だから今の僕はもう
傀儡の口から放たれた仄紅い光芒。それは一瞬で広場に押し寄せ、焼き尽くしたかに見えた。
しかし。
「はッ!」
空に飛びあがったメグナの手の先で光の壁が展開し、敵からの膨大な圧力を受け止めた。
激震。網膜が光に蹂躙される。
目を開けると、空でメグナがよろめいていた。しかし彼女も広場も無傷だ。
「逃げて!」
メグナが叫ぶ。その声でようやく我に返ったかのように、広場からいくつもの悲鳴が上がった。人々が広場の出口、通りの方へと殺到した。
避難誘導も何もあったものではない。混乱に混乱を重ねた人の激流。怪我人もきっと一人や二人ではないだろう。
「メグナ!」
慌てて櫓を下りながら空に叫ぶ。
「ショウゴ、やっぱり逃げて! 守り切れない!」
「でも……」
「いいから、お願い!」
必死の表情で彼女が叫ぶ。
「わたし、友達に死んで欲しくなんかない……!」
そして上昇、一気に速度を上げると、空の傀儡の方へと飛び去った。
「メグナ……」
どうすることもできずにつぶやく。
空からもう一度、すさまじい爆音が響いた。
◆
メグナの言う通りに何度も逃げようとはしてみたが、足が動かなかった。このためらいが次の瞬間には命を失うような事態につながってしまうかもしれない、そう理解しつつも、どうしても逃げることができなかった。
誰もいなくなった広場から呆然と見上げる。そこではどうしようもないほど巨大なドラゴンと、悲しいくらい小さな少女が戦っている。質量そのものが凶悪な武器となる傀儡に対し、メグナはあまりに頼りなく見えた。
それでも彼女は退かなかった。素早い飛行で敵を攪乱し、死角から衝撃波を叩き込んでいく。ドラゴンはそちらに気を取られたか、少しずつ高度を下げたようだ。
そしてその隙を見逃さない者がいた。
「おおおおおおおッ!」
地から響く打倒の声。切り倒す鋭利な豪烈波。建物の間から跳びあがったその影は、ドラゴンの腹を狙って真っ直ぐ刃を抜き放った。
ギィン! と激しい音がして、しかしカッサムの軍刀は受け流される。傀儡はその爪でもって攻撃をいなして見せたのだ。見かけによらず器用で精緻な敵だ。
すれ違うように位置を変えたカッサムは、足場がないために地上に落下を始める。そこを狙ったドラゴンの攻撃が……と思いきや。
メグナが展開した光壁を蹴って、再びドラゴンへと襲い掛かった。
「ふんぬッ!」
今度は手ごたえがあったようだ。ドラゴンが悲鳴を上げて、また少し高度を下げた。しかし勢いはまだ全く衰えない。
「僕は……僕はどうすれば……」
両手を見下ろす。そこに在るはずの能力は、だがあまりに心許なかった。自分は彼らと違って戦士ではないし、勇気もないのだから。
その時、背後から何かが聞こえた。
「う……」
「……?」
そこには倒壊してしまった舞台の残骸がある。その脇に、瓦礫に半分埋もれた人影があった。
はっとして駆け寄る。
「り、リッカーさん、大丈夫ですか!?」
「……ショウゴ君かね」
彼は傷を負って頬から血を流しながら小さく咳をした。
「何ということだ……クリューブスめ。こんな化け物を送り込んでくるとは」
「い、今守護隊の人を」
呼んできます。そう言おうとしたところで、手首を強くつかまれた。
「頼む」
「え?」
「お願いだ。わたしの、わたしたちの街を救ってくれ。頼む」
そう言う彼の目には強い光が宿っていた。砂漠で、歩けなくなった者が遠くのオアシスに注ぐような、激しい渇望の光。
「君には力がある。もちろん無茶を言っているのは分かる。しかし君を見込んで頼みたい。君が自分で思っているよりもずっと強い君に。わたしはこの街が好きなんだ……孤独を超えようとする、この街が……」
次第に力を失い、とうとう彼は意識を失った。省吾の手首から、彼の手が離れた。省吾は絶句したまま動けずにいた。
戦闘の音が背後で響く。それでも、そこに赴くのは、無茶だ。
(そうだ、だって僕には戦う力なんてないんだ……僕なんて非力だし、意気地もないし)
そして何よりも嫌だったが、認める。
(一人ぼっちな、弱虫だし)
『わたしは、ショウゴの、友達だから』
(え?)
脳裏に響いた声に、省吾は思わず顔を上げた。
『わたしが、ショウゴと、友達になりたいと思ったの!』
「……」
……ああ、そうだ。彼女は。メグナは確かにそう言ったのだ。
「僕は……」
ゆっくりと立ち上がる。だから僕は、今の僕は――
「今の僕はもう、一人ぼっちなんかじゃないから……!」
そして、友達を危険な目に合わせたまま見捨てるなんて、当然そんなわけにもいかないのだ。
省吾はある場所を目指して地を蹴った。
◆
必死に足を動かす。階段の一段一段を蹴り離し、最上階を目指して駆けあがる。
ぜいぜいと肺が悲鳴を上げる。大腿の筋肉がちぎれそうなほどに痛んでいる。
そして目は。行く手を見据えてそらさない。
「メグナ……!」
走り続ける。あの強くて優しい少女を救うために!
鍵のかかっていた扉を蹴り開けて、省吾は屋上へと飛び出した。
風が顔に当たる。あの夕焼けの日と違って少し熱くてきな臭かった。
(ここからなら届く!)
この街の一番の高所、図書塔の屋上。そこからはウィローヌのすべてが見渡せた。もちろんそれを蹂躙する破壊者の姿も。ドラゴンはここから離れたところを身体をくねらせるようにして飛んでいた。
身をくねらせているのはメグナたちの攻撃をよけるためで、その猛攻に圧されて、ドラゴンは少しずつこちらに近づいていた。
目を閉じて深呼吸する。必要なのは覚悟。それだけだ。
目を開いて、省吾は駆けだした。最後のダッシュだ。柵を飛び越えさらに縁を蹴って、空中へと身を躍らせた。
ちょうど真下をドラゴンが飛来していた。その身体を打ち付けられた図書塔が折れて崩れ落ちる。まるで紙細工の立体模型のように。
「くらえええぇぇッ!」
省吾は叫び声をあげて、敵の背中へと飛び込んでいった。




