碧守夜白
16/03/20 誤字脱字を修正しました。
一度話し始めてしまえばスラスラと会話は続くもので、昼食を食べ終わるまで、ずっとなんだかんだと話していた。お陰で少し、雛祭ひなという人物像もわかった気がしていた。
「……ところで、さ」
ズズズッ、と先ほど追加で買ったオレンジジュースを飲み干しつつ、新たな話題を振ることにする。すると、なんでしょう? と言った感じで、小首をかしげた。
「さっきから視線、気にならない?」
「視線……ですか?」
俺に言われ、雛祭が辺りを見回す仕草をすると、チラチラとこちらを見ていたヤツ等が一斉にそっぽを向く。なんてわかりやすいんだ。
「そうですか?」
ありゃ、気づきませんか。雛祭の容姿はすれ違いざまについ見惚れてしまうほどだし、実家も実家だし、視線には慣れているのかもしれないな。
「さっき追加でドリンク買ってきてから、すっごく見られてる」
「……何故でしょうか?」
「そりゃあ……特別クラス、だからかな?」
ひょっとしたら、初日から教室を半壊させた生徒である、俺のせいかもしれないけど。
「特別クラスだと、注目されるんですか?」
「『普通と違う』ってことは、どんな場合でも注目はされるんだよ、やっぱりね。もちろん、良い意味と悪い意味があるけど」
今の場合は……後者かな、なんとなく。
「ま、こういう場合はさっさと退散した方がいいかな」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
返事をしつつ、膝の上のサンドウィッチの包みなどをトレイに乗せ、教科書を持って立ち上がろう……とした時だった。
「よう式原、お前もオリオネスに入学してたんだな」
「……炎道」
振り向くと、顔を合わせたくない数人のうちの二人が、そこに立っていた。
失敗したな、あと数秒早く立ち上がっていればこんなヤツの顔なんて見なくて済んだのにな。雛祭の顔をずっと見ていたせいか、余計に気分が悪い気がする。
「こんなヤツが入学出来てるだなんて、オリオネスも落ちたもんだよね、兄ちゃん」
「確かに、必死になって試験勉強して受験するほどでもなかったみたいだな」
馴れ馴れしくも俺の肩に手をのせ、暴言を吐いているのは炎道兄弟。義務教育時代、住んでいる場所が近所だったため、九年間も同じ学校に通うはめになった腐れ縁だ。
「言いたいことはそれだけか? なら、手をどけてくれ」
「あっ? なに偉そうに命令しちゃってるわけ、この妖精野郎が」
その言葉に、こめかみの辺りへピクッと力が入る。
「そっちの美人さんは、コイツが頭おかしいの知ってて一緒に飯食ってるの?」
「……はい?」
「知らないよなぁ、そりゃ、じゃあ教えてやるよ。コイツ、小さい頃からずっと『妖精が見える』って頭がおかしいこと言ってて、地元じゃ妖精野郎って呼ばれてたんだぜ?」
「っ……」
ものすごい力で炎道に殴りかかろうとしているルゥを、バレないように手で抑える。
頼む、こらえてくれ! ここじゃ、人目が多すぎる。
「親が警察だかなんだかで、その影響で嘘は許さないとか言っておきながら、自分は大嘘吐きなんだからな、みんなからずーっと嫌われてたんだよな、式原」
赤色とオレンジ色をしている髪を、炎のようにツンツンに立てているアホ二人が、大声で誰も求めてもいないのに、俺のことを説明してくれていた。
これだから、地元のヤツには会いたくなかったんだよ……本当、ため息ものだ。
「こんな大嘘吐きと仲良くするより、俺たちと仲良くしようぜ、な?」
「それがいい! さすが兄ちゃん、いいこと言うなぁ」
「いいえ、お断りします」
驚くほど速い、キッパリとした即答だった。
しかも、にっこりと、満面の笑みで。
「……はっ? 今、なんて?」
「お断りすると申し上げたんです。残念ですけど、私の友達に暴言を吐く人とは仲良く出来ませんね」
「……雛祭……」
「ちっ、なんだよ、やっぱバカとつるむのはバカか」
「……あっ?」
炎道の言葉と態度に、そう声を上げながら睨みつけつつ立ち上がる。
「なんだよ式原……やろうってのか? ああっ!?」
「俺のことはいいけどな、さすがに友達に対する暴言だけは許せないな」
「ハッ、どう許さないって言うんだよ、この妖精野郎がっ!」
俺の言葉に少し距離を取り、兄弟はそろって右手をこちらに向けて突き出す。
すると、炎がゆらりと現れ、手首から指先までを手袋のように包み込む。
どうやら入学してさっそく覚えた魔法を、使いたくて仕方がないようだ。
「燃やしてやろうか?」
声と目にそれが脅しではないと感じた俺は、身体を包み込むように魔力を発生させる。
この距離なら、アレで……!
「そこまでです」
「っ……」
それは、消えそうなほど小さな声だったのに、身体を硬直させ、時が止まったような錯覚さえ引き起こしていた。その場の空気が、凍っていた。
「風紀委員です」
唯一動かせた眼球で、声の方向を見ると、炎道兄弟の後ろに一人の女生徒が立っていた。
腰にある刀らしきモノに手を乗せ、冷たく鋭い目でこちらを見ている。
「……」
そのたたずまいに、誰もが言葉を発せられずにいた。黒髪をさらさらとゆらし、制服なのに何故かその上に巫女服のようなモノを羽織っているその人は、俺、雛祭、炎道兄弟と見たあと、スッと歩み出す。
「指定区域以外での魔法無断使用及び、風紀を乱す言動、行為により、処罰します」
「は? 処罰?」
女生徒の言葉に、炎道兄弟が首をかしげた直後だった。
バチバチバチッ! と彼等に見てわかるほどの電撃が流れて……
「ぐっ……がっ……!?」
数秒後、口から黒い煙を出しながら、兄弟はその場に倒れた。
「……式原、カズトくん?」
「は、はい」
そんな焦げこげの二人を見ることなく、俺の真正面までやってきた女生徒は、名を問うてきた。しかし、どうして俺の名前を知っているんだろう? 特別クラス、だからか?
「少し、背が高くなった?」
「えっ……あ、まさか、夜白ちゃん?」
その感情の無い声に、冷たい視線に、その巫女装束に、俺はやっと思い出していた。
彼女は碧守夜白……一つ年上で、実家の近所にあった神社の巫女さんだ。
最後に会ったのは一年以上前で、あの時は腰まであったはずの髪はバッサリ切られているし、その、とても大人っぽくなっていて、特に胸が別人のようで……え? 女の子の胸って、たった一年やそこらでこんなに大きくなるものなのか?
「名前を見て、もしかしてとは思っていたけど……やっぱり本人なのね、残念だわ」
「え? ざ、残念?」
「碧守さんっ!」
夜白ちゃんに冷たい目で残念と言われていると、新たに二人の女生徒がやってくる。
「今、あなたの雷魔法らしき光を見たんだけど?」
「あれ? なんですかこの騒ぎは?」
「倒れているこの二人を、生徒指導室に連れて行って下さい」
「え? ……あぁ、また、ですか」
よくあることなのか、ため息混じりで焦げた二人を見つめている。
夜白ちゃんの言葉から推測するに、このお二人も風紀委員? なのだろうか。
「では参りましょう」
「……碧守さん、そちらの二人は?」
一人でスタスタと歩いていく夜白ちゃんなのだが、二人の女生徒はその場を動くことなく、俺と雛祭を見ていた。
「そちらの二人は違反者ではありません」
「ですが、どう見てもこの騒動の関係者のようですが?」
「だとしても違反者ではありません。処罰する理由もありません」
「……そうですか」
あきらかに納得していない表情だったが、夜白ちゃんが言っていることも正しいと思ったのか、諦めた様子で焦げこげブラザーズを担いでいる。
それにしても夜白ちゃん……相変わらずのキャラだなぁ。
「……ですが」
ぼそりと呟きつつ夜白ちゃんは振り返り、いつもの冷たい目で言った。
「またこのような騒ぎを起こした場合は処罰の対象にもなりえますので、お二人とも、十分にご注意を」
「私たちに非がなくても、ですか?」
「騒ぎの発端となるのなら、やはり問題はあります。たとえ『特別クラスである』という理由だけで『あなたたちには何も問題がなくとも』処罰、及び指導はありえます」
「……そんな……」
言葉に、雛祭は悲しげな声を上げる。
「それでは」
そしてそんな雛祭の言葉に返事をすることなく、三人はそのまま立ち去っていった。
「……」
「雛祭、行こうか」
力なく、こくりと頷く雛祭を見て、俺は再び教科書を手にするのだった。
◆◆◆
「……今後は、あまり学食を利用しないほうがいいかもな」
学食から寮への帰り道、雛祭が先ほどのことをずっと考えているようだったので、俺はそう言葉をかけていた。ちなみにここまで会話らしい会話はずっと無かった。
「どうして、ですか?」
「俺たちという存在がトラブルの原因になりえて、それで処罰される可能性があるから、あまり人が多いところには近づかないほうがいいかな、って……」
「でもっ……でも、私たちは何も悪いこと、していないじゃないですか」
雛祭の悔しそうな表情に、心が痛む。
確かに正論なんだけど……正論が通じない場合も、あるんだ。
「あ、そうだ、となれば明日からはお弁当にしようぜ?」
「……お弁当?」
「そ。お互いに弁当作ってきてさ、教室で一緒に食おうぜ?」
「……」
「持ってきたおかずを交換したり、成功談だったり失敗談を話さないか?」
「……くすっ、それ、楽しそうですね」
やっと雛祭に、笑顔が戻る。
「だろ? あっ……でも、俺あんま料理得意じゃなかった、そういえば」
「私も、得意というほどではないですね」
「……買い弁じゃ、ダメ、だよな?」
「かいべん?」
「あ、いや……それじゃ意味ないな、結局学食へは行くことになるし……うーん」
「……」
「そもそも得意不得意以前に、料理ってものをしたことがなかったな……」
いつも母かルゥが作ってくれていたし、機会もなかった。
これを機に、料理をしろってことなのかなぁ。
「……あ、あのぉ……」
「……?」
何故か、雛祭が恥ずかしそうな顔をしていた。
「何?」
「その……わ、私が式原くんの分も……作ってきましょうか?」
「……へ?」
雛祭が……俺の、弁当を?
「あ、その……本当に得意じゃないですけど……その、きょ、今日のお礼と言いますか」
「お礼? 俺、なんかお礼して貰うようなこと、したっけ?」
「え、えっとぉ……あ、召喚符を貰うって約束したじゃないですか」
「あぁ、そういえば……」
そうだ、これからその問題もあったんだな……忘れてた。
「さ、さすがにタダで頂くわけにもいきませんので、そのお礼ということで」
「別に気にしなくてもいいんだぞ、友達なんだしさ」
「親しき仲にも礼儀あり、です」
「……そっか、なら、お願いしよっか」
「はい♪」
とても嬉しそうなその笑顔に、ドキッと大きく心臓が高鳴る。
やっぱり、雛祭って……可愛いかも。
「ぐっ……!?」
「……どうか、しましたか?」
「い、いや、なんでも……」
ルゥのヤツ、なんでアバラを蹴ったんだ?
「それでは、私はここで」
気づくと、そこは女子寮と男子寮との分かれ道だった。
「あ、うん……それじゃあ、また明日。お弁当、楽しみにしてるよ」
「あ、あまり期待しすぎないで下さいね? それでは」
恥ずかしげな笑みを残し、雛祭は女子寮へと歩いていく。途中、一度振り返って、まだ俺が分かれ道にいるとわかると、軽くお辞儀をして、また歩いていった。
「さてと、俺らも寮に向かうか」
視線の先にあるのは、これから住むことになる寮。親元を離れて、初めての一人暮らしだ。ルームメイトが居るらしいんだけど……どんな人だろう? 友達に、なれるかな?
「……よしっ」
期待に胸を膨らませながら、足早で寮を目指すのだった。