことが山積みだったのだ。
いろんな行事や催しごとに進んで参加するようになってから思うのは、人と話し合って何かを決めるのはとても大変だということ。一人で決めた方が楽だし、むしろ何もせず何にも拘わらない方が絶対に楽だろう。
ただ、それでも省吾は一人ぼっちをやめると決めてしまったから。
(みんな、元気かなあ)
窓の外を眺めながら特務班の面々を思い出す。
あの不思議な出来事からもう一年近くが経とうとしている。あんなに大事な体験なのに、もうずっと昔のことになってしまったような気がした。
「……」
それから、言い損ねて後悔していることがある。言う機会はずっとあったのに、結局言えないまま戻ってきてしまった。
「メグナ……」
いつの間にか窓の外の闇が濃くなっていた。考え込みすぎたのだろう。息をついて前を向いた。
「ため息なんかついてどうしたの?」
その声は廊下の先の暗がりから聞こえてきた。
省吾ははっとして体をこわばらせた。恐怖からではない。聞き覚えのある声だったからだ。懐かしい、愛しい声。
「ショウゴ」
メグナは進み出てくると、薄闇でもわかるくらい満面の笑みを浮かべた。
「頑張って来ちゃった」
省吾は。その気持ちを声にすることができないまま、メグナを抱きしめた。




