カッサムの故郷
粉々になった建物、道の舗装、その破片と残骸。街路樹がズタズタになりながろもかろうじて立っている。無傷なものは何もなかった。街を守る外壁も崩れてしまっていて、見通しだけは無意味によかった。
「これは……」
うめき声が喉から洩れる。
「……酷いね」
言えたのはとてもありきたりなことだったけれど。
ウィローヌ市ほど広い市ではないようだ。見回すが人の気配はなく、死体も見当たらない。それらはすべて瓦礫の下に埋まってしまっているのだろうか。
(もしそうだったら……踏み込むのは、なんだか、こう……)
……気が進まない。
と、その横を追い抜いて歩み入る者がいた。
「……カッサムさん?」
彼の重さに、建材のなれの果てが抗議するような軋る音を立てた。
カッサムはそのまま数歩進んで、まっさらになった街並みをゆったりと見渡し、それから大きく息をついた。何か思うところがあるのか、何か哀しむところがあるのか。それは分からなかった。
「どうしたんだろ?」
彼の性格からするに、傀儡を探し出して撃破する以外に興味はなさそうなのに。
と、メグナが横に来て、とても複雑な表情で言った。
「いろいろ思うところがあるんだと思うよ」
「思うところ?」
「うん、まあ……」
「自分の故郷に帰ってきてぶっ潰れてたら、そりゃ思うところあるよねー」
そう言ったのはシャールだ。
さらに続けようとする彼女の口を慌てて押えて、メグナは省吾を促した。
「さ、あっち行こう。何があったか情報持ってる人がいるらしいから」
そしてさっさと歩いていってしまう。それを追って歩きだしながら、省吾は訝しくつぶやいた。
「カッサムさんの故郷?」
後ろを振り返ると、いまだ彼は突っ立ったまま、どこかもわからない場所へと視線を投げかけていた。
◆
その人物は犬の頭をした、森林爪牙族の商人だった。省吾たちは街から少し離れた馬車脇で、彼の話を聞いていた。
「わたしがゴナ市を発ったのは、ほんの二日前の昼のことです」
肩を落として、落ち込んだ様子で彼は続ける。
「それから商売を終えまして、昨日帰ってきたのですが、その時には、もう……このありさまで」
声を詰まらせる彼にメグナは問いかけた。
「昨日の、いつですか?」
「夕方、日暮れの少し後の頃です」
「なるほど……その時何か気づいたことはありませんでしたか?」
「気づいたこと……とくにこれといってありませんが。ただ、昼頃の道中、ゴナ市の方角から地響きのような音が聞こえてきたのは覚えています」
「地響き」
メグナがつぶやいて虚空を見上げる。
「そういえば、わたしたちはクリューブスの攻撃らしきものを受けていると聞いて、ゴナ市へと送り出されたのですが、その攻撃とはいったいどういったものだったんでしょうか。何かご存知です?」
「はあ。まあ、少しくらいなら。街の広場に大きな破壊痕ができたのに、目撃者が誰もいなかったり、同じく目撃者が誰もいないはずがない場所にある小屋が、人知れず破壊されていたり」
「それのどこらへんがクリューブスの攻撃なんだよ」
吐き捨てるようにつぶやいたのはカッサムで、視線が集まると鼻を鳴らしてメグナを促した。
「続けろよ」
メグナは非難の視線を突き刺したようだが、特に効果もなかったらしい。困惑している商人に、一言詫びてから訊いた。
「最後の質問です。この街に戻ってきてから傀儡らしきものを目撃しましたか?」
「いえ……」
商人はただうめいて顔を手で覆った。
「わたしは何も見ませんでした。何もできませんでした。この街のためになるようなことは、何も……」
声はどんどん細くなっていき、最後にはすすり泣きに変わった。
その痛ましさに、省吾は何も言うことができなかった。
◆
「これからどうするんですか?」
省吾が訊ねると、カッサムは露骨に顔をしかめて見せた。
「お前特務班の主任務を忘れたのか? 俺らは何のために動く」
「……傀儡の処理です」
「ったく、これだからもの覚えの悪い奴は困る」
そういう自分こそ昨日アガタさんに同じこと言われてたくせに。
心で愚痴るとカッサムはじとりとこちらを見下ろしてきた。
「……んだよ」
「べ、別に」
慌てて目をそらして今度はメグナの方を向く。
「傀儡はどこだろ。特に見当たらないみたいだけど」
「そうだねえ……見て分かる範囲には何もないし、これから捜索を開始してみてどうなるか、かな」
「じゃあ手分けして探す感じ?」
「万感の! なんでやねんアターック!」
甲高い声とともに脳天を一撃されて、省吾は地に沈んだ。
「いや、こっちこそなんで? なんだけど……」
なんとか起き上がって、金属バットらしきものをぶら下げたシャールに訊く。
メグナは呆れた様子で、何やらやり遂げ顔の妖精の頭を叩いた。
「こら、シャール。……えっとね、ショウゴ。昨日も言ったけど、わたしたち特務班は役割の分担上、全員が一緒に動く必要があるの。わたしとカッサムさんには直接ぶつけられる戦闘力があるけど決定力がない。ショウゴはその逆ね」
「あ……そっか。ごめん」
「ううん、いいの。だけど、それを忘れて迂闊な行動、なんてことはしないでね」
「うん、わかった」
「分かったらさっさと行くぞ」
すでに数歩先を進んでいたカッサムが言った。
「さっさと終わらせて帰ろうぜ。俺ァもう飽きてきた」
「嘘言っちゃって……」
横から聞こえたメグナのつぶやきを聞いて、省吾は少しだけ首を傾げた。
◆
捜索のペースは速かった。それはつまるところカッサムのペースが速いということでもあった。
「カッサムさん」
どんどんと先へと進んでいく大きな背中へと声を張り上げる。
「カッサムさん!」
「なんだよ」
彼は酷く鬱陶しいものを見る目でこちらを振り向いた。
「ちょ、ちょっとばかし速すぎやしません?」
「そんなことねえだろ」
「でもメグナが後ろで転んでますし」
「知らねえよ」
「シャールは蜘蛛の巣にかかってます」
「だから知らねえよ、食われとけ」
「どちらかというと、むしろシャールが蜘蛛を襲ってますがそれはともかく」
省吾は周りを示した。瓦礫しかないまっさらな周囲を。
「なんだか適当に進んでいるように見えるんですが、あてはあるんですか?」
「あて?」
「いえ、だから傀儡のいる場所とか」
「ねえよそんなもん」
ふん、と鼻息一つふかして彼は言い切った。
「いるとこにはいるしいなけりゃいねえだろ」
「……んなむちゃくちゃな」
省吾の弱気な抗議に構わずカッサムはさっさと先へ行ってしまった。
ため息をついてしゃがみ込んでいると、案外足の弱いメグナが半泣きで追いついてきた。
「しょうごぉー……」
「……大丈夫?」
「へ、平気……ちょっと頭部強打しただけだもん……」
赤くなった彼女の額をなでてやっていると、シャールも身体のあちこちに蜘蛛の巣を絡ませながら追いついてきた。
「これいる?」
「その虫の脚っぽいの何? ……いや、いいや、言わないで。いらない」
「そっかー、残念」
その、虫の脚っぽいものを遠くに捨てて、シャールは省吾の頭の上に着地した。
そしてもう遠く先を行く黒い背中を見てつぶやく。
「かっちゃんも焦ってるねー」
「なんでか分かる?」
「うん。っていうかショウゴも実はもうわかってるんじゃないの?」
「カッサムさんの故郷、だっけ。そういうこと?」
「あったりぃー。ここはゴナ市。カッサム・ゴナの生まれ故郷なのだ。名前に街の名前があるだけあって、いいとこの坊ちゃんだってのは予想つくよね?」
「カッサムさんはここの市長さんの息子なの」
メグナが付け足して言う。
「でもあまりお父さんたちと仲が良くなかったみたいで。まあそれでも故郷がこんなことになっちゃったら、つらいよね……」
捜索はそれから四時間続いた。省吾たちは幾度か休憩をはさんだが、カッサムは一度として休むことはなかった。
だが、傀儡は見つからないまま日が暮れ、また朝が来て。何も成果がないまま二日が経過した。




