暗がりの会談
「……一体何をしに来られたのです?」
オフィスの戸を開けた途端にそう問われて、リッカー・キシュ高等技官はとりあえず驚いた顔を作って見せた。
「君の体調が悪いと聞いたものだから」
「まさか、見舞いですか」
相手は怪訝そうに顔をしかめた。
「ああそうだよ、まさかということもないだろう」
相手――ラゥル・イ・アガタ特務班班長は、しばらく探るような視線をよこしてから、ようやく笑った。小さく苦い笑みだったが、笑ったのは間違いない。
「いやまさかと思うのが当然でしょうが……そうですか、ありがとうございます」
アガタは残っていた書類仕事をちょうど終えたところらしかった。彼ら以外誰もいない特務班のオフィスは、そう広くもないだろうにがらんとして見えた。明かりも最低限にしか点いておらず、薄暗い。アガタがソファーを示したが、リッカーは首を振った。
「いつものメンバーがいれば少しは賑やかになるんですがね」
「わたしの連れ達を入らせようか」
「よしておきましょう。護衛の方々に領分以上の仕事をさせるのは気が引けます」
「そうだな。……大丈夫かね?」
問いかける。薄明かりの中ではっきりと見えるわけではなかったが、アガタの顔色は悪かった。
「まあそれなりには」
肩をすくめてアガタは言うが、その声に張りはない。
「対クリューブスの作戦行動で、とは聞いているが」
「報告書は上に送りました。そちらを当たってください。あなたの権限なら問題なく見られるはずですが」
「実はもう見た」
「そうですか」
リッカーは腕を組んで唸った。
「なかなか大変だったようだな。少し無茶をしすぎたのではないかね?」
「仲間を見捨てるわけにはいかなかったので」
「君がそういった情の深い人物だとは知らなかった。わたしとしてはありがたいことだが。もっと計算高い人だと思っていたよ」
「情は深いですよ。算盤勘定もきちんとするだけで。あの場合、メグナを見捨ててショウゴ君に恨まれるより無理をしてでも彼に恩を売って置いた方がいいと。まあそのあたりも加味した結果ですが」
「まあ確かに彼の能力は興味深い。対クリューブスという意味では単純に強力で有用だ。メグナ君だって見捨てるなどもちろん論外だ。しかし……」
アガタの目を見やると、彼は疲れた顔に苦い笑みを浮かべた。
「それでも僕は無理をしすぎだと。いやご心配どうも」
「ただの心配ではないよ」
「街全体がかかった心配ですか」
「もちろん君個人のことも心配している。これはどちらかしか取れない類のものではないしな」
「ごもっとも。ですが大丈夫ですよ。そう簡単にはしくじりません」
リッカーはウィローヌ市の守護魔人を見やった。長身の、ただの優男にしか見えない彼だが、クリューブスの出現以来何年もの間この街を守り続けてきたウィローヌの魔人だ。これは比喩的な意味ではない。彼が、例えば死ぬようなことになれば、それはそのまま街の死につながる。
リッカーはその重さをかみしめ――それからかぶりを振った。
「……そうだな。今更君の力を疑っても仕方ない。だが、このまま埒の明かないやり合いをしていてはいつかこちらが先に力尽きる」
「確かに。それについては早急に対処します。僕の他にショウゴ君という決定力が加わったことで決着の機は巡ってきている、あとはそれを確実にものにすることができれば……」
「具体的には?」
「クリューブスは何かを仕組んでいるようです。それによっておそらく油断もする。見極めて、その隙を突くのです」
「……ずいぶんと大雑把な作戦概要だな」
「あのクリューブス相手にはまだマシなものだと思いますがね」
違いない。口の中だけでつぶやきながらリッカーは虚空を見上げた。大雑把でもある程度の方向性のある策を立てられるというのは、確かに進歩だ。
これまでクリューブスはつかみどころのあるような攻め方をしてこなかった。散漫な攻め方で、それはこちらの守るものの性質上の問題なのだが、こちらもあちらも攻めあぐねていたということでもある。
だから、ここからの進展は、期待とともに不安も伴う。
「どうしました?」
アガタの声に、意識を現実に戻した。いや……と首を振りかけてから、ふとつぶやく。
「いいのだろうか」
「何がです?」
「わたしの使命は孤独への抵抗だ。それなのにやっていることは件の彼の排除だ」
複雑な顔でこちらを見ている視線に気づいてリッカーは苦笑した。
「いや、わかっているさ、そんななまっちょろいことを言っている場合ではないということぐらいは。やられそうになったら防御せざるを得ん。わかってはいる」
「差し出がましいようですが」
アガタが口を開いた。
「なまっちょろい以前に、一人でいることを望んでいる人間を集団の中に取り込もうとするのは、ひどく傲慢なことだと思いますよ」
リッカーはしばし考えてから答えた。
「違いない」
それから静かに退室した。




