竹内省吾、入隊
「えええええいッ!」
省吾の捨て身の攻撃は。
(……くっ!)
傀儡が突如身をひるがえしたために外れた。
その茶色の体表が、手からほんの数センチを先をかすめてすり抜けていく。もちろん能力は発動しない。大切な友達も救えない。
だがその前に。
(このままじゃ死ぬ!)
地表がすさまじい勢いで近づいてくる。
もうだめだ。省吾は諦めて目をつぶった。
「ショウゴ!」
身体が優しい風に包まれた――と思った次の瞬間、省吾は宙を滑っていた。
「……メグナ」
「もう! あんな無茶して!」
泣きそうな顔でメグナが言う。省吾は彼女に抱えられていた。
恐怖に高まった鼓動が胸をたたくこんな状況だけれど、省吾はメグナに小さく笑いかけた。
「ごめん」
「わたしは逃げてって言ったのに」
「友達からは逃げられないよ」
はっとメグナが目を見張る。そしてそれからぎゅっと口をかみしめた。
「……馬鹿」
「あいつを止めよう。ぶっ潰してやろう、一緒に」
「うん!」
飛ぶスピードが上がった。先を行く傀儡に追いすがる。相手はゆっくり飛んでいるように見えてかなり速い。そのまま追っても追いつけない。
「なら!」
メグナが掲げた右手から光がほとばしる。冷たい色のそれは、敵の両翼に命中し動きを鈍らせた。よく見ると冷気なのだろうか、凍りつき、ひび割れているのがわかる。
「よし、今!」
ギュン! と勢いを上げて二人はドラゴンに接近した。地上では屋根を伝ってカッサムが移動し、敵の懐に跳び込もうと狙いを定めている。
これなら勝てる。そう確信した時だった。
「……!」
ドラゴンが一際大きく咆哮した。同時に身体の各所から光があふれ出す。一旦溜めるように間を置いてから、全方向に一気に光線が放射された。
「うわ!」
身体のすぐ脇を高エネルギー波がかすめる。いやかすめるだけにはとどまらない。こちらに向けて光が勢いよく収束する。
メグナが即座に光壁を展開した。が、一瞬の間もおかずにそれは音を立てて四散した。
今度こそ死んだ。そう思った。
だがやはりまだ意識は続いていた。
「なんだかうまくいかない日だねえ」
涼やかな声が聞こえる。枯葉色の後ろ姿が目に入った。
「アガタさん……」
「や。どうも」
後ろ手にひらひらと手を振って、アガタは空中で姿勢を整えた。
「やっぱりどうにも空ってのは落ち着かないよ」
「班長、ここからどうします?」
あまり緊張感のない彼と反対に険しい声でメグナが訊ねる。アガタは気のない声でそれに答えた。
「どうしようね」
「班長!」
「いやさ、今の防御でとどめに使う用に溜めてた力のほとんどを使っちゃってさ、また準備し直すと時間がかかるんだよ。だいぶ」
「そんな……」
絶句する省吾にアガタは振り返って続けた。どこかからかうような目で。
「だから君に頼みたいんだ、ショウゴ君」
ほんの少しだけ躊躇った。しかし本当は考えるまでもなかった。
「やります」
「よし、それじゃあよろしく!」
同時に、地上からとてつもない踏み出しの音が聞こえた。
「うらあああああッ!」
それはドラゴンではなく省吾たちの方へと近づいていた。速い。カッサムだ。
メグナが光壁を展開。その斬撃を受け止め、しかし勢いを殺しきれずに二人一緒に弾き飛ばされる。そして弾き飛ばされる方向には、傀儡。
目が回りそうな速度で、巨大な敵がみるみる近づく。省吾はその身体に向けてなんとか手を伸ばした。
しかし相手は身体をひねってそれをよける。少し、ほんの少しだけ、届かない。
「メグナッ!」
「うん!」
メグナの光壁を蹴ってさらに空中を進む。あと少し、わずか、紙一枚分の厚さだけ。
「いっけええええッ!」
触れた。
その指先で光が閃いた。
断末魔の叫びがとどろいた。
◆
ボロボロと崩れ落ちるドラゴンと一緒に地表へと落下しながら、省吾は考える。僕は確かに一人ぼっちだった。弱虫で、意気地なしだった。
でも今はなんだか違うらしい。この世界で友達もできたし、自分は案外勇気があったみたいだ。
だから思う。もう少し、もう少しだけ、新しい自分を発見できるここにいたいな、と。
◆
まっさかさまに落下を続け、それからそれは唐突にボフッと終わった。
「……え?」
柔らかいマット(だろうか?)に埋まって、省吾は疑問の声を上げた。
「ビーンゴ! シャール・マール・ラトル特製柔らかいろいろ吸収マット、無事威力を発揮したよーん!」
甲高い声がして、目の前に小さな人影が飛来した。
「どよ! あたし! 最高じゃーん!」
「シャール……」
起き上がって、くらくらする頭を押さえながら訊ねる。
「これは君が?」
「違うよ」
「違うのかよ」
「お、いいツッコミ。当たり前じゃん。マット作成したのはあたしだけど、落下位置までは予測できないって。したのはアガタ班長ね」
見上げると、当の彼がゆっくりと降下してくるところだった。
「そっか、あの人が……」
「でもあたしも助けてあげたよ?」
「え? どこで」
「ショウゴが傀儡に届きそで届かねー、あともうちょいでヘヴンなのにーてっぺんなのにーってあたり」
「ヘヴン?」
「紙一枚分の厚さの距離、絶望的な間隙の空隙! 最後にそれを埋めたのは何を隠そうあたし」
「マジで!?」
仰天して立ち上がろうとするが、マットに足を取られて転倒する。
それに構わずシャールは得意げに続けた。
「省吾の背中のあたりね。見てみ」
言われた通り後ろを探ると、手に触れる柔らかい何かがあった。つかんで目の前に持ってくると、なにやら小さな翼のような何かが手の上にあった。
「……なにこれ」
「見ての通り小さな翼。チーサナツバーサー。特許もとってあるからパクるの禁止よ。オーケーよ?」
どうやらこの翼が最後の一押しをしてくれたらしい。
「でもいつの間にこんなもの……」
「つけたのは班長ね」
「また班長? いや気づかなかったよ。一体何なのさあの人は……」
呆れて見上げる。だいぶ低いところまで降りてきたアガタは、こちらを見てにこりとした。
「やあお疲れ」
「はあ……」
「ありがとう。君のおかげで助かった」
「ど……どういたしまして」
「さて……」
彼はそこで小さく間を置いた。
「まだ君の選択、聞かせてもらってなかったね。こんな時であれだけど、いいかな?」
「……」
省吾はひたとアガタの目を見据えた。そこには相変わらず面白がるような光しか見つけることはできない。それはある意味では無表情と同じだ。何も読み取れないし読み取らせない。だが、そう悪い人でないことは何となくわかった。そうだ、メグナがそう言っていたのだ。
そして。通りの向こうからカッサムが姿を現し、空からはメグナもまたゆっくり降りてくる。戦いで少し髪の乱れた彼女と視線を交して。省吾は口を開いた。
「入ります」
ゆっくりと繰り返す。
「入らせていただきます、特務班」
「いいのかい? 結構きつい仕事だよ?」
おどけたようにアガタが言った。
「今さら何言ってるんですか。しかもあなたが。今日のでもう十分わかりました。でもやります。やりたくないっていっても巻き込まれるなら、自分から飛び込んでやります」
「いいね、その意気だ」
お互いに笑ってから、ショウゴとアガタは握手を交わした。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
改めて見回すと、「ヘーイ、よろしく!」とシャールは親指を立て、「……ったりぃなあ」とカッサムは顎を掻き、メグナは。
「……よろしくね、ショウゴ」
はにかみながら右手を小さく差し出してきた。
その手をそっと取って握り、省吾は頷いた。
「うん、よろしく。メグナ」




