お弁当と狐のお面
教室に戻り、しばらく机で休んでいると、すぐに昼休みとなった。
鬼島先生が教室を出て行くと同時に、すぐさま振り向く。
すると今日も運よく、雨澄の姿があった。
「……」
昼食を食べにいかないのか、頬杖をつき、窓の外を眺めたままで動かない。
ひょっとして、昼休みになっていることに気づいていない……なんてことはないか。
ならどうして座ったまま? それに……なんだか機嫌が良さそうだ。
どうしたんだろう? 俺が教室に居ない間、何か良いことでもあったんだろうか?
「……ご主人様?」
色々考えながら雨澄を見つめていたら、ヨルカに手を引かれる。
よ、よし……雨澄が機嫌良さそうならチャンスじゃないか、今日も誘うぞっ!
「あ、あのさ雨澄――、」
「式原くん」
雨澄に声をかけたとほぼ同時に、名前を呼ばれる。反射的に振り返ると、いつもよりちょっとだけ顔の赤い雛祭が立っていて、手には二つのお弁当があって……
「こ、これ、お弁当……」
「あっ、うん……本当に作ってきてくれたんだ」
「は、はい……や、約束でしたし……あ、でも本当料理が上手なわけではないですよ?」
とても恥ずかしそうに言っている雛祭を見て、ついにやけてしまう。
うわー……本当に作ってきてくれたよ、これは、本当に嬉しい!
「それでは、食べましょうか」
「おう」
……おっと、雨澄を忘れていた。
「あのさ雨澄――、」
「何よ」
な、なんだか、ものすごく不機嫌そうなのは気のせいだろうか?
たった今まで、機嫌良さそうだったのに、あれぇ?
「え、えっと……一緒に昼飯でも――、」
「二人で食べれば?」
冷たくそういい捨てた雨澄は、じろりと雛祭に視線を送った後、立ち上がって教室から出て行くのだった。
「え、えっとぉ?」
何故かルゥが大爆笑しているのだが、俺にはサッパリだ。それと、あえてツッコミを入れさせてもらうなら、ヨルカもいるから二人じゃないんだけども。
「机、くっ付けちゃいますね」
「あぁ、う、うん……」
「ん? どうかしましたか?」
雛祭は今のやり取りを見ていなかったのか、不思議そうに首をかしげている。
「い、いや……別に」
「……? 本当、ですか?」
「本当だって。それよりヨルカの椅子はどうしよっか?」
「えっと、雨澄さんのをお借りしましょうか」
そう言われ、俺は雨澄の椅子を持ってきて、くっ付けた机の横に置く。
「ヨルカはコレに座って食べような」
「はい、わかりました」
「あっ……式原くん、ヨルカちゃんのお昼はどうしましょう?」
「それなら大丈夫。うちの口うるさいメイドもどきが作ってくれてるから」
なんて言うと、ルゥが俺のスネを思い切り蹴飛ばしてくれる。
「め、メイドさんがいらっしゃるんですか?」
「メイド……みたいなヤツがね、一応」
このメイド服とメイドカチューシャは伊達じゃないのよ! ってルゥは言ってたし。
「そうですか、それなら安心ですね」
「ただ、おにぎりだけだから、おかずは雛祭のを期待しなさいって言われたよ」
「そんな、期待されるほどのものでもないですけど……」
お弁当の包みを開いている雛祭を横目に、鞄からルゥとヨルカの弁当を取り出し、こっそりと片方、ルゥ用の方を膝の上に設置する。すると、先ほどまで俺のスネを蹴っていたルゥが、花の蜜に吸い寄せられた蝶のようにやってきた。
「毎日気づかれないようにお弁当を食べるのも大変なのよね……」
その呟きに、一応辺りを見回すが、そもそも教室には俺たちしか居なかったと気づく。
が、よく見れば、教室の出入り口に一人の女の子が立っていた。
おかっぱ頭に丸いメガネをしている、とても大人しそうな女の子だ。
こっちを見ている気がするけど……誰だろう? 見覚えは、ないけどな?
「あ、あのっ」
見られていることに耐えかねたのか、女の子の方から声をかけてくる。
「はい?」
「そのっ……一緒にお昼、食べてもいいでしょうか?」
「……はい?」
女の子の言葉につい首を傾げてしまう。雛祭を見てみたが、彼女も首を傾げた。
「えっと、その……私、一年二組のモエって言います。水のクラスです。私、クラスが違っていても仲良くするべきなんじゃないかと思ってて……その、それで訊ねてきましたっ」
「……はあ」
その『違和感のある理由』に、思わずため息のような反応をしてしまう。
この子、そんな目をしてないんだけどなぁ?
「そういうことでしたら、どうぞ、ご一緒しましょう?」
「あ、ありがとうございます!」
雛祭の言葉に、嬉しそうにモエちゃんは教室へと入ってくる。
まぁ、雛祭ならそう言うと思ってたけど……
「ねぇカズト、この子の目――、」
「わかってる」
ルゥの言いたいことは理解していたので、小声でそう返しておく。
すると、ならいいわ、って顔をして自分で用意していた弁当の包みを開け始めた。
まぁ、ルゥもそう思うなら『そう』なんだろうな。
「雛祭さんも式原さんも、お弁当なんですね」
泡波のを借りたのか、モエちゃんは椅子を持ってきてヨルカの正面に座った。
「ひっ……」
知らない人が増えたせいか、ヨルカが小さく悲鳴を上げながら俺の後ろへと隠れる。
「ん……? えっと、その子は?」
「あぁ、この子は俺の使い魔で、ヨルカ。これでも俺、一応召喚士だからね」
「へぇー……もう使い魔を連れてるなんて、すごいですね式原さん」
「…………まぁ、ね」
「そういえば、雛祭さんは何の属性だったんですか?」
「カズト、一応、気をつけておきなさいよ」
その後、モエちゃんのことが気になりつつも、四人でのお昼はとても賑やかで、楽しかった。雛祭が用意してくれたお弁当は絶品で、他のクラスのことも色々知っているモエちゃんの話も面白くて、こういう昼休みもいいな……なんて、思うのだった。
◆◆◆
午後の授業も終わり、ホームルームも終わったので、放課後となっていた。
午後は一応、俺なりに作戦などちゃんと立てて契約の試練に立ち向かったのだが、まったくもって午前と変わることはなく、フルボッコのまま終わっていた。
「うぅー、属性は関係ないんだなぁ」
モエちゃんの話を参考に水属性の人外も召喚し、予想通りの『我を倒せば』系の試練を対策通りに受けたのだが、結果は少しも変わらず、手も足も出なかった。
改めて『人外』は『人外』なのだと思えたことが、収穫だろうか。
「にゅぅ……」
見ると、くてーっと俺の机に寄りかかり、ヨルカが瞼を閉じていた。
「ヨルカ、大丈夫か?」
「はい……大丈夫れす……」
ホームルームの間に睡魔に襲われたらしく、すでに七割くらい寝ている。
「仕方がないな……っと、その前に」
ヨルカをおんぶして帰ろうかと思ったのだが、やることがあったと思い出す。
振り向くと、教科書を鞄に入れている途中の雨澄と目が合った。
「……何?」
「あぁ、この後、暇?」
「用事があるから……それじゃ」
昨日のように『用意していたかのような』台詞を言って、雨澄は教室を出て行く。
そして見れば、やはり泡波の姿もなく……まったく昨日と同じシチュエーションだ。
俺、雨澄と泡波に嫌われてるのかな?
「式原くん、それではまた明日」
「あ、うん、また明日」
雛祭も用事があるらしく、笑顔を残して教室を出て行く。
……うん、俺も疲れたし、帰ろうか。
「ヨルカ、帰るぞ」
「うにゅ……」
「……ほら、乗っかれ」
ヨルカの前にしゃがみ、背中を見せると、意味を理解したのかおぶさってくる。
ふわっとしたヨルカの髪がうなじに当たり、とてもくすぐったい。
「よし、帰るかルゥ」
「そうね」
机に座っていたルゥは返事と共に飛び上がり、俺の肩の上に座る。
そして、今後の契約に関する作戦の話などをしながら、寮へと帰るのだった。
◆◆◆
「……ん?」
それは、本当に偶然だったと言えるだろう。たまたま視界に入ったソレ。寮への帰り道、裏山へと繋がっているだろう道を歩いている、女の子の姿を発見していた。
「何よ?」
「あれ、雨澄……だよな」
雨澄がいつも腰にぶら下げている、狐のお面を被っているし……
「つい触りたくなるあのキレイな足……間違いないな」
「……」
「な、なんでそんな白い目で見てるんだよ?」
「別に。それよりあの子、裏山なんか行って何するのかしら?」
「……さぁ?」
あの素晴らしい足を維持するために、登山でもするのかもしれない。
「ねぇカズト、つけてみない?」
「えっ……それはさすがに、なぁ?」
「いいじゃない、バレなきゃいいんだし。ひょっとしたらあの子の弱み……じゃない、仲良くなれるきっかけが見つかるかもしれないわよ?」
「で、でもなぁ」
「ほらほら、見失うわよっ」
「お、おい……襟を引っ張るなって」
ヨルカをおんぶしているせいで、抵抗することが出来ない。
と、理由をつけておいて、俺はルゥと共に雨澄の後をつけることにした。
ルゥの言う通り、仲良くできるきっかけが、見つかるかもしれないしな。
「それにしても、あのお面はなんなのかしらね」
「……ファッション?」
「奇抜なファッションなことね」
「お前には言われたくないと思うぞ?」
「えぇー? メイド服、可愛いじゃない」
「可愛いとか可愛くないとかじゃないと思うんだけどな……」
なんて会話をしながら、一定の距離を保ちつつ、雨澄の後をつける。
なお、夜の校舎と同様、ルゥが認識妨害魔法をかけてくれているので、気づかれる心配はほぼない。もちろん、昨晩の泡波のようなケースもありえるが。
「ん……? あそこが、目的地か?」
急に道無き道を歩き出したかと思うと、少しすれば拓けた場所に出て、そこにある倒れていた大きな木に、雨澄は座る。山の中にぽっかりと開けた、ちいさな空間だった。
「ルゥ……ここ、何かあるのか?」
「別に、特別なモノは感じないけど……」
雨澄は木に座ったまま、まったく動かない。
ぼーっと空を見上げているようで、本当に、何をしているんだろう?
「……帰るか」
「ちょっと待って、アレ見て」
俺が帰ろうとしたタイミングで、雨澄は鞄から何かを取り出そうとしていた。
しばらくそのまま見ていると、手にはコミックサイズの本が。
「……漫画?」
俺とは違い、部屋に帰るとルームメイトが居て、誰かが居ると落ち着いて本が読めないからここへ来た……なんて、そんな感じだろうか。
「帰ろうか」
漫画を見るのが趣味っぽいとわかったし、見つかって邪魔になってもいけない。
なので、今度こそ帰ろう……と思った時だった。
「あ、忘れてた」
雨澄が、付けていた狐のお面を外す。
すると……
「……へ?」
俺は思わず、まぬけな声を上げてしまった。
そして一度目を瞑って首を振り、再度雨澄を見る。
すると、俺の目は正常と言わんばかりに、再び『ソレ』を見つけてしまった。
「なぁ……ルゥ? 雨澄の頭に……見えるか?」
「奇遇ね……わたしもソレが、気になってたところよ」
どうやらルゥにも見えるみたいで……『ソレ』、雨澄の頭にぴょこっと見える可愛い猫のような耳は、確かに存在しているようだった。