ゴナ市へ
意外と柔らかい生地のそれに袖を通して。省吾はきまりの悪さに身じろぎした。部屋の鏡で確認するが、どうにも似合ってないような気がしてたまらない。
「うーん……」
背中側も確認し、まあ一応上から下まで整ったというところで、事前に言われた通り襟章をつけて(この位置でいいのかな?)廊下に出た。
「わあ……!」
そこにいたメグナが、省吾の姿を見るなり感嘆の声を上げた。
「すごい! 似合う似合う!」
メグナと出会ってまだ日は浅いけれど、この子はやっぱりとてもいい子だと省吾は思う。こんなに明るい笑顔で、心から他人を褒められる人なんて、かなり希少なんじゃないだろうか。
「そ、そうかな」
「そうだよ! すごくいい感じ! さっそくオフィスの方に行こ。みんなに見せてあげなきゃ!」
「わわっ!」
メグナに手を引っ張られて、省吾はよろめきながら走り出した。
◆
「うん、まあ……いいんじゃないかな」
「着られてる感まんさーい。って感じ」
「えー!?」
「あはは……」
まあ一応予想はしていたが、アガタとシャールの反応は芳しくなかった。アガタは苦笑いだしシャールはダメダメそんなんじゃー顔だ。
「まあ新人芸人さんなら仕方ないんだけどさー、でも服装がピシッとしてないとネタのウケも悪くなるんだよね」
「だから僕芸人じゃ」
「あ、でも、そういうキャラで売るのもありかーキャラ芸人」
「君って基本的に僕の話聞く気ないよね」
ため息をついてアガタを見上げると、彼は苦笑を微笑に変えて両手を軽く上げて見せた。
「さて、準備ができたならさっそく仕事の話だ。適当なところに腰かけて」
そのとき扉が乱暴に開いた。
びくっとして見やると、そこにいたのは大熊のカッサムだ。
「おやおはよう、遅かったね」
「ん、ああ、まあな。ひと汗流してた」
そう答えてソファーに移動し、彼はどっかと座り込む。
「あ! そうだカッサムさん、省吾、なんか変わったと思いません?」
「……?」
訝しげな顔をしてカッサムが省吾を見つめる。省吾は身がすくむような思いでその視線に堪えた。眉間にしわが寄っているようなその視線にさらされるのは、慣れようと思って慣れるものではない。
「……ああ」
しばらくして彼は頷いた。
「昨日よりもっとクソな顔になってやがるな。潰しとけ」
「じゃなくて!」
メグナが省吾の制服を示す。
「ほら、服!」
「服がどうした」
「守護隊の制服ですよ! 似合ってません!?」
「似合ってるなら最初からそう言ってるだろうが。鈍感か。分かれそのくらい」
興味もなさそうに言った彼の注意が、今度こそさーっと引いていくのが手に取るようにわかった。
「なんでみんなわからないの……?」
「も、もういいよメグナ」
あまり推されてこの扱いだと地味に傷つくし、とこっそり胸中で付け加えながら。
「そろそろ僕の話を聞く態勢に入ってくれてもいいんじゃないかなあ」
アガタが頬を掻きながら呆れたように言った。
◆
「さて、僕たちは先日、クリューブスのおそらくは最強に近い傀儡を無事倒したわけだけど……」
そこでアガタは一旦言葉を切り、哀れっぽく眉尻を下げた。
「僕には、これから例の緊急特別コードを使ったツケ、つまりは極悪極刑拷問会、言い換えれば事後報告会が待ってる」
「ご愁傷様です」
「どうもね」
メグナに力なく手を挙げて答えてから彼は続ける。
「まあクリューブス対策はほぼほぼうまくいったし、街にも大きな被害はなかったから――」
「図書塔がぽっきりいってたぜ?」
「復旧再生課が泣いてたよ、建て直しには数十年は堅いそうだ。いやとにかくそう大きな人的被害はなかったからそれほど強い糾弾はされないと思う。少なくともそう信じたいね」
「それじゃあ問題はなんなのーお仕事はー?」
省吾の頭の上からシャールが問う。アガタは頷いて壁の地図を示した。以前のとは違い、見たところもっと広域のものだ。
「単刀直入に言う。仕事として君たちには忙しい僕抜きでこの、ゴナ市に行ってきてほしい」
「ゴナ市?」
もちろん省吾は知らない。ただ、どこかで聞き覚えがあるような気が……
「なんでだ?」
カッサムが口を開いた。
「なんであんなとこに?」
ふとその声に省吾は違和感を覚えた。なんだか妙に、なんだろう、慎重な声に聞こえたのだ。
アガタは肩をすくめる。
「僕たちが動く理由は? 特務班の任務は」
「傀儡の処理。なるほどな」
それだけ聞くと、カッサムは口を閉じた。どこか重い気配を残して。
「つまり、ゴナ市に傀儡が?」
「その通り、メグナ。当市から連絡があったんだ。クリューブスからと思しき攻撃を受けていると」
「思しき攻撃?」
「何でも、そうじゃないと説明がつかないような破壊の痕跡が、いくつか見つかったらしい」
「……ずいぶん曖昧ですね」
「そうだね。でも、放っておくわけにはいかないだろう? ゴナ市のために。そして何よりウィローヌ市のためにもね」
恩を売っておこう、省吾にはそういった言い方にも聞こえた。
とにかくアガタは手にもっていた書類を持ち上げて解散を宣言した。
「では頑張ろう。お互い、生きた状態でまた会えるといいね」
◆
出発はそれから一時間後になった。
急かされるように準備をして馬車に乗り込んで、省吾はようやく息をついた。
「ずいぶん急だったね」
「まあ仕事だしね。仕方ないよ」
隣で肩をすくめてメグナが言う。
「さっさと行って帰って来ないと、ウィローヌ市の方も危ないかもだし」
「なんで?」
「傀儡に対応できるのはわたしたちしかいないから」
「ああ、そうだったね」
「わたしとカッサムさんがアタッカーで、動きを封じたらアガタ班長がとどめ役なんだけど」
メグナと省吾は後ろの馬車を振り返った。身体の大きいカッサムは、後ろで省吾たちとは別の馬車でついてきている。
「カッサムさんは並外れた身体能力。わたしは魔法能力。シャールは各種サポート能力で、班長は封印能力。誰が欠けても厳しくてね。ウィローヌ市以外に戦力を裂くなんて今までは無理だった。ショウゴが来たから今は可能になったんだよね」
「じゃあウィローヌの方はアガタさんが一人で守るってこと? きつくない?」
「きついことになると思うよ。もし攻めてきたらね。早く終わらせて戻らないと。もちろんわたしたちの方だって大変。それでも強力な傀儡を放った後だから、クリューブスにも余力はないと思いたいけど……」
それからメグナは若干声をひそめた。
「これから行くところも少し気が重いし」
「気が重い?」
「うーん、まあ、ちょっとね」
もう一度、ちらりと後続の馬車に目をやってからメグナは口をつぐんだ。
「いろいろあるんよーありありなんよチミィ」
声を上げたのは御者の帽子の上に陣取ったシャールだ。その狭い領土に何やら道具らしきものを広げながら、片手間にこちらに話しかけてくる。
「自分が気にしてなくても人が気にして仕方ないときって、扱いに困ると思わないー?」
「……?」
「シャール! 変なこと言わないでよ」
咎めるようにメグナが言うと、シャールは口を尖らせて一言だけつぶやいた。
「だってメグナが気にしてたのに」
「う……」
メグナが気まずげにうめいて黙り込んだ。
とりあえず何かがあるらしい。それが何かは分からないけれど、まあ行けばわかることだろう、おそらくは。
結界が張られているため一か所しかないウィローヌ市の出入り口をくぐり、省吾たちは一日をかけてゴナ市へと到着した。いや、正確にはゴナ市だったところに到着した。
というのも、ゴナ市があったところには、都市の痕跡しか残っていなかったのだ。




