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不機嫌のルゥ

「うぁぁぁぁー、よるかぁ、ヨルカァぁっ」


「うにゃぁあ、うなぁぁぁぁっ」


 罰掃除の期間が終え、やっと本格的な夏休みに入った朝、俺はヨルカを抱っこしたまま床をゴロゴロと転がっていた。


 未だ、ヨルカは発情期が終わっていない。


「なぁヨルカぁ、いつになったら元に戻るんだよぉ」


「うにゃん」


「うあああああ! ヨルカをギュッてしたい! ヨルカをなでなでしたい! ヨルカと一緒にお昼寝しーたーいぃっ!」


「可哀想に……この暑さで頭のネジがゆるんでるみたいですわね」


「あんたが知らないだけで、カズトは昔からこんな一面があるのよ」


「へぇ、それは興味深い話ですわ……あ、このフィギュア、出来がいいですわね」


 ルゥとエルトは仲良くネットサーフィン中で、ヨルカと戯れている俺のことを話題に上げながらも視線はまったくこちらへと向けない。


「あるじ様、写真で見る限りわたしとヨルカさんはさほど大きさも変わりませんし、わたしを抱きしめたり撫でたりしてみるのは如何でしょう?」


「……試してみようか」


 その返事にガチャンと何かを落としたような音が台所から聞こえたが、気にせずコリルを抱きしめる。


「んー……」


「んふふ、頭も撫でてみてください」


「なでなで……」


「んふふふふふ、どうですか?」


「抱き心地は似てるけど、においが違うしくせ毛じゃないし、やっぱり違う……」


「……そうですか」


 ちょっと残念そうな声にコリルを解放し、なんとなくジト目で見ていたヨルカを再び抱きかかえて頭を撫でる。


 うん、毛は短いけど、ヨルカの撫で心地だ。


「発情期が終わらない理由が、何かあるのかもしれませんね」


 コリルもヨルカを撫でつつ、そんなつぶやきを漏らす。


「発情期が終わりそうな気配は、あるのですが……」


「……そう、なのか?」


 自分の髪の毛も触りながら、こくりと頷く。


「ここ数日、あるじ様にべったりしている時間がわずかにですが短くなっていますし、どことなくのらりくらりと感じていた動きも機敏になりつつありますし、兆しはあるんです」


「そっか……早く新しいプランターや薬草のこと、試してみたい薬についても相談したいんだけどなぁ」


 せっかく面白い戦い方、思いついたんだけどなぁ。


「何よ、それならわたしに話せばいいじゃない」


 もうネットサーフィンはいいのか、ルゥは座った目で近づいてきて、背中へともたれかかる。ピヨを仲間にした辺りから、未だに機嫌が直っておらず、正直、こんなに長期間機嫌が悪いルゥは過去に二、三度しか覚えがなく、少し心配もしていたり。


「知ってると思うけど、わたしは薬学の方面にも通じてるのよ? 魔法界のも、魔界のも、もちろん人間界のもね」


「それは十分に承知してるけど……この話は、ヨルカとしたいんだよ」


 結局というか、最終的に頼りになるのはそりゃルゥだけど、薬と言えば今はヨルカというのがウチのポジションだと思うし、試してみたい『あの薬』に関しては、こっそりとヨルカと進めていた話だし。


「……ふん」


「ど、どうぞ、ハーブティーです」


 そんなやり取りをやっていた俺たちの前に、ミルカがティーカップを並べた。それなりの高さから注がれる赤い液体からは、甘い香りが立ち上る。


「ヨルちゃんに育てて貰った私の村で有名だった薬草のケルモと、人間界の温かい地域で咲いているハイビスカスを混ぜたモノで、内臓の働きを良くしてくれますし、活力が生まれる効果もあるそうです」


 効果を聞きながらフッと湯気を飛ばし、さっそく一口。想像以上に熱くて少量しか口に含めなかったけど、花と薬草の香りが鼻を抜け、頭にあったモヤモヤを一気に吹き飛ばしてくれるような、そんな力を持っていた。


「ちょっと酸っぱいけど、甘みもあって、美味しい……」


「んふふぅ、よかったです。元気、出してくださいね、御主人様」


「うん……ありがと」


 ミルカの気遣いが嬉しくて頭を撫でると、薄らと赤かった頬が、さらに赤くなっていく。


「そ、そのぉ……えっとぉ……」


「……ん? どうした?」


「わ、ワタシも、ヨルちゃんと同じくらいの大きさですので、抱っこしても、いいですよ?」


 恥ずかしがり屋のミルカらしく、一生懸命勇気を振り絞ってそう言ってくれたというのが伝わってきて、すぐに抱きしめてしまう。


「わわっ……んっ……んんぅ……御主人様ぁ」


 抱きしめた瞬間にはビクッと驚いた風だったけど、すぐに身体から力が抜け、ミルカからも抱きしめ返してくれた。とろんとした声が、なんだか可愛い。


「でもヨルカとは違う……」


「あぅぅ……」


「さてあるじ様、そろそろエルトさんとの修行の時間ですし、今日も前もっての勉強を致しましょう」


 右手で手のひらサイズの青いベルを鳴らすと、コリルの左手には一冊の本が現れる。


「今日は降月(こうづき)流武術ですね」


 コリルの持つベルは、彼女の実家の自室にある特別な本棚から本を召喚するアイテムらしく、今はランダムで武術関連の本を呼び寄せているそうだ。


「へぇ、降月流の本も持っているんですのね、さすがですわ」


 いつの間にかそばに居たエルトが、コリルの手から本を抜き取る。


「さすがなのはエルトさんです、ご存知なんですね、降月流を」


「えぇ、まぁ、ある程度は……」


 生返事になっているところを見るに、その本にはエルトが興味を持つ情報が載っているみたいだ。


 言うまでもないとは思うけど、エルトは戦闘が大好きなので、ありとあらゆる武術の知識を集めるという趣味を持っている。先日、学園にある図書室から五十冊くらい剣術や槍術の本を借りて、全部俺が運んだという出来事もあったくらいだ。


「降月流って名前だし、日本の武術なのか?」


「はい、今は失われた攻撃に特化した武術だったそうで、なんでも、奥義は月を落とすほどの力を持っていたとか」


「ま、マジで?」


「と言いましても、魔族が進軍する前に失われたらしい武術ですので、月を落とすだなんて鼻で笑えるレベルでおかしな話ですけども」


「そ、そう……」


 魔法がない時代の技だと考えれば、そりゃそうか。


「一応補足しておくけど、降月流の継承者なら二人ほど生きてるわよ」


 ミルカの淹れてくれたお茶を飲みつつ、そう言ったのはルゥだ。


「サイレリアに調べさせた結果だし間違いないわよ……まぁ、二十年前くらいの情報だから、今はわからないけどね」


「それは、知りませんでした……会ってみたいです」


「私も是非会ってみたいですわね。所在、調べられますの?」


「一人は心当たりがあるけど、ヨルカが元に戻ったらねー」


「……? なんでヨルカが戻ったらなんだよ?」


 ヨルカも、うにゃー、と声を上げる。


「元々ヨルカがある程度強くなったら覚えさせようと思ってたからよ。ミルカにも覚えて欲しい武術があるから、楽しみにしてなさい」


「は、はあ……」


「ふむ……まぁ焦るようなことでもありませんし、楽しみにしておきましょう」


 本を閉じ、エルトは俺に手渡す。


「ではあるじ様、一ページ目から七ページまでは必ず読んで下さい。移動まであと七分ですし、最低一ページ一分です」


「わ、わかった」


 先日からコリルの提案で始まっていたのは、数多ある攻撃手段を一つでも多く覚えるという修行だった。知っている攻撃なら避けられる可能性が高くなる、という理由からだそうで、攻め側の修行かと思いきや、実は守り側である。


「エルトさん、基礎部分は大丈夫ですよね?」


「えぇ、問題ありませんわ」


 指導をしてくれるのはエルトで、意外と言ったら失礼かもしれないが、彼女は教えるという事柄が得意だった。しかも覚えるのも得意で、昨日初めて存在を知ったらしい合気道ですら、パラパラと本を流し読みしただけで自在に扱っていた。


 本人曰く、似た武術があるからそれをベースにしてやってみただけで、本物から考えれば七割程度のレベルだとことだったけど、ポイポイと投げられていたミルカからすればたまったものではなかっただろう。


 エルトも当然俺の使い魔なので、主に向かって攻撃は出来ないわけで、犠牲者はミルカになっているわけだけど、ヨルカが元に戻ればきっと彼女が進んでその役を買うんだろうな、なんて想像をしている。


「……」


 そんな会話に、つまらなさそうな顔をしているのは、もちろんルゥだ。ルゥは知識もあって実演も可能だけど、教える側にはまっっったく向いておらず、この修行は見守るだけな形になっているからで……


「ふん……」


 今後ある程度の種類の攻撃手段を覚えていけば、俺に攻撃が可能なルゥが攻め手となり、それを避けるという修行も始まるらしいのだが、要領が悪い、とエルトにハッキリと言われてしまったので、いつになることやらだ。


「降月流はこの型がベースになることが多いですし、まずはこれを身体に叩き込むことが一番だと思いますけど、どう思われますか?」


「そうですわね、降月流は攻めの型しかありませんし、カズトの性格から考えますとどうやっても同じなような気がしますわね……」


「あ、そうだ、薬草ドリンク作らないとっ」


 台所へ向かうミルカにですらちょっと冷たい感じの視線を送っていて、コリルがこっそり教えてくれたけど、今まで自分がやっていたことを全部誰かに取られているので、それで焦りを感じているんじゃないか、なんて予想らしい。


 ルゥは使い魔ってわけじゃないし、特別な存在でもあるわけで、そんな風に思っているとは考えにくいんだけど……でも、この不機嫌さ……


「あるじ様、あと三分ですよ」


「う、うん……」


 何かフォローした方がいいのかなと思いつつも、今やるべきことに集中するのだった。


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