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赤い爪

作者: 風谷かほる

 気が付いてみれば、爪が真っ赤だ。


かたわらには赤いマニキュアのボトル。


はぁ。とため息をついた。なんてきれいな赤色なんだろう。


少し暗みを帯びた赤。その色は深く、艶やかである。


 ただしこれは普通のマニキュアではない。


この赤は他人には見えない。この色は自分にしか見えないのだ。




 会社はネイル一切禁止のお堅いところ。


一般的な事務職なのだけれど、化粧も色使いや濃さに対して厳しい。


いや、厳しいというより口うるさい。




 女性としてはただでさえ仕事のストレスがあるのに化粧やアクセサリーまで厳しすぎると閉塞感を感じる。


女は化粧や服装などですこし鮮やかな色を足したりして個性を出したり気晴らしをする生き物なのだ。


ただでさえ地味目な制服で面白みも何も無いのに。


男性社員はスーツやネクタイの色柄を好きに組み合わせている。


まぁこの会社自体男性社会で主戦力も男性、女性は事務仕事に数人雇われているだけだから地味だろうがなんだろうが会社のイメージが優先なんだろう。




 なぜ社会ではこんなにも女性は個性ではなく「女性のイメージ」で語られるのか。


女性らしくこうしろだの清楚感を重視しろだの、言い出したらキリのない注文。


仕事が軽くて余裕のあるときは「仕事のときだけあわせておいて、休日は好きなように。」と割り切れるが、忙しくて余裕が無いとそうとも言っていられない。





 本当に忙しくて余裕が無いときというのは自分のみだしなみにかまっている暇はない。


だが本当に大変なときだからこそ、色彩の力を借りたくなる。


エネルギッシュな赤色。同時に攻撃的でもあるがこの事態、攻撃的でなくてどうやって乗り越えるというのだ。




 日々地道な事務作業を就業時間内にこなし、残業もほとんどしなくて済んでいたところに大きな仕事が舞い込んできた。


他社との取引で起きたトラブルだった。


うちの会社と相手の会社、どちらがミスを起こしてどちらが悪いかのかも分からなかった。そこで双方洗いざらい過去の取引や資料などを確認してトラブルの原因から探し出さなければならなかった。


そこで私が普段の事務作業から離れてそちらの仕事をすることになった。


はっきりいって膨大な作業量なため私一人ではどう考えても足りないのだが、普段の事務をおろそかにできないからと他の事務の職員はこちらに来なかった。




 トラブル解決に一緒にあたったのは一人の若手男性職員だった。


彼は職場の中では割と私と年も近かったので話してみたかったのだがなかなか機会がなく、まさかこんな形で仕事を一緒にするとは思っていなかった。


外回り中心にあたる人の中でもかなり若手だったので彼一人の責任ではないものの尻拭いを任せられてしまったのだろう。




 仕事をするのが気楽な同年代とだとは言え、責任が重く膨大で地道な作業な上に早くなんとかしなくてはならない。


それからというもの、今までほとんどしなかった残業が毎日遅くまで続き、休日も出勤して仕事にあたった。


それだけ必死だった。


始めの一週間はなんとかがむしゃらにやったが二週間目からは辛くなってくる。


三週間目に入るともう逃げたくなってくるくらいだ。


そんなとき、このマニキュアに頼ることにした。


美しく赤く輝く色を見て、なんとかもう少し立ち向かおうと思えた。


この仕事はいずれ終わる。終わらせるために戦うのだと。


赤い爪、それだけで自分が少し強くなったような、力を得たような気がした。




 相手との話し合いなどは外回りの彼が全面的にやってくれた。


普段の仕事ですでに彼は相手と面識があったそうだがそれでもトラブル処理となると苦労していた。


私も電話やFAXで相手先と確認を取りながら原因を突き詰めていった。


 結局原因は相手先にあったが気づかずに進めてしまったこちらも悪いということで、トラブルを突き詰めて解消することができたことだし、ここは平和的な和解となった。




 不思議との仕事と戦い続けた1ヶ月間、時折手入れはしていたもののマニキュアはまったく欠けることも剥がれることもなかった。


 仕事をこなせたことで私は自信をもつことができた。


 仕事を一緒にしていて、彼は本当に仕事に真面目に取り組む人なのだと分かった。


 相手先への対応も丁寧だったし、私と話している時も分かりやすい説明をし、自分の主張を明確に伝えることができる。


 この仕事も終わったことだし、お互い健闘したから食事でもしてゆっくり話がしてみたいな、と思った。


 



 仕事が終わっても彼は上司に報告したりとまだすこしやることが残っていたようで食事に誘ってくれる雰囲気もなかったからこちらから誘うことにした。


 「○○さん、今晩食事でもどうですか?一つ大仕事が終わりましたし。」

そう声をかけると彼は少し困ったような顔をしたが、報告をしていたさっきの上司が側に来て、


「おっ、飲みか?いいじゃないか、行こう行こう。あそこの焼き肉屋でも行こうじゃないか。な?」

そう言って上司は彼の背中をバシバシ叩き、上司と私と、浮かない顔をした彼の三人で焼き肉屋に行くことになった。




どうして上司が入ってきたのかも彼が浮かない顔をしているのかもよく分からなかったが、それは店に入ってから一度私が席を立ったときに分かった。


「お疲れ。どうよ、今まで仕事をしたことがないやつとしてみて。□□さんとはどうだった?うまくいったようで良かったと思うが。」


「僕、この仕事であの人のこと少し怖くなったっていうか、とにかくもうあまり関わりたくないんですよね。彼女、とても仕事頑張っていたのは分かるんですけれど、睡眠不足で機嫌が悪いのか冷たい物言いをされたような気がしたときもあったし、なにか攻撃的な雰囲気もあったし...

 そう言えば爪。彼女の爪、気がついたら血のように真っ赤になっていたんですよ。もうそれがあまりに強く印象に残ったもので...。なんだかトラウマになりそうです。」


「爪?うちの会社ネイル禁止だったろう?まさか彼女に限ってそんな...物静かで周りに合わせるような子だと思っていたけど。」


「僕もそう思っていました。いままでは。でも違ったんですねぇ。なんて恐ろしい人だ。他の事務やってる女性社員と同じと思っていたのに...」


席に戻ってくる途中で聞こえた彼の愚痴に思わず反応して、柱の影に隠れて聴いていたが、もう耐えられなくなった。


私はそんなつもりじゃなかったのに。私はそんな人間じゃないのに。でも他の女性社員と同じってそれもひどい...。


 柱の影からザッと出て、テーブルの横に立ち、彼の顔を直視した。彼も上司も恐れおののいたような顔でこちらを見上げていた。


 もうどうしようもなくなって、「お先に失礼します。」と言って店を飛び出した。


 手で顔を拭ったら涙で濡れた。泣いていたようだ。


 家に着いてふと手を見ると、マニキュアはひびが入っていて、ボロボロと無惨に剥がれ落ちていた。

 とりあえず思いて勢いで書いてしまいました。

赤いマニキュア欲しいなぁ。


男性からすると、マニキュアってあんまり好印象じゃないらしいです。


いいじゃない。休日ぐらい好きにしたってぇ。

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