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召喚士の待遇

「しくしく……」


「もう、うっさいわね」


 八畳はあるだろうフローリングの部屋にある二段ベッドの下で、俺は一人泣いていた。


 さ、さすがにコレはヒドイ……ルームメイトが俺と同室って聞いて、それだけは勘弁してくれと寮長に泣きついただなんて、そんな、あんまりだ!


「あんた、初日でもう学園中の嫌われ者なのね」


「うああああああああああああ! 追い討ちをかけるなよおおおおおおおおおおおお!」


「まぁいいじゃない、お陰でわたしと気軽に話せるわけだしさ」


「……ぐすっ、そりゃ、その部分はいいかもしれないけど」


「それに、二人部屋を一人で使えるのよ? 広くていいじゃない」


 そう言いながら、ルゥはポンポンと枕の上で跳ねている。


 確かに、誰かが居ると大っぴらにルゥとはしゃべれないし、何かと気を使う。そう考えると、これはこれでいいことなのかもしれないとも思えてきた。


 何事も、プラス思考でやっていくしかないか。


「ところでルゥ、そろそろツッコミ入れていいか?」


「……何よ?」


 ぽふっ、と枕に着地したルゥは、真顔だ。


「何よ、じゃねぇ……なんだよそのメイド服は! 衣替えか? 春だから衣替えなのか?」


 普段はアニメのキャラクターが描かれたお手製Tシャツを着ているのに、今日は朝からミニスカのメイド服を着ていた。入学式もあったし、とりあえずはスルーしていたが……


「まぁ心機一転っていうのもあるけど……実はわたし、取っちゃったのよ」


「何を?」


「メイドの資格、取っちゃったの! ほら、メイド試験ってあるじゃない? あれ」


「……お前、そんなもんどうやって取ったんだよ?」


「どうやってって、勉強して?」


「勉強したとしても料理とか、そういう試験あるだろ?」


「試験場に行けない人用に、仮想試験場を作る魔法があるのよ。それで、ね」


「そ、そりゃ、頑張ったな」


 ビシッ、とルゥが見せてくれたカードには、確かにメイド資格認定書と書かれており、国のハンコやらが押してあって本物くさいが……何故か、資格者の名前には俺の名前が。


「ちょっと待て、なんで俺の名前が書いてあるんだよっ」


「えっ? そりゃ、わたしの名前で試験、受けられるわけないし」


「もしかして、俺の名前で資料を取り寄せたり、受験して……って、アレかっ!?」


 思い出される、俺宛に送られてきていた覚えの無い封筒の数々。全世界メイド協会とか書いてあったような……それで、ルゥが嬉しそうにその封筒を受け取っていたような?


「思い切り封筒に『メイド協会』って書いてあったと思うけど?」


「な、なんで気づかなかったんだ、俺……」


「オリオネス受験のために必死で勉強してたからじゃない?」


「俺が必死に勉強していた時に、お前は人の名前でメイド試験を?」


「わ、わたしだって、その……あんたと同じ、受験生の気分を味わってみたかったのよ」


「……はあ」


「それに、わたしが料理とか掃除とか出来た方が、一人暮らしだって楽になるでしょ?」


「そりゃ、そうだけど」


「ま、そういうわけだからメイド服を着てるのっ、以上!」


 言ってて恥ずかしくなったのか、ルゥは早口で言い終えた。


 そっか、俺のためでもあったのか……そう言われると、やっぱり嬉しいもんだな。


 メイド服だって似合っているわけだし、その、可愛いって、言った方がいいかな?


「それより、よかったじゃない」


 たった今の今まで可愛い顔をしていたルゥが、急に不機嫌面になっていて驚く。


「な、何が?」


「初めての友達があーんなに可愛い子で」


「……は?」


「明日はお弁当まで作ってくれるみたいで、本当によかったわねー」


 あぁ、なるほど。それでさっき俺のアバラを蹴り飛ばしたのか。


 まったく、嫉妬深いなぁ、この妖精は。


「まぁ、お弁当は……かなり嬉しいかな」


「ふん……」


「でも、雛祭は初めての友達じゃない、それは訂正してくれ」


「はあ? あんた、まさか今まで友達が居たとか思ってたわけ?」


「はあ? お前が友達じゃなかったら、何が友達なんだよ?」


「……へ?」


「お前が俺の、最初の友達だろ?」


 何故か、顔面を思いっきり殴られた。


「なっ……何をっ……!?」


「う、うるさい! い、いきなり変なこと言うんじゃないわよ!」


「はあ!? 意味がわかんないし!?」


「うるさい! ……そ、それより、わたしの身体探しのこと話しましょ」


「……わかったよ」


 話題を変えたいらしいので、俺はズキズキと痛む頬をさすりつつ、身体を起こす。


「それで、場所の目星は?」


「まったくないわ。とりあえず今晩校舎に忍び込んで、全体を歩き回ってみましょ」


「……そうだな」


 昼間だとまた今日みたいな騒ぎになる恐れもあるし、夜がいいだろう。


 ま、忍び込むことにはなるんだけどさ。


「それで? やっぱ身体は反応してるのか?」


「えぇ、今までに無いくらい、自分の身体が近くにあるって感じるわ」


「なら、今度こそお前の身体を見つけ出せるかもしれないな」


 それは、ルゥとの約束……いや、契約だった。


 幼い頃、ルゥが初めて見えて、初めて会話をして、そして始まったルゥの身体探し。


 今の、妖精の身体は本物じゃなくて、ちゃんとした身体があるらしく、それをルゥはずっと探していて、俺はその手伝いをすることになったんだ。


 もちろん、対価はある。ルゥの身体を見つけたら、願い事を一つだけ叶えて貰えるらしい。ま、それはおまけみたいなもので、俺は単純に友達が出来たことが嬉しくて、その友達を助けたいと思ったのが、始まりだったりするのだが……


「今まで何度も考えたけど、わたしの身体ってどんなのかしらね?」


「やっぱり、むちゃくちゃでかいのと、むちゃくちゃ小さいのは勘弁して欲しいな」


「超美人で超絶ナイスバディであることを祈るばかりね」


「ま、見つければわかるだろ」


「……そうね。そうすれば、わたしの記憶も戻るだろうし、万々歳ね」


「……まぁ、お別れにも、なるんだけどな」


「……そう、ね……」


 俺たちの世界に、妖精は存在しない。だからか、理由なんてないけど……俺たちはなんとなく、ルゥの身体を見つけたらお別れだと思っていた。


 きっと、本当に言葉通りの意味で、住む世界が違うはずだから。


「それで、今晩学園に潜入するにあたっての問題って、何かあるか?」


「そうね、センサー的なモノとか結界は、わたしが全部どうにかするとして……」


「……灯り?」


「あ、確かに灯りは必要ね。……でも、ライトじゃすぐバレちゃうわよ?」


「……なんとか出来る人外って、いるかな?」


 ふと思い立ち、教科書を開いてみることにする。


「あ、そうだ、忘れてたわ」


 教科書を開いたところで、ルゥが呟いた。


「なんだよ?」


「その本のことで、ちょっと気になったことがあるんだけどさ……」


「気になったこと?」


「あんた、それを見た時に変だって思わなかった?」


「変って、何が?」


「わたしは『召喚士』なんて才能を聞いた時から変だとは思ってたけど……」


「……だからなんだよ? 言ってみろよ」


 俺の言葉に一度考えるそぶりを見せ、その後、ルゥは真剣な顔をして言った。


「わたしさ、今までずっとカズトと暮らしてきて、この世界のことを色々勉強してきたわ。どうしてこんな身体になったとか、その記憶はなくても、魔法のこととか戦い方とか、そういう分野の知識はあったし、それも踏まえて、それなりのコトは知ってると思ってた」


「……うん、それで?」


「でもね、『召喚士』なんて才能は聞いたこともないし、その今持ってる、当たり前のように配られた本に書いてある人外のことも、まったく知らなかった。わたしが世間知らずの常識知らず、って言うならわかるけど……カズトは、そう思う?」


「い、いや、正直、ルゥは普通以上のことを知ってると、俺は思ってるけど……」


「なら、この情報は一般人には知られないよう情報操作がされていたと見るのが妥当だと思うわ。そしてその理由も、大体想像がつく……」


「……な、なんだよ?」


 思わず、ごくりとツバを飲み込んでしまう。


「あんたって存在が、迫害されないようにするため……だと思う」


「……ど、どういうことだ?」


「だって、召喚士って『魔王』みたいじゃない?」


「っ!?」


 言われて、心臓が痛いと感じるほど、胸が締め付けられるような感覚があった。


 俺も、そうだと思ってしまった、証拠だ。


「やりようによってはかなりの数の人外を従えることが出来るし、魔族との契約だって出来る。それって、たった一人で一つの軍みたいなものじゃない?」


「……」


 本当に、その通りだった。魔王とは違って『扉』を開くことは出来ないけど、数多くの人外を従え、戦うだなんて……魔王、そのものじゃないか。


「教科書があるってことは今までも『召喚士』は居たわけで、それに気づいた人たちがこういう流れを作ったのね、きっと。まずは扉の向こう側には魔族以外の人外も居て、その者達は人類に好意的だ、みたいな情報操作を行ったんじゃない?」


「学園や軍でのことは家族にでも話しちゃいけない決まりだし、もし万が一に召喚された人外が一般人の目に触れることがあっても、好意的な人外として流されるわけか……」


「そういう前情報も含めてうまくやったんでしょうね、学園内でも『そういう人外を操る才能』って程度に思われちゃってる節が実際にあるわけだし」


 ルゥの言う通りだ。俺も、ルゥに言われるまでまったく疑問に思わなかった。それはただの一つの才能で、脅威になりかねないとか、魔王に似てるとか……思いもしなかった。


「よく思い出してみなさい、雛祭ひなだって言ってたじゃない? もしこの近くに魔王が攻めてきたとしても、なんだか勝っちゃいそうですね……って。きっと、勘の良い人でもそのくらいにしか思わないよう、うまく調整してるのね……たぶん」


 確かに、そんな存在が居るって世間が知ったら、新たな恐怖の種になりかねない。


 ともなれば『召喚士』なんて才能がある人は、迫害されても不思議はない、か。


「……」


 でも、今はそうかもしれないけど、ルゥみたいに気づく人間だって、ひょっとしたら居るんじゃないか? もしそんな人が現れたりしたら、今度は妖精野郎から魔王扱いで、今まで以上の嫌われ者……いや、それどころか――、


「たった一人で魔王軍とも戦えるかもしれない存在……格好いいじゃないカズト」


「……え?」


 ルゥの明るい声に、思考が停止する。


「もしわたしみたいに気づく人が出てきて、万が一そいつが何か言ってきたら言い返してやればいいのよ。魔王っぽいモノにまだなれるかどうかもわからない俺にビビってるようなヤツが、本物の魔王たちと戦うことが出来るのかなぁ? ってね」


 元気いっぱいの笑顔に、言葉に、少し心が軽くなったような気がした。


 ……ありがとう、ルゥ。


「そうだな、もしくは俺の才能に嫉妬してるのか? くらい言ってやるか」


「あ、それもいいわね。うーん、今後のことも考えて台詞を考えておく必要があるわ」


「……それより先に、話を戻して今晩のことを考えようぜ」


「あー……それもそうね」


 いずれまたこの話題を話すこともあるかもしれないけど、とりあえずちょっとした決着は見えたので、今は置いておくことにしよう。


 現状、ルゥの身体探しが優先なわけで、考えるべきは俺でも契約出来そうで、ライトの代わりになるような人外を探すことだ。


「居るのかはわからないけど、俺のイメージだと蛍はそういう能力持ってそうだよな」


「んー……あ、そういえば、猫は夜目が利くって言うわよね?」


「猫? 猫ねぇ……」


 人外だけが目が良くてもなぁ……と思いつつページをめくっていると、その名前は現れた。俺でも知っているような、蛍ではなく、猫の人外だ。


「ケット・シー……か」


「二足歩行する猫で、目がライトみたいになる……だって」


「見た目は普通の猫なのに、二足歩行で歩いて、人の言葉を理解するし、しゃべれるし、いろんな魔法も使える……なんだか本当にゲームの中のキャラみたいだな」


「どうするカズト? とりあえず、召喚してみる?」


 目がライトになるだけなら、普通にライトを使った方が便利だとは思う。しかし、戦闘系の人外じゃないみたいだから契約も簡単そうだし、いろんな魔法が使えるなら、知恵を貸して貰えるかもしれない。解決法を持っていれば、万々歳だし……召喚する価値はあるか?


「……よし、召喚してみるか」


 そうと決めればベッドから飛び降り、真っ白な壁の前に立つ。


 まだ空中に魔法陣を書く方法を学んでいないので、今回は壁に魔法陣を書くことにした。


 教科書を見つつ、指先に魔力を込め、ゆっくりと間違えないように、書いていく……


「これで……よしと」


「さっきの竜みたいに、召喚した途端に寮が半壊したら大爆笑ね」


「大爆笑じゃねぇよ、マジで笑えないしっ!?」


 ってか、猫を召喚して寮が半壊とか、ありえないだろ……ありえない、よな?


「ほら、固まってないで、さっさと召喚しなさいよ」


「わ、わかってるって……」


 え、えぇぇぇえい! もうどうとでもなれだ! 俺は召喚士なんだ、召喚士が召喚をして何が悪い? まったく悪くないよな、うん。


「……あ、寮での魔法って、禁止じゃなかったっけ?」


「部屋にダメージを与えないような基礎魔法の訓練ならいいって、入寮時に貰った冊子に書いてあったわよ?」


 あ、それ泣いててまだ見てないや。あとでしっかり読んでおかなければ。


「よし、それじゃあ問題ないな」


「部屋どころか、寮自体にダメージが入る可能性がある魔法だから本当はダメっぽい気がするけどねー」


「……今、何か言ったか?」


「どんな人外が出てくるか楽しみだねー、って言ったの」


「……そう」


 ルゥの期待を背に、気合を入れる。


 一度大きく深呼吸をして……魔法陣に手をかざしながら、詠唱を始めた。


「……長い詠唱ねぇ」


 集中を乱されながらも、なんとか最後まで詠唱し終える。


 そして。


「我に名を呼ばれし者よ、この場に姿を現さん……ケット・シー!」


 スッと魔力が身体から魔法陣へ吸い取られる感覚に襲われた瞬間、魔法陣がポンと煙へと変わる。そして、その煙の中から姿を現したのは……


「……え? あれ、人間界?」


 二足歩行の猫……ではなく、猫耳のある、可愛らしい小さな女の子だった。


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