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東方の森へ

2015/02/10 誤記など修正しました

「これとこれとこれ、これも面白そうよ」


 朝食の後、再び書庫で召喚士についての資料を読んでいると、やけに協力的なルゥが沢山の本を運んできてくれる。本棚すべてを見回してきたらしく、俺には特にためになるだろう本を見繕ってきてくれたのだとか。


「この四冊だけ?」


「他はわたしが持ってる知識以上のモノはなかったし、やたら日記とか料理本が多いからこんなもんでしょ」


 さすがのルゥも日記に良い情報が載っているとは思わなかったようで、あのコトについては気づいていないようだ。まぁ、今持ってきてくれた四冊の中に、それらしいコトが書いてある可能性はあるけども。


「で、ルゥが持ったままのその二冊は?」


「ちょっと面白そうなことが書いてあったから、見てみようと思って。薬品とか料理のレシピだけどね」


「それではしばらく、ココでその本を読むということですわね?」


「……まぁ、持ち出しは禁止って言われちゃったし、読むしかないじゃない」


「わかりました、カズト、行きますわよ」


 俺の膝の上に置かれていた四冊の本をルゥに手渡し、手を引いてくる。


「えっ、ちょっ、どこに?」


「街へ行くという約束でしたでしょう?」


「そ、それはヨルカが猫の姿になったらだろ?」


「昼食前には薬が出来るとのことですし、午後からは東にある森へと向かうのでしょう? 今しか観光をする時間なんてありませんわ」


「それはわかるけど、ヨルカがこんなだから昨日も出かけなかったんだろ?」


「……そうでしたわね」


 エルトがちらりと見たのは、俺の足にしがみ付いているヨルカ。ご機嫌な様子で頬を摺り寄せていた彼女だったが、急にパタリと倒れる。


「よ、ヨルカ?」


「ご安心下さい、気絶させただけです」


「はぃい!? 何してくれちゃってるの!?」


「これならカズトが背負って歩くだけで済みますわ」


「あんた……ご、強引すぎでしょ」


 ルゥですら呆気にとられている状況だ。


「もう二度と来ることもないのかもしれませんし、見ておけるチャンスがあるのなら、見ておくべきです。それは、カズトにも言えることですわよ」


「……そっか」


 ものすごく強引な展開であるのは間違いないのだが、エルトが言っていることにも一理ある。俺も、ヨルカの育った街を見ておくべきなのだろう。


「わかった、それじゃあ行くか」


「ちょっ、カズト? この本どうするのよ? せっかく見繕ったのにっ」


「ルゥに任せた」


「……あとで感想聞くから、ってこと?」


「そういうこと。アホな俺が読むより、賢いルゥが読んでわかりやすく説明して貰った方がためにもなると思うし……なんて?」


「……はぁ、わかったわよ、行ってくれば?」


 色々と飲み込んでくれたみたいで、俺の座っていた椅子にルゥは腰を下ろす。


「ミルカ、あなたも行ってきなさい。そのレシピ本も読んでおいてあげるから」


「は、はい、ありがとうございます」


 というわけで、ヨルカを背負って四人で街へと繰り出す。


 街ではヒルダさんの案内で観光をしていた雨澄たちとも合流し、特産物を食べたり、過去にあった戦争の爪痕などを、みんなで見て回った。


 エルトから山のような質問をされていたヒルダさんは大変そうだったけど、お陰で俺では考えもしないような視点からの街を見れた気がして、とても有意義な時間だった。


 そして時は過ぎ、昼食後。


「ヨルカ、あーんして?」


「あーむっ……ん?」


 生成が終わった猫化の薬を口の中へ放り込むと、ヨルカは首を傾げる。そして目を大きく見開いたかと思うと、ポンと煙に包まれ、猫の姿へと変わっていた。


「成功ですね」


 たった一度だけ見たことがあるヨルカの猫の姿。いわゆるショートの毛であり、ところどころにくせが入ってるのは本人の髪と同じと言えるだろうか。


 いや待て、こっちの姿が本来なのだから、あの髪がこの毛に似ている、が正しいのか。


 色はこれまた髪と同じで、山吹色と金色の中間と言った具合で、尻尾の先がちょっと折れていて、一目ですぐヨルカとわかる外見だ。


「うにゃーん」


「……ん? どうした?」


 肩にピョンと飛び移ってきて、頬にすり寄ってくるので背中を撫でると、なんとなく笑っているような気がした。


「……ヨルカ?」


 俺たちを見守っていたアサネさんとヒルダさんが近づいてきて、ヨルカを指先でつつきながら問う。


「にゃーん」


「……あなた、しゃべれないの?」


「にゃーん」


「……アサネ、これは失敗?」


「ど、どうかしら」


 ひょいっとヨルカを持ち上げ、身体を触ったりしながら何やら始めるアサネさんたち。ヨルカは嫌がっているようなそぶりを見せるが、そういう猫の扱いにも慣れているのか、アサネさんたちにもてあそばれている。


「どうやら本当に言葉を使えないようですね、ヒルダ」


「でもこちらの言葉は通じているみたいね、アサネ」


 二人の中で結論が出たらしく、頷き合ったあと、ヨルカを俺の肩の上へと戻す。


「薬の効果時間は不明ですので、人の姿に戻りましたらまた飲ませて下さい」


「あ、はい」


 紫色の錠剤が百は入っているだろう麻袋を貰い、ちらりとヨルカを見る。


「発情期が終わると言葉をしゃべれるようになると思いますので、それが目安です」


「それはわかりました、けど、いつ薬の効果が切れるかわからないんですよね?」


「はい」


「発情期が終わっても、しばらく人間の姿には戻れない場合もあるんですよね?」


「はい。ひょっとしたら二度と人の姿にはなれない場合もあります」


「え……」


「そうなれば、こちらをヨルカに渡して下さい」


 渡されたのは、茶色の液体が入った試験管三本。


「これは強制的に人化する薬です。一つ飲めば三時間は人の姿が保てます。これだけあれば成分を解析して、自分で作れると思いますのでご安心下さい」


「……は、はい」


 そうか、ヨルカはもともと猫の姿が正しいわけで、お姉さま方も『そういう』考えってことなのか。


「色々とありがとうございます」


「いえいえ、今後とも妹のことをよろしくお願い致します」


「お願い致します」


 ぺこりと深々とお辞儀をされてしまい、恐縮だ。


「こ、こちらこそ、ヨルカに愛想尽かされないよう、頑張ります」


「さてと」


 俺たちのやり取りを見て、ルゥが大きな声でそう言って立ち上がる。


「それじゃ、東方の森へ向かいましょ」


「……おう」


 街と森の境までアサネさんとヒルダさんは見送りをしてくれて、最後までヨルカの心配をしている姿が印象的だった。


 よく考えても見れば、家族が揃ったり会ったりする機会はそうないはずで、ともなれば当然かとも思えた。下手をすれば、戦闘で命を落とす場合もあるのだから。


「なぁ、ルゥ?」


「んー?」


「また、アサネさんやヒルダさんに、会えるかな?」


「……そうね、現実的に考えて人間のカズトに会える機会はほぼゼロって言ってもいいかもしれないけど、召喚士だし、わからないわね」


「そっか……また、会えたらいいな」


「カズトならその機会を作れるわけだし、ま、頑張りなさい」


「……うん」


 一つ、目標が増えた。


 また必ず、ヨルカと一緒にこの街を訪れよう……そしてその時は、ヨルカに街を案内して貰おう。


「ところでさ、どれくらい歩くことになるの?」


 森を歩き始めて約三分、雨澄が質問を投げかけてきた。


「どのくらい森が入り組んでるのかはわからないけど、直線距離からすれば三時間はかからないと思うけど?」


「三時間!? あんたマジで言ってんの!?」


「嫌なら街に帰れば? わたしは昨日の段階から言ってたけど、別にあんたたち三人を連れて行く理由なんてないんだけど? こちらの手の内を見せるようなもんだし、むしろ帰ってくれた方がいいし」


「ぐぬぬぅ……」


「まぁ竜にでも乗れればひとっ飛びなんだけど、そんなのいないし」


 当然だが、エルトがその言葉に反応することはない。


「これが三時間続くのかぁ……つらいなぁ」


「雨澄さん、頑張りましょう」


「うん……」


「一応言っておくけど、帰るなら今のうちよ?」


「……いいわよ、気合で付いていくから」


「気合でどうにかなるといいわねー。こんな森の中でお花を摘みたくなった時、どういう反応をするのか楽しみにしてるわ」


「「っ!?」」


 雨澄と雛祭が、びくんと震え上がる。


「あ、あんた、まさかだから出がけに喉を潤しておけってお茶を……!」


「さぁー? そんなこと言ったかなぁ?」


「ぐっ……ひ、雛祭さん止めないで、あいつ、絶対に殴る!」


「ま、まぁまぁ」


「えーっと、さっきから何の話をしてるんだ?」


 さっぱり話についていけない。


「あいつ等が街へ引き返すか引き返さないか、って話」


「それがお花摘みと何が関係あるんだよ? ってか、花なんてあるのか?」


 この世界へ到着した場所よりさらにひどい、おどろおどろしい、ジメッとした暗ーい森なのだが。


「さぁ、あったら面白いなぁって話?」


「はあ?」


 よくわからないけど、にやにやしているところから推測するに、ルゥが雨澄をからかっているのだけは理解した。


「い、いいわよ、もしもの時は式原を縛り上げるし」


「俺が巻き込まれるのか!?」


「こんな危ない森でカズトを縛るなんて、危険だからこのわたしが許さないわ」


「トイレの時くらいいいでしょ別に!」


「……トイレ?」


「あっ」


 雨澄の表情が固まり、雛祭の頬が少しだけ赤くなる。


 あ、あぁ、そういうことですか……やっと、理解出来た。


「痛っ……ちょっ、なんで叩くのよ!?」


「ルゥが悪い、ちょっとやり過ぎだ」


 ルゥにも付いてきて欲しくない言い分みたいなものがあるみたいけど、それならそもそもこの世界に連れてくるな、とも言いたいので、この対応がベストだろう。


 機嫌は、悪くなるだろうけども、仕方がない。


「えっと、もしそういう時は俺が距離取るから、その、安心していいぞ?」


「……ふん」


 恥ずかしそうな顔で、雨澄は顔を背ける。


 やれやれ……まだ森に入ってたったの数分。この先、大丈夫かなぁ。


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