訓練
あぁ、わかっていたさ。昨日の時点で予想はしていたし、心構えも出来ていた。
「ちょっと、アレ見て……」
「うわぁー……アレってやっぱり、アレだよね?」
しかし、実際ソレに直面すると、かなりクルものがある。
「手を繋いでるのがまたヤバいよな、アレ」
「真性かよ……通報した方がいいんじゃないか?」
ひそひそと聞こえてくる周囲の声に、ちくちくと感じる刺さるような視線。
言うまでもなく、そのすべては俺に注がれており……
「ご、ご主人様、人間がいっぱいですね……」
「あー……そうだな」
「手、絶対に離さないで下さいよ?」
「あー……うん」
事態の原因は、俺の手をがっちりと握り、おどおどと辺りを見回しているヨルカだった。
使い魔は通常、魔力がリンクしている主人から十数メートル程度しか離れられないというルールが存在し、そのルール通りヨルカも俺から離れることが出来ず、登校する際も連れて行くしかないという状況になっていた。
うん、使い魔契約する前から、知ってたけどね……
「くすくすくすくす……もう、最高っ!」
「本当、性格悪いよな、お前はっ……」
ルゥは俺の状況をただひたすらに楽しんでおり、空中を飛び回っては楽しそうに笑っていた。叩き落としたい衝動に駆られるのだが、うまく右側、ヨルカの手を握っている方を飛び回っているせいで、それも叶わない。ちくしょう、憎らしい!
「ルゥ様お願いします二度と偉そうな態度は取りません助けて下さい、って土下座しながら言うんなら、ヨルカに認識妨害魔法かけてあげてもいいわよ?」
「今更おせーよっ!」
出発前の言葉だったら本気で考えたことだろう、それくらいこの状況はきつかった。
この後、教室で雛祭や雨澄たちに何を言われることやら……
「はぁ……」
考えるだけでも、憂鬱だった。
◆◆◆
「うん、取り越し苦労だった」
そんな独り言を呟いたのは、教室に到着し、自分の席へ座ってから数分後だった。
教室に入るや否や、姿が見えた雨澄と泡波にどんな暴言を吐かれるものかとビクビクしていたのだが、それはクラスメイトを理解出来ていない、俺の被害妄想に過ぎなかった。
「……」
だって、二人とも完全に無視してるからねっ!
そうだよな、暴言なんて吐くはずないよな! はっはっは、はは、は……は……
「ご主人様、どうして泣いてるんですか?」
「いや、ちょっと目にゴミが入ってな……」
「っっっっっ!」
ちなみに、ルゥはもう声も出ない笑いに達しているようだった。
「おはようございま……す?」
昨日と同じく、ついこちらも笑顔になってしまうようなスマイルで教室に入ってきた雛祭だったのだが、俺を……俺の横に居るヨルカを見て、不思議そうな表情へと変わった。
うん……その反応は正しいよ、うん。
「耳……?」
「お、おはよう、雛祭……」
「えっと、その子は?」
ゆっくりと近づきつつ、そう問うてくる雛祭に、俺は苦笑しながら少し大きめの声で説明を始めた。ちゃんと、残りの二人にも聞こえるようにな。
「なるほど、それではヨルカちゃんも今日からクラスメイトなわけですね」
「まぁ、そんな感じかな」
登校中もそうだったが、ルゥが言っていたように、誰もヨルカや俺という存在に恐怖したりすることはなかった。まぁ、ヨルカに関しては小さな人間の子に猫耳と尻尾がついてるだけだから、人外だとは思われていない可能性があるけど……
「よかった……もしアレでしたら、アレするところでした」
「え? アレって、何?」
「カズト、気づいてないの? 多分、みーんなヨルカのこと人間だと思ってるのよ?」
こそこそっと耳元で囁いたルゥのその言葉に戦慄が走った。
そうか、このシチュエーションはヤバイ! 猫耳と尻尾のついた小さな女の子にご主人様とか呼ばせて連れて歩いてるヤツに見えるじゃないか!
「……」
つ、通報されないといいな、なんて思っていると、雛祭が俺の身体に隠れていたヨルカの前にしゃがみ、いつのも笑顔を見せる。
「ヨルカちゃん、雛祭ひなです。今日からよろしくね」
「……よ、よろしく、お願いしましゅ……」
雛祭の笑顔に、この人は大丈夫だ、と感じたのか隠れるのをやめ、笑顔で挨拶をしたヨルカ。最後、ちょっと噛んだけど、それにツッコミは入れないでおこう。
「ヨルカ噛んでるしっ、あはははははは――、はぎゅっ!?」
「あれー? なんだか左肩の調子が悪いなぁ?」
大きく左腕を回しながら、そんなことを呟く。
いい感じに拳がルゥに命中したので、心がスッと軽くなった気がした。
「ヨルカちゃんの机と椅子は、どうなさるんですか?」
「俺らが使ってるのじゃ、大きすぎるよなぁ」
「わたしは床の上でも、ご主人様の膝でも、どちらでもいいですよ?」
「どっちも見栄えが問題だな」
ってか、後者は完全に却下だ。
さて、この可愛い使い魔を授業中はどうするべきか……
「ところで式原、猫耳はお前の趣味か?」
「鬼島先生っ!?」
ふと気づくと、目の前には蔑みの目でこちらを見る、鬼島先生の姿が。
「趣味にとやかく言うつもりはないが……なぁ?」
「式原くん、やっぱりアレなんですか?」
「違うしっ!? ってかアレって何っ!?」
「周囲に迷惑をかけないのであれば、教室に居ることを許可しよう。だが教室内での犯罪行為や、それに繋がりそうな行為は厳しく取り締まるつもりだ、覚悟しておけ」
「犯罪行為なんてしませんからっ! 許可はありがとうございます!」
「ところで式原、一応聞いておくが……その子はその、人外だよな?」
「そうですよ! そうに決まってるじゃないですか、何を疑ってるんですか先生!」
「そうか……ふむ、一応信用しよう」
「一応っ!?」
「ホームルームを始めるぞ、雛祭は席へつけ」
「は、はいっ」
からかっていたのか、真面目に言っていたのか、とりあえず鬼島先生の許可が出たのはよかったと言える。でも机や椅子の支給はなさそうだし、後ほど座布団でも用意するか。
「……」
ん? 雛祭がちらちらこちらを見ながら、何か呟いている?
「やっぱり、アレなんじゃ……」
まだ言ってる! ってかアレって何なんだ!?
◆◆◆
今日からはさっそく通常の時間割で、ホームルームが終わると同時にすぐ授業が始まった。一時間目と二時間目はクラス全員で行う授業で、内容は日替わり。今日は魔法についての基礎知識や、魔力や魔法陣の使い方等を習う魔法学と、世界史についての授業だ。
明日は体術や剣術、魔法薬学や魔法アイテム使用方を学ぶなどの、実戦を想定した内容の授業で、またその次の日は魔法学と歴史……といったローテーションらしい。
残りの三時間目から六時間目は、なんと自習。その理由は、特別クラスは全員が違う属性なため、授業が同じ内容にならないからだ。
それぞれの教科書を読んだり、疑問や質問があれば鬼島先生に聞いたり、隣にある訓練室へ行って魔法を試してみたりとそんな感じで、己をどれだけ高められるかは自分次第、という内容になっていた。
「いやー、意外と知らないこともあるもんね」
「いきなりなんだよ、ルゥ?」
「さっきの授業聞いててさ、あー、魔法って魔王たちが進攻してきたから存在が知られるようになったんだ、とか、二百年前は今の倍くらい人口がいたんだ、とか思ったわけ」
「……それで?」
「で、改めてカズトって弱いんだなぁ、って思ったわけよ」
「なんの脈略も繋がりもない話をどうもありがとうっ……つー、いたた」
そして今、その『己を高める訓練』を終えた俺は、見事にボロボロだった。
訓練室で倒れたまま、動けないくらいのボロ雑巾っぷりだ。
「ご、ご主人様、大丈夫ですか?」
「まーた傷だらけの焦げこげね……」
「今度はいけると思ったんだけどなぁ」
残念な結果に、大きくため息を吐く。本日三度目の召喚の後、契約のための試練を受けていたのだが、ご覧の通り、フルボッコな有様だ。
「ってかさ、おかしくね? 我を倒せば契約をしてやろうって、俺より弱いヤツが仲間になっても仕方がないだろ? なんのための召喚だよ」
ヨルカみたいに会話しただけで契約してくれる人外はおらず、三回連続で一対一の勝負をすることになり、全戦完敗な結果となっている。
「まぁ、弱くても数を召喚できるようになれば意味もあるんじゃない?」
「はぁ……所詮、物語の中に出てくるような召喚士とは別モノってことか」
もっとこう、バンバン強い人外と契約して、敵や残りの魔力を考えつつ召喚する人外を変えたり、属性の組み合わせを考えたり、戦いの中でそういう駆け引きとかするが召喚士だと思っていたのに、現実は、まったく違った。
正直、そんなに強そうな人外は出てこないし、そんな人外とすら契約は結べないし、魔力もあっという間になくなっていくし、もう散々だ。
「それにしてもカズト、ちょっと弱すぎじゃない? この本の中で一番弱い火属性魔法を操る人外って、今の『カマドの番人』よ? それにすら手も足も出ないだなんて……」
そう言いながらルゥは俺の目の前に着地し、教科書を見せてくる。
「言われなくても、戦った俺が一番よくわかってるって……」
「妖精魔法だって使ってるのに、どうして負けるのかしら?」
そんなの、俺が聞きたいくらいだよ。
「あ、そういえばご主人様が使ってた『妖精魔法』ってなんですか?」
「あぁ、それはルゥの――、痛だだだだだっ!? ちょっ、ヨルカっ!?」
「す、すみませんっ! コレ、虫刺されの薬でしたっ!」
「傷口がぁっ!? 火傷のあとがぁぁぁあっ!?」
「なるほど、これが傷口に塩を塗る、ってことね……わたしもやってみようかしら?」
「やめろよっ!? マジでするなよっ!」
すぐさま水で塗らしたタオルで傷口を拭き、その上から傷薬を塗る。ヨルカが戦えない分、せめて介護だけは……と言うから任せていたのだが、失敗はこれで三度目だ。
「本当に、すびばせん……」
「な、泣くなって、大丈夫だから、な?」
声をかけつつ、ヨルカの頭を撫でる。
よし、今度からは傷薬だけを塗る係りになって貰おう。それなら簡単だろ。
「それより、妖精魔法の話だったよな? な、ヨルカ?」
「……はい、ぐすん、妖精魔法ってなんですか?」
「妖精魔法はな、ルゥの力を借りて使える、肉体強化の魔法なんだ」
「あ、それでさっき、ものすごい速度で動けてたんですね」
「スピードだけじゃなくて攻撃力や防御力も格段に上がる、便利な魔法だよ」
「わたしがそばに居て、魔力を貸さないと使えないけどねー」
事故などの突発的な状況も考え、ルゥとは魔力の貸し借りが出来る契約をしており、意思疎通に関係なく使用が可能となっている。
「わたし、妖精魔法って生まれて初めて聞きました」
「それはまぁ、俺たちが作った名前だからな」
「へ……?」
「ルゥの魔力を借りて起きる事象だから、妖精魔法って呼んでるだけなんだ」
正確にはルゥの魔力を借りてるだけだから、魔法じゃないけども。
「名前なんてどうでもいいじゃない……それよりカズト、そろそろ教室に戻った方がいい時間なんじゃないの?」
言われて時計を見てみると、あと数分で昼休みという時間だった。
ほぼすべての授業が自分次第ってなると、集中してれば時間なんてあっという間だな。
「一通り治療も終わったし、身体も動くようになってきたし、戻るか」
「午前中の成果は治療スキルの向上だけだったわね」
成長は成長、だよな。
「召喚士の成長としては、『我を倒せば契約してやろう』系の対策、何か考えないといけないだろうな」
「ヨルカみたいにそうじゃない人外も出てくる可能性もあるけど、今の流れなら対策を考える方が有意義かもしれないわね」
「わたしがご主人様と一緒に戦えるよう、お願いするのはどうでしょう?」
「もし戦えたとして、ヨルカはどんな攻撃が出来るんだ?」
「……ね、猫パンチ、です」
まったくダメージを与えられそうにない名前だった。
「ヨルカも戦えるように、魔法の訓練とかすればいいのよ。わたしが教えてあげるわ」
「ありがとうございますルゥ先輩!」
「訓練……か」
思い出してみれば、俺も今までずっとルゥと訓練してきたんだっけ。
オリオネスに受かったのも、ルゥと妖精魔法のお陰だし……
「ヨルカもきっと、強くなれるよ」
「はい! 頑張ります!」
ヨルカの笑顔に、俺も頑張ろうと思いながら、教室へと戻るのだった。