波打ち際
行きがあれば帰りもある。足を滑らせたら大怪我間違いなしの階段を今度は下るのか、とため息を吐いていると、ルゥが笑顔で翼を広げ、俺とヨルカの手を取り、いきなり浜辺へ向かってジャンプ、なんて事件が起きたりした。
お陰でしばらく足腰が立たなかったのだが、ヨルカの看病もあり、数分くらい立ち上がれるくらいの元気を取り戻した辺りで、姿を見失っていた姫苺さんが現れる。
手には先ほども見た銀色の大きなスプーンと、木の枝や、海藻……
「ひょっとして、毎日浜辺の掃除を?」
「それが仕事だし」
果てしなく続いている浜辺を、一人で守っているらしい。
違和感を覚えるほどのこの白さは、毎日きちんと掃除がされていたからだったのか。
「この海にはね、人魚が住んでるのよ」
「人魚……?」
「人魚じゃないと獲れない深海魚がいて、それが私の好物なの。で、その魚の捕獲と交換で、浜辺の清掃と護衛をしてるってわけ」
「毎日?」
「そりゃそうよ。生きてるんだから毎日お腹は減るし、敵だっていつ現れるかわらかないでしょ」
「……敵って?」
「敵は敵よ」
サクッとスプーンを浜辺に刺し、その場に座る。
「人魚は希少種だから捕獲しようと目論むバカもいれば、食べようとするモノもいる。実際、私がここを守り始めてどれくらい経ったかよく覚えてないけど、千以上の敵を撃退してるわ。ま、ここ最近は私のコトが広まったのか、襲撃も少ないけど」
「……へぇ……」
ただただ、感心をしてしまう。
こんな広い浜辺を、どこからどんな敵がどのくらいの数で襲ってくるかもわからないのに、ずっと一人で守り続けてるだなんて……
「ねぇ人間? カズト……だったかしら?」
「ん?」
姫苺さんは、不敵な笑みを浮かべる。
「あなたに、ココの海と魚と人魚たちを見捨てる、そんな価値があるの?」
「っ……」
見捨てる、という言葉は気になるが、似たニュアンスなのは間違いない。その事実にどう返すべきか言葉に詰まっていると、ルゥがつまらなさそうなため息を吐く。
「はぁ、オチが見えたわね……ヨルカ、お勉強の時間よ」
「へ? お勉強ですか?」
意味深なつぶやきだけを残し、ルゥは錬金術のアイテムだろうモノをいろいろと浜辺に並べだし、ヨルカと『お勉強』らしいことを始める。
パッと見、何かの薬を調合し始めたみたいだけど……
「へぇー、その赤い髪の子、変わった魔法を使うのね」
視線を戻すと、微かに笑顔を浮かべている姫苺さんは、何故かコリルを抱っこしている。
本当に何故だろう?
「その子、ずっと気になってたんだけど、種族は? 見たことない巻き角だけど?」
「えっと……」
あれ? そういえばルゥって、種族は何なんだろう? 魔王? いやそれは種族じゃないか……
「何よ、ぽけーっとして?」
「あー、いや、知らないんだ、ルゥの種族……」
「へ……? ん? あなた、その子の契約者なんでしょ?」
「そ、そうだけど、別に、種族が何とか関係ないし、気にしたこともなかったかな……」
だって、ルゥはルゥだし。
「……あなた、バカなのかアホなのか、区別が難しいわね?」
え? その二つに違いってあるの?
「あるじ様はこういうお方なのです」
「そ、そうなの?」
「はい、こういうお方なのです」
コリルにそう言われると、呆れたような表情が少しだけ柔らかくなる。
「まぁ、変なのはわかったわ、それが『守る』には繋がらないけど」
「変……」
「カズトが変なのは今更ですわ」
変人レッテルに微かに落ち込んでいると、ルゥとヨルカの様子を見ていたエルトがこちらへとやってくる。
「あのぉ、エルトローネ様は、どうしてこんな変人の使い魔を?」
「っ……ま、まぁ、偶然や奇跡や気まぐれが、同時に舞い込んだ結果でしょうか」
微妙に額に汗をかきつつ、俺をジト目で見ながらの返答だ。
「偶然や、奇跡……」
「そ、そんなことより、少し勝負をしませんか?」
「勝負、と言いますと?」
「私、今、この身体でもある程度の力を出せる訓練の途中なのです。現時点で元精霊王の守護騎士だったあなたにどこまで通用するか、その力試し……は建前で、もしカズトの守護騎士になるのだとして、あなたをどこまで信用していいか、その見定めです」
俺には建前の方が本音にしか聞こえなかったのだが、姫苺さんはそうは取らなかったらしく、瞳に真剣さが混じり出す。
「私の一撃を軽くやりこなせばあなたの勝ち……その時には、ルゥの種族を教えて差し上げましょう」
「……負けと判定されるような場合は?」
「特別何も。私が一方的に仕掛けた『勝負』にのってくれるのですから、条件も一方的でなければ等価交換にはなりませんわ。と言っても、それで等価交換になるとは言いにくいですけども」
「そりゃそうよ」
割って入ったのは、もちろんルゥだ。
「わたしの個人情報を仲間でもないヤツに流すだなんて条件、どこが等価交換なのよ?」
「あのおバカさんは何か勘違いしていますが、姫苺さん、私はもちろんあなたほどの人物に攻撃を受けて貰えるだなんて光栄、という意味で言っております」
「そう仰って頂けて、こちらこそ光栄です」
今、バカって言ったわね!? と騒いでるルゥは無視され、会話は続く。
「ただ申し訳ありません、その『勝負』、お受けすることは出来ません」
「……何故、と訊いてもいいでしょうか」
「この人間が、私の敵にならないとも言い切れませんので」
「……へ? 俺?」
思いがけない形で会話に混ぜられ、戸惑っていると、エルトは閉じていた日傘を広げる。
「なるほど、確かにその通りですわね……残念ですわ」
「申し訳ありません」
えっと、俺が敵になる可能性があるから、力は見せられないってことで、いいのか?
あとでコリルかルゥに答え合わせをして貰おうと思っていると、特に残念そうな表情を浮かべていないエルトは、『お勉強』をしているらしいヨルカの方へと戻り始めながら、本当に小さな声でつぶやく。
「まぁ、うちの預言者が言うに、オチは見えてるらしいですけど」
「え? 何か?」
「いいえ」
姫苺さんにはエルトの声が届かなかったらしく、不思議そうな顔をしていた。
二人の会話というべきか、交渉は終わったらしく、しばらくの沈黙が生まれる。なので今度は俺が……というのはおかしいかもしれないが、お願いをしてみる。
「あ、あのさ、姫苺さん?」
「ん……?」
「そのぉ、ここに住む人魚さんに、会わせて貰ったりとかって無理?」
「わたしがココに居なくても大丈夫かどうか、話し合いでもしたいの?」
「え? いや、単純に人魚ってどんな人たちかなぁって、興味があって」
「……興味?」
なんとなく、鋭さのある視線だ。
「せっかく会えるチャンスがあるなら、どんな暮らししてるのかとか、何を食べてるのかとか、異文化に触れてみたいなぁ、的な……ご、ごめんなさい、ただの好奇心です」
「……?」
姫苺さんは戸惑いに近い表情を浮かべていて、コリルは楽しそうに口を抑え、笑うのを一生懸命我慢している様子だ。
つい問い詰められている雰囲気で、本音をこぼしちゃったけど、まずかったか? 色々と考えてますよアピールをするならば、姫苺さんが言ったように、彼女がココに本当に必要なのかどうか情報収集がしたかった、とか言うべきだっただろうか?
そうだな、そっちの方がこの人賢いかも、みたいな流れになったか……失敗だ。花菱に絶対連れて帰ってこいって言われてるんだし、しっかりしなければ。
「いやいや、本当は姫苺さんがココに本当に必要なのか、情報収集がしたかったんです」
「ぶふっ!」
こらえきれなかったらしく、コリルが吹き出して笑い出す。
「あ、あれ?」
コレも、失敗、か?
「……あー、コッチかぁ、バカでアホな方かぁ」
変人な上、バカでもアホでもあるというレッテルを貼られてしまった!
やばい! 確実に失敗してる!
「え、えっと、人魚さんたちと会話をして、好きな食べ物とかリサーチ出来たら、それを元に召喚契約出来たりする可能性があるから、実は召喚士的な意味が強い方向でっ」
「カズト、頭の悪さがにじみ出てますから、もう黙った方がいいですわよ」
「まぁまぁ、これがカズトのらしさだし、いいんじゃない?」
「……」
え? もしかして、ドツボにハマってる? コリルはバシバシ砂を叩きながら笑ってるし、ヨルカは不思議そうな顔をしてるし、ミルカは苦笑い浮かべてるし……
なんて思っていると、バシャッ、と背後から大きな水音が聞こえる。
「あぁ、やはりこの魔力、マスターでしたか」
続けて聞き覚えのある声に、振り向く。
「皆さまお揃いで、どうしてこの浜辺に?」
首を傾げていたのは、つい昨日も会ったばかりの人魚……俺と召喚契約の間柄にある、スイだった。




