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別れ

 本当にこれはクリューブスの仕業だったのか。この二日間、誰も口にはしないが誰もが思っていたのは間違いない。

 最終的に口を開いたのは、やはりというべきか、カッサムだった。


「なあ、無意味なんじゃねーの?」

「何がです?」


 返すメグナは、一応仕事用の顔を保ってはいたものの、疲れの色は隠せていない様子だ。


「いんや、だからよ、この捜索に意味はあるのかって言ってんだよ」

「意味がないならしませんよ」

「ほぉ? じゃあお前は意味があるっていうんだな? この街は確かにクリューブスの攻撃を受けたと。あいつが関わっているのに間違いないと」

「そうじゃなきゃなんだっていうんです?」


 いつものことではあるけれど、まだ当分この二人の険悪なやり取りには慣れそうにない。


「あのー……」


 恐る恐る手を挙げると二人分の凶悪な視線がこちらを向いた。

 だいぶ意志がくじけるものの、言うべきことはどうにか吐き出した。


「この街の破壊の具合からして、かなり大規模な威力の何かが働いたとみて間違いないですよね。地震か何かとも考えられますが、この規模の割にはここに来る途中の僕たちは全く揺れを感じませんでした。とすると、やっぱり魔法的な何かが……」

「……まあ、確かにな。何かしら人為的な力が働いたんだろうっては俺も同意見だ。だが、クリューブスがこの規模で使うはずの傀儡が見当たらねえんだ。これだけの破壊ができるなら、そりゃあでけえ図体してるだろうによ」

「彼が今までウィローヌ市以外に攻撃したことがないのも気になるんだよね」


 メグナが頬に指を当てて呟く。


「彼はウィローヌ市の宝玉狙いだから、他の街に興味はなかったってことなんだろうけど」


 結局手詰まりだ。


「じゃあ一旦持ち帰るしかないんじゃなーい? ウィローヌに戻ってアガタにも相談してさー。あたしたちじゃダメっぽげだし。ぽげぽげー」


 タンポポの綿毛を手にふわふわと漂いながらシャールが言った。


「そうね。とりあえずウィローヌ市に戻って報告だけはしないと」

「はぁあ、来た道をまた一日かけて戻るのかよ、面倒だな」

「それにしても」


 ぽつりと省吾はつぶやいた。


「地震以外でこれだけの破壊って、なにがどうしてこうなったんでしょうね」


 特に意味はないのだろうけれど、その時全員の視線が省吾に集まった。つまりそれは図らずも死角が一番大きくなった瞬間で、そのわずかな間にいくつかのことが起こった。

 とりあえず最初に起こったこととしては。全員の足元に大きな影が差した。



 そのとき省吾ができたことその一。驚いて見上げること。すると何やら巨大なものが目に入った。瓦礫の塊に見えたが自信はなかった、ただ、これに潰されてゴナ市ののあの惨状なのか、とそんな考えが脳裏をよぎった。


 省吾ができたことその二。アホ面で「うわあ」の形に口を開くこと。これにはあまり意味はなかった。ただ逃げるための数瞬間を無駄にした。


 その三。信じて、委ねること。もう自分が一人ぼっちでないことは知っていたから。


「はっ!」


 メグナが放った衝撃波がその瓦礫塊を打ち据えた。破片を散らして僅かに勢いを落としたそれに、続いてカッサムがとびかかる。


「ッらァ!」


 甲高い音を立てて塊が真っ二つになった。すると途端に分解して、それは細かい破片をあたりに散らす。しかし、その時にはメグナの手により省吾は被害の範囲から抜け出していた。


 潰れたカエルのような息を一つ漏らしてから、省吾は状況を把握しようとした。幸いそれはあまり難しいことではなかった。


「カッサムさん!」


 彼の向こうに何やら巨大な球状の影が立ち上がっていた。先ほど頭上から降ってきた瓦礫塊とおそらくは同じものだ。まず茶色の煉瓦が寄り集まり、それからさまざまな破片や木片が吸い寄せられてどんどん巨大化していく。


「まさかあいつがこの街を……」

「多分ね」


 隣のメグナが緊張した声で答える。


「やっぱりクリューブスの、傀儡の仕業だったんだ。あれが街に降り注いでめちゃくちゃにした……って感じかな」


 突如何者かが咆えた。驚いて見やると、カッサムが、背中からでも分かるぐらいの怒気を放って軍刀を構えていた。

 同時に傀儡の体形成も終わる。両者が動き出した。下手な策も小細工もなく、真っ向からぶつかった。


 先ほどと同じならば傀儡が両断されて終わりだっただろう。だがそうはならなかった。

 カッサムがうめいて後退する。傀儡もいくらかは押し返されたようだが微々たるものだった。


「シャール、得物がやられた! 替えよこせ!」

「あいよー!」


 いつの間にかカッサムの背後についていたシャールが、彼に向けて何かを放った。大熊が後ろ手に受け取り構えるそれは、重量感のある両手剣だ。


「行くぞオラァ!」


 突撃し、またいくらかを押し返し、それを数度繰り返してカッサムは跳び退る。


「シャール、次!」

「ほいさ!」


 そして飛び出すのは、大戦斧。押し返し、これも同じく数度で使い潰した。


「次ィ!」

「うぃすー!」


 そのすさまじいまでの勢いに圧倒されながら、省吾はつぶやいた。


「すごいな……」

「やっぱり故郷をめちゃくちゃにされたから……」


 どこか悲しそうにメグナが言う。


「でも、父親と仲が悪かったって」

「それはそうだけど……そうはいっても故郷だよ?」

「うーん……」


 こんな時にも関わらず、省吾は考え込んだ。父親と反目して、おそらくは家を飛び出したに違いない。飛び出してもう顔も合わせていない。だが、それでも故郷に未練はある? いや、あると考えるのが普通なのだろう。けれども……


「おい、ボウズ!」


 カッサムがこちらを向いて呼んでいた。


「次で決着つけるぞ、準備しろ!」

「は、はい!」


 メグナとともにカッサムの後ろまで進む。


「ショウゴ、無茶しないでね」

「分かってる」


 けっ、と声がした。


「まーた過保護か、なまっちょろい」

「カッサムさんは……なまっちょろくないですもんね」

「当たり前だろ」

「だから自分の故郷を潰した奴は自分で潰してやりたい」

「ふん」

「……でも実はそうではなく。自分のやりたかったことを先にやられてしまって、すごくムカついてる……違います?」

「……!」


 驚愕に見開いた視線をこちらに注ぐこと一秒。彼はシャールが投げ上げた鉄の槌をつかみ、瓦礫塊に叩きつけた。塊にひびが入った。


「俺ァなボウズ! このクソみたいな街を潰すのは俺だって思ってたし、そう決めてたんだ! そんな俺の胸糞悪さ、わかるか!?」


 言葉を吐き出すたびに繰り出す鉄槌によって、どんどん塊のひびは大きくなっていく。そして最後の一撃によって、傀儡はついに細かな破片と散った。


「走れボウズ!」

「はい!」


 瓦礫に足を取られつつ、じれったくも省吾は敵に突進した。

 途中、敵の最期の抵抗か、瓦礫のいくつかがこちらめがけて飛んでくるもメグナがすべて叩き落としてくれた。


 手が傀儡の核の茶色い煉瓦へと届く。まばゆい光を放ち、それは塵となって崩れ落ちた。

 省吾は勢いを殺しきれずに顔から転んだが、すぐに背中をつまみあげられた。カッサムの大きな手。


「だがなんでだ」


 彼は労いの言葉よりケチをつける言葉よりも先にそう訊いてきた。


「なんで俺の腹がわかってやがった」


 きっと故郷に関するあれこれについて言っているのだろう。

 省吾はしばらく黙考し、元来た世界のことを思い出して。

 それから。


「……何となく、ですかね」


 愛想笑いでごまかした。

 カッサムはじっと省吾を見下ろしてきたが、途中で飽きたのか鼻息一つ吹いて省吾の背中を放した。

 再び打ち付けた頭の上から声がする。


「なぁにが何となくだよ。どうせお前も似たようなもんなんだろうが」


 苦々しいその声に、省吾は突っ伏したまま少しだけ笑った。



「カッサムさーん、そろそろ行きますよー!」


 馬車からのメグナの呼び声にも、カッサムはなかなか動こうとしなかった。


「分かってる」

「そう言ってもう一時間ぐらいなんですがー!」

「だーかーら、わかってるっつの!」

「そう言ってさっきさらにもう一時間延長してましたー!」

「うるせーな!」


 カッサムはやはり動こうとしない。メグナはこめかみを押さえた。


「まったく……」

「カッサムさん、何やってるんだろ」

「何か形見みたいなものが欲しいんじゃないかな」


 省吾のつぶやきにはメグナが答えた。


「この街のことは本当に好きじゃなかったみたいだけど、それでもお別れだもの」


 今後は各調査班などが入るために、再びここに来られる可能性はないらしい。彼にとっては何かしらの大きな一区切りになることは間違いないだろう。そう、メグナの言った通り、どういう意味合いにしろこれは別れなのだから。


「別に無理に別れる必要はない思うけどね」


 そう言ったのはまたも御者の帽子の上に腰かけたシャールだ。


「すっぱりしたお別れサイコーみたいに言われるけど、過去を大事にするのもありだと思うのよ。つまり何が言いたいかっていうと、あのノロマなデカブツ置いて帰りたい」

「好き勝手言いやがって羽虫風情が」


 戻ってきたカッサムがシャールをにらむ。


「おや遅いお戻り。その割には何にも手土産はないみたいー?」

「ふん、本気で俺にそういうの期待してたのかよ。違えだろ」

「でも、本当によかったんですか?」


 省吾はカッサムを見上げた。彼の目に特にいつもと違う感情が現れていたわけではないけれど、多少は不安に思った。


「いいんだ」


 ただ、その時のカッサムの声は少しだけ静かだった。


「別れはもう何年も前に済ませてたんだった」


 振り向いて街を眺める彼の顔は見えなかった。でも、そう悪くはない表情だったのだろう。

 カッサムが馬車に乗り込んで、省吾たちはウィローヌへの帰路についた。

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