はぐれ妖精
16/03/20 誤字脱字を修正しました。
結局なんだかんだと言いくるめられ、雨澄たちも一緒にはぐれ妖精の村に向かうことになったのだが、やっぱり不安感はぬぐえない。
「あたしたちは自分の意思でついていくんだから、あんたは気にしなくていいのよ。それに実戦経験なんてそう簡単に出来るものじゃないし、絶好の機会よ」
なんて言われ、雛祭や泡波もそこへ乗っかり、たたみかけられてしまったけど……もし、彼女たちが怪我でもしたら……
「あるじ様……」
俺の前を歩いていたコリルが、不安そうな顔でこちらを振り向く。
ひょっとして、俺の気持ちを察してくれたのだろうか。
「足が、痛いです」
「……へ?」
「もう、動けません」
そのまま立ち止まってしまうので、俺も合わせるように歩みを止める。
「ミルカ、ストップ」
状況に気づいたルゥが先頭を進んでいたミルカを止め、面倒くさそうな表情で俺の眼を見てきた。なんとかしろ、という意味っぽい。
「えっと……それじゃあ、おんぶしようか?」
こくりと頷き近づいてくるので、腰を下ろすと背中へと乗ってくる。お姫様抱っこをした時も思ったけど、想像以上に軽くて、再度驚いてしまう。
「まだ歩き始めて一分も経ってないんだけど……」
ルゥのつぶやきに、俺は苦笑いを浮かべるしかない。ちらりと振り向けば、コリルの家である塔がすぐそこに見えていて、サイレリアさんが心配そうな顔で見つめている。
「そ、それじゃあ、行こうか」
俺がそう言えば全員頷いてくれて、ミルカとルゥが再び先頭を歩き始めた。続くように俺、雨澄、泡波で雛祭を囲むような形で、最後にエルトという並びだ。
「にゃぅぅ」
コリルをおんぶしているということは、彼女が背後から俺を抱きしめているというわけで、肩に乗っていたヨルカはかなり不満げな様子だ。コリルは俺の右肩から顔を覗かせているので、ヨルカは左肩へと移動している。
今後、発情期が終わればヨルカは元の姿に戻るとして、でもコリルはずっとこうなのだろうと思うと、移動は少し大変だなと感じた。
いや待てよ、移動だけじゃない、戦闘もこうなる可能性があるのか? コリルと俺はセットで司令塔になるわけだし、彼女は戦闘タイプではないので誰かが守る必要もあるし、となれば……この形はむしろ必然なのかも?
チームで戦う場合、一番弱いヤツから狙ったり、司令塔をまず倒すのはセオリーの一つとも言える。コリルはそのどちらにも当てはまる分類で、だとすればチームで強くも弱くもない『はず』で、作戦の要にはなり得ない俺が守るのは、当然の流れかもしれない。
でもおんぶした状態で戦うのは難しいし……おんぶ紐みたいなものでコリルを俺の身体に固定して、両手を使えるようにする必要があるかも?
「……」
あれ? これって戦う前に考えておかなきゃいけないことじゃないのか?
「な、なぁルゥ? 俺はこのままコリルをおんぶして戦う流れなのか?」
「別におんぶじゃなくて、抱っこでもいいと思うけど?」
「どちらにしても手が塞がってるから、俺は攻撃も防御も出来ないんだけど?」
「カズトが攻撃したり防御したりしてる時点で、わたしたちは負けの流れなんだけど?」
「……えっと……」
「本来なら昨晩の時点で考えておくべきことを今更どうにかしようと焦ってるのはわかるけど、カズトのそのアホ具合を理解してわたしもミルカもエルトもコリルも手を打ってるから、どーんと構えてればいいのよ」
「……」
ぐうの音も出ないとは、まさにこのことだろうか。
「くすっ……優秀な使い魔がたくさん居てよかったわねー、式原」
「ぐぬぬぅ……」
帰ったら、ちゃんとみんなで打ち合わせをしよう。うん。
「で? 特に何も訊いたりしなかったけど、はぐれ妖精を追い払う件、策士として作戦はどう考えてるの?」
「そのようなものはありません」
「……え? ない?」
コリルの返事に、ミルカまでもがこちらを振り向いて驚きの表情を浮かべている。
「はい、ありません」
「……一応、理由を訊いていい?」
「現状のこちら側と相手側の戦力差は比べる必要もないくらい違います。ただはぐれ妖精の村に行き、そのまま流れで制圧すれば終わりです」
適当過ぎると感じてしまうその説明にどう言えばいいのか考えていると、ミルカとルゥは納得したみたいで、そのまま何もなかったかのように歩き始めた。
「なるほどね、まぁわたしも同意見だし、それでいいわ」
「問題があるとすれば、眼鏡がみつかるかどうか、です。あれの価値に気づき、すでに売られたりした後だと困ります」
「問題要素、それだけなんだ……」
俺からすれば、もっと何か起こりそうで怖いのだが。
「え? それって、あたしたちの方が圧倒的に強いってこと?」
「えぇ。はぐれ妖精の村に妖精王クラスの者でも居ない限り、相手にもなりませんわ」
コリルの言葉を訳して貰って、雨澄たちはそんな話をしている。そんな背後での会話も気になるけど、俺は自分の想いを優先させた。
「コリル、出来れば戦わずに済めば俺としては嬉しいんだけど、そういうの無理か?」
「まーたカズトがアホなこと言ってる……」
「いや、でもさぁ」
「ご安心下さいあるじ様、たぶん戦いにはなりません」
「……え? そう、なの?」
「はい、たぶん戦いにはなりません」
「そう……」
俺にはその言葉の意味がよくわからなかったけど、コリルがそういうのなら戦わずに済むのだろうなと、単純に思ってしまった。
そしてその意味を理解することになるのは、はぐれ妖精たちの村に着いてからだった。
「ど、どういうことだ……?」
森を約二時間は歩いただろうか、たどり着いたはぐれ妖精たちの村は……半壊していた。焦げくさい匂いが漂い、焼け落ちた小屋がいくつもあり、一番驚いたのは村の真ん中に出来ていた、大きな穴だ。
「なるほど、そういうことか……」
ルゥの右手にあった剣が、つぶやきと共に消える。
「ひょっとして、俺たちより先に誰かがここを?」
「それなら、あんなのが残ってるのはおかしいでしょ?」
指差された方を見ると、見覚えのある手のひらサイズの妖精が数人、焼け落ちた小屋の前で呆然と座っていた。
「それじゃあ、何が起きたんだよ?」
「『先手を打っていた』ってことでしょ」
ルゥの視線に、俺はコリルを見る。
「無事成功したみたいです。あるじ様の望み通り、戦わずに済みました」
「な、何が……?」
「昨晩の隕石が、ちゃんと命中していたみたいで安心しました」
「昨晩って、あ、あの星魔法の隕石が落ちた場所が、ここ?」
「はい。ぴったり、村の真ん中に命中です」
「……な、なんてことしてくれたんだよっ」
得意げだったコリルの顔が、きょとんとする。
「話し合いで解決出来たかもしれないだろ!? それなのに、こんな……」
おんぶしていたコリルを下ろし、すぐさま妖精たちへと駆け寄った。
「け、怪我はない? 大丈夫?」
「……あんたは、昨日の……」
見覚えのある目つきの悪い妖精が一度だけこちらを見て、すぐ視線を逸らす。他の妖精たちは、こちらを見ようともしない。
「ほかの、妖精たちは?」
「みんな、暗いうちにここを捨ててどっかいったわよ……」
「残ってるのはこの八人だけみたいよ、気配も魔力も感じないし」
気づくと、ルゥが隣に立っていた。
「この子たちはまだ子供みたいだし、どうしていいのかわからないんじゃないの?」
「えっ……大人は? 親は?」
「だからどっか行ったんでしょ? ここも、子供たちも捨てて」
「……」
「それが、はぐれ妖精なのよ」
自分たちが生きていければいい。ただそれだけらしい。そしてこの子たちは生きていく上で必要がないと判断され、置いて行かれたのだ。
ルゥの推測だと、この子たちは多分いわゆるはぐれ妖精ではない、とのこと。親がそれであり、はぐれ妖精として生きている中、生まれた子供たちなのだろう、と。
「でもだからと言って、何一つ悪さをしてない、ってわけじゃないと思うけどね」
「それで、この子たちはどうなるんだ?」
「さぁ? 親のようにどこかで罪を犯すか、何もせずこのままここで朽ちるか、どっちかじゃないの?」
「そんな……」
「ま、どちらになるにせよ、ここからはぐれ妖精を追い払うって試験は、合格でしょ」
「……そ、それは、そうだな」
これが、俺のやるべき試験だったわけで、仕方がないこと、なのだろうか。
俺の策士を仲間にしたい、なんて個人的な理由で、この子たちの人生を奪って、よかったの、か……?
「……もう、多分大丈夫よ」
「えっ……何が?」
「こいつ等ならしぶとく生きるわよ、何をしてでも。罪を犯すかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、それは今のわたしたちには関係ないことでしょ? ここでは迷惑をかけたから、ここじゃない場所で生活するようになるってだけ。それで、次にもまた何かあったら何かあった人たちが何かするのよ」
「……そ、そうかな?」
「そうなの。妖精は人間よりもたくましいんだから」
「……そっか」
「ほら、それより眼鏡でしょ」
「お、おう……」
生きていけるのなら、それは何よりだ。でもこんな目に遭わせてしまった原因はやっぱり俺だし、せめてもの罪滅ぼし……みたいなことは、したかった。
「ミルカ」
振り向き、名前を呼んで手招きすると、微かに距離を取って俺たちの様子を見守っていたミルカがそばまでやってくる。
「俺たちの食料と飲み物、持ってるの全部くれないか?」
「えっ、は、はい」
ミルカの鞄の中に入っていた水筒やおかしなどを受け取っていると、ルゥはため息を吐くが、あんたらしいわね、みたいな顔をしていた。
ルゥのOKを貰えたので、心置きなく妖精たちに声をかける。
「これ、少ないけど食料と飲み物、あげるよ」
「……はあ?」
彼女たちの近くにモノを置くと、目つきの悪い妖精だけ、反応してくれた。
「その代り、まだ持ってたら昨日取った眼鏡、返してくれないかな?」
「……あぁ、あの眼鏡ね」
お腹が空いていたのか、紙袋からちょっとだけのぞいていたクッキーを手に取り、食べる。
「んっ……おいしぃ……これ、くれるの? 全部?」
「うん。だから、眼鏡を返してくれない?」
「……ねぇ」
目つきの悪い妖精が、隣で項垂れていた青い髪の妖精の肩に手を置く。よく見てみれば、その子はルゥが叩き落とした子だった。
「昨日エルフから取った眼鏡、どうしたの?」
「……そこの木の上」
「だって」
そう言われると、ルゥがピョンと飛んで木の上まで移動する。まるで忍者のような身のこなしに驚いていると、すぐに戻ってきて眼鏡を見せてくれた。
「あったわよ」
「……ホッ、よかった」
よし、これでここでやるべきことは終了だな。
「ねぇ……」
目つきの悪い妖精が、声をかけてくる。
「何?」
「これ、なんて食べ物なの?」
「クッキーだけど?」
「クッキー……あんたたちは、こんなの毎日食べてるの?」
「毎日ってわけでもないけど、まぁ俺の使い魔がよく作ってくれるから、食べてると言えば食べてるかもしれないかな」
「使い魔? ……あんた、もしかして召喚士?」
「うん」
頷くと、クッキーと俺の顔を交互に何度も見る。
「ムッ……か、カズト、食料とかそいつ等に渡しちゃったんだし、早めに帰るわよ」
「えっ、お、おう」
手を引かれるので、そのまま立ち去ることにする。この妖精たちをなんとかしてやりたい気持ちはやっぱりあるけど、俺に出来ることなんて、何もないからな……
「あぁそうだ」
ルゥが、急に立ち止まる。そしてこちらを見ていた妖精たちのそばに戻る。
「から揚げになりたくなかったら素直に答えるのよ。ここら辺の森、荒らしてたのはあんたたち?」
「わ、わたしはしてない……大人たちは、してたかもだけど……」
青い髪の方の妖精も、こくこくと頷く。
「……そう、じゃあコレあげる」
ポイッと投げたのは、十円玉くらいの黒い鱗のようなモノだ。
「それを持ってここからずーっと東に行ったところにある、白い木の実がたくさんなってる森へ向かいなさい。そこに一本角の大きな熊がいるから、そいつにそれを見せれば食料や寝床を分けて貰えるはずよ。森の清掃を手伝うことにはなるけど、今まで以上の暮らしは保証するわ」
「……」
「ここからじゃ三日くらいかかるかもだけど、途中に食べれる木の実はたくさん生ってるし、川もあるから水もあるし魚も取れる……あとは好きにすれば」
それだけ言うと俺のそばまで戻ってきて、手を繋ぐ。
「これでいいんでしょ?」
「……ありがとう、ルゥ」
手を握り返すと、ちいさく微笑んでくれるのだった。




