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ひよっこに与えられた武器

「だから吸血鬼! 絶対吸血鬼だって!」


 なるほどそんなものも出そうな晩ではあった。月光が冷たく地上を照らし、闇に沈んだ街路樹が風に吹かれて何やら囁いているようにも聞こえる。


「ウィローヌ市の地下宮殿に住む吸血王が目覚めて、市民を虐殺して回ってるんだよぅ!」


 そしてそんな夜にはふさわしくないシャールのきーきー声を聞きながら省吾は隣に目をやった。


「とか言ってるけど」

「聞き流しとけばいいと思うよ」


 うんざり顔のメグナはそう答えた。

 ただ一応興味はあったのでもう一言聞いてみる。


「この世界に吸血鬼っているの?」

「いるわけないじゃない、あんなわけのわからないもの」


 いろんな種族がいるこの世界にもわけのわからないという概念はあるらしい。また一つこの世界のことがわからなくなった。

 まあそれはそれとして足を進める。まだ守護隊の本部を出たばかりで主要な通りに入ってすらいない。


「バカバカバカ! ダメでしょ、無防備に危険に飛び込もうとしちゃ! あたしがいろいろ準備したげたからそれ使いんしゃい!」


 そして取り出す十字架、ニンニク、木の杭、聖水(と彼女は言い張ったが定かではない)。

 頭の上に積まれたそれらを払い落とし、カッサムがうめく。


「お前やる気がないなら帰れよ。うぜえから」

「なんでそんなこと言うのさー。やる気あるよ。やる気マックス過ぎてだばだばあふれてるよー」


 落とされた小物を拾うためにシャールはわたわたと遅れた。その間にメグナが再び口を開く。


「班長がもう説明したけど一応確認ね。今夜のわたしたちの担当は西区。工場なんかが立ち並ぶあたりなんだけど、そこを二人一組で手分けして回る」

「組は僕とメグナ」

「それから俺と……後ろの羽虫だな」

「誰が羽虫!?」


 後ろからの声に露骨に嫌な顔でカッサムが魔よけの仕草をした。あるいは虫よけか。そして言う。


「何か釣果があるといいんだけどな」


 十五分ほど歩いて工場区画に着いた。軽く声をかけ合って二手に分かれる。さて、ここから仕事、と気を引き締めたところで声がした。


「わっすれてたー!」


 シャールが飛んできて省吾の前に回り込み、何かを手渡した。


「これ使って!」

「……何これ?」


 街灯の明かりにかざす。卵のようなもの二つ。色は白と黒でそれぞれ頭にでっぱりがある。


「ショウゴも役に立ちたいって言ってたから武器作ってきたんだよ」

「武器? これが?」


 疑わしく二つの卵を眺めると、シャールはその頭をぺしりとはたいてきた。


「何疑ってるの、失礼な!」

「だってシャール、これ武器には見えないよ」

「そりゃそうだよ、防犯ブザーと閃光弾だもの」

「武器じゃないよそれ!」


 顔を上げるとシャールはやれやれと首を振っていた。


「分かってないなーひよっこは。自分がひよっこだってことにもっと気づこうよ」

「どういう意味さ」

「自分の身の程を知れってことさー。ひよこが包丁振り回せると思う?」

「……そりゃ無理だけども」

「だったら甘んじよう自分の身分に。まずはその二つを使いこなしてみてねー。それができたらランクアップってことで」


 黒が防犯ブザーで白が閃光弾。スイッチは上のでっぱりと説明してシャールは去って行った。待っていてくれたメグナと連れ立って巡回へと出発した。



 月夜の通りに高い柵が並んでいる。工場特有のさびれたような寒々しいような空気の中を歩きながら省吾は手元の卵を見つめた。


「……どうかした?」


 あたりに目を配りながらメグナが聞いてくる。


「あ、ごめん、仕事中に……」

「ううん、いいの。それより何か気になることでも?」

「うん、まあ」


 頭をかいて卵をポケットにしまう。少しかさばるのだけれど、なんとなくそのすわりの悪さはそのまま今の心持ちと似ていた。


「やっぱり僕はまだまだなんだな……って」

「そりゃそうだよ、すぐにバリバリ働けるようになる人なんていないんだから」

「そうだけどさ」


 空を見上げる。街灯の明かりで天のきらめきはぼやけてしまってはいたけれど。


「なんだかこのままやっててもずっと役立たずのままなんじゃないかなあ」

「ショウゴが役立たずだったことなんてないよ」


 省吾ははっとしてメグナに視線を戻した。その声は少し怒っているように聞こえたのだ。


「……ごめん。ちょっと卑下しすぎた。でも、僕はもっともっと強くなりたいよ」

「焦って強くなれるなら誰も苦労しないよ。大丈夫、ショウゴはちゃんと思う通りのところに行けるよ。わたしたちを一緒に頑張ってれば――」


 彼女の声はそこで途切れた。歩く速度も心なしか落ちた。


「ショウゴ。ショウゴはさ、いつかは元の世界に……帰っちゃうんだよね?」


 ずきん、と心が痛んだ。全く考えていなかったことでもないはずなのに、なぜか不意打ちされたような衝撃だった。

 省吾は答えられなかった。そうだ、とも、違う、とも。沈黙だけが長引いた。


「ごめんね。変なこと聞いた」


 そしてメグナは一度立ち止まってこちらに笑みを投げかけた。街灯に照らされた白い、寂しげな笑みだった。


「行こうか」


 メグナはそう言って歩き出した。省吾はしばらくその背中を見ながら追いかけることができなかった。

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